手紙187 WHO・10 タイのHIVの患者さん
こんにちは。
途上国HIV対策の
モデルケースのひとつとなっている
タイの田舎町に行ったときの話の続きです。
県の保健局の方々から
いろんな説明を受けた後で、
わたしたちはその町から少し離れた所にある
農村の患者さんたちに直接会うことになりました。
運良く、その日は月に1回開かれている
患者さんの集まりの日で、
会合が終わった後の患者さんたちから
ゆっくり話を聞かせていただくことができました。
集まっていたのは、20人くらい。
男性と女性は半々の割合です。
工場で働いていたり、農業をやっていたり
季節労働をしていたり、と職業は様々ですが
どなたも、仕事はずっと続けているのだそうです。
行政や医療制度などについては
わたしはあまり詳しくありませんが、
臨床的なことならわかります。
2年ほど前までは
ほとんど手に入れることのできなかったHIVの治療薬を
今はその場にいた全員が飲んでいる、ということを
通訳の方に教えてもらった後で、
治療前と現在の体の調子について伺ってみました。
HIVの治療薬、というのは
毎日きっちり飲み続けないと、効き目がありません。
この、飲み続ける、というのがとても大変です。
1日2回飲む薬であれば、
月に60回、薬を飲むことになりますが、
これを月に3回以上飲み忘れると
HIVに対する効き目を失ってしまいます。
しかも、他の薬と比べても
HIVの治療薬というのは副作用が起こりやすく、
気持ち悪くなったり、貧血になったり、
顔や手足がやせてしまったり、というような
さまざまな症状が出ることがあります。
このような副作用に負けずに
きっちりと薬をのめば、
確実に元気になることができるのですが、
続けることはなかなか大変です。
「薬を毎日飲むのは大変じゃありませんか?
東京にいるわたしの患者さんたちも
ときどき忘れたりすることもあって、
なかなか全部飲むのは難しい、とおっしゃっています」
と話したとき、
通訳の人が話し終わる前から、
その場にいた患者さん全員が
ぶんぶんと頭を横に振りました。
「いいえ。全然」
「だって、薬がなかった数年前までは
死ぬのを待つしかなかったのですから」
「わたしは、薬の副作用で
顔がこんなにやせてしまったけど、
でも、薬のおかげで毎日元気に仕事に行けます。
飲み忘れるわけ、ありません」
数年前までの治療薬がない時代に
目の前で家族や知人をエイズで失い続けていた
この地域の方々にとって、
ようやく手に入るようになった
貴重なHIVの治療薬を、飲まない、なんてことは
ありえないことのようでした。
2005年までに300万人にHIVの治療薬を届けよう、という
世界の国々に呼びかけて実施された
3 by 5計画は、2005年が終了した今
目標の300万人を達成することはできませんでしたが、
このタイの小さな農村のように
少しずつですが、確実に広がりつつあります。
では、今日はこの辺で。
次回は、このときに患者さんがおっしゃった
とても印象的な言葉をご紹介しようと思います。
みなさま、どうぞお元気で。
本田美和子
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