PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙191 日本のHIV
40代・母親
2)HIV感染がわかるまで。



こんにちは。

前回から
わたしの外来に通ってくださっている方に
ご自分の体験をお話ししていただいています。
お母さんでもある、40代女性のお話の2回目です。

今回は、ご自分がHIVに感染している、と
初めてわかったときのお話です。

90年代の半ば、下の子供が1才の時に
職場の健康診断で
胸のレントゲン写真をとりました。
そのときに胸に少し気になるものがあると言われて
よく調べると結核だということがわかりました。

その時は「結核」という病気にびっくりしてしまい
何ヶ月か飲み薬で治療をしました。
その後、「結核は治りましたよ」と
主治医の先生から言われて、
ああよかった、と安心したのですが、
今考えると、結核になったのも
すでにHIVに感染して、
抵抗力が落ちていたからだったのだと思います。

でも、当時は
まさか自分がHIVに感染しているだなんて
思いもよらないことでした。

それから4、5年たった頃から
顔の肌荒れがひどくなったり、
口内炎ができやすくなったり、
舌が何となく白っぽくなったりすることが
気になるようになりました。

また、体の右側にちいさな水ぶくれがたくさんできて
ぴりぴりととても痛くなったこともありました。
皮膚科に行ったら「帯状疱疹ですね」と言われて、
飲み薬を1週間くらい飲みました。
痕はぜんぜん残らなかったのですが、
ぴりぴりする感じがしばらく続きました。
この帯状疱疹には1年で2回もかかってしまいました。

本田先生から、帯状疱疹も
よくあるHIVに合併する病気のひとつなのだと、
あとから伺いました。

このころから
別にダイエットをしていたわけではないのに
体重がだんだん減っていってしまい、
1年で10キロくらいやせてしまいました。

毎年、職場の健康診断があるのですが、
やせたことが職場に知られるのがいやだったので
この年の体重測定の日には
足にウェイトトレーニング用のおもりをまいて
体重をはかりに行きました。
服を脱がなくてもよかったので
誰にも気づかれませんでした。

あるとき、口内炎がとてもひどくなって、
食事をとるのも大変になってしまいました。
口の中を鏡で見てみると、
舌の全体が真っ白になっていました。

驚いて近くの病院の口腔外科に行ったのですが、
そこで、これは皮膚科の病気です、と言われて
皮膚科を紹介されました。

皮膚科では
「カビですね。
カンジダというカビが口の中に生えています」と
診断されました。

「口の中にカビが生える、というのは
 体の抵抗力が落ちている可能性があります。
 その原因を調べてみましょうか」
と先生に言われて
「検査の中にHIVも入れますが、いいですか?」と
尋ねられました。

わたしは、自分がHIVに感染しているだなんて
思いもしませんでしたので、
そんな検査、お金の無駄なのに、と思いながら
「どうぞ」と同意書に署名をして、検査を受けました。

数日後、職場に電話がかかってきました。
「HIVに感染している可能性が高いので、
すぐ病院に来てください」という声を
受話器を通して聞きながら、足がふらついて
その場に座り込んでしまいました。

あまりにショックが大きすぎて
うまく返事をすることもできなかったし、
涙も出ませんでした。

その病院から
東京の病院を紹介する、と
手紙を書いてもらったのですが、
すぐに行動を起こすことはできませんでした。

毎日、夜は眠れず、病気のことばかり考えていました。
このときは、まだ
自分以外の家族もHIVに感染していることを
知らなかったので、
自分がいなくなった後に残される家族のことが
思い浮かんでとても辛かったです。

お昼は仕事に出ていたので、
何とか気を紛らわせることができました。

HIVなんて20代の若者の病気だと思っていたのに、
40代半ばのわたしが、
まさか、この年でHIVに感染するなんて
思いも寄らないことでした。

病院へ行く直前に
夫に初めてHIVのことを打ち明けました。
「何でもっと早く教えてくれなかったの?」と
夫は言いました。

このときは、まだ夫は
自分も感染している、ということを
知りませんでした。

紹介状をもらって、一週間後、
わたしはようやく東京の専門病院を受診しました。

(第2回 おわり)


帯状疱疹、というのは
子供の頃にかかることが多い「水痘」を起こすウィルスが
体の中に残っていて、
体の抵抗力が落ちてきたときに
皮膚にぶつぶつを作って現れる病気です。

わたしたちの外来にいらっしゃる患者さんには
HIV感染がわかる数年前に
何回か帯状疱疹を経験している方がたくさんいます。

もちろん、全ての帯状疱疹が
HIVと関係があるわけではありませんが、
HIVに感染して最初に起こった出来事が帯状疱疹、
ということはめずらしくありません。

ですから、
わたしたち、HIVの診察をする者にとって
帯状疱疹は要注意の病気です。
ご本人がまだ気がついていないHIV感染を
見つけることができるかもしれない機会だからです。

では、今日はこの辺で。
次回は、彼女が初めて
わたしの外来に来てくださったときのことを
話してもらおうと思います。

みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2006-04-25-TUE

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