PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙248 大貫妙子さんとHIV(2)
若い人に伝える、ということ。


こんにちは
前回は、大貫さんがずっと前から
HIVについての活動をなさっていらっしゃった、
ということをお聞きしましたが、
今回は教育についてお考えになっていることを
お伺いしました。

本田 1992年頃にストップエイズキャンペーンという
大きなキャンペーンがあって、
たくさんの有名な方々にも
ご参加いただいたようなのです。
たぶん大貫さんにも
依頼があったんじゃないかと思うのですが。
大貫 確か、小林さん(註・小林武史さん)から
お話があったように記憶しています。
その頃、小林さんと私のアルバムつくりを
していたので。
でも、結局
そのコンサートには参加しませんでしたが。
本田 あのときのキャンペーンは
とてもたくさんの人の記憶に残っていて、
実際にその年にHIV検査を受けた人も
前年の6倍くらいいたんです。

その結果
HIVに感染していることがわかった人の数も
倍になりました。
すばらしい効果を上げたと
言って良いと思います。

でもその年だけだったんです。残念なことに。
あの年の盛り上がりが
あまりに一時的になってしまって
「HIVはあの時に流行った病気で、
 今は、もうない」
という印象を残してしまうことになりました。
だから、今
広く知ってもらえるためのキャンペーンを
またやってみるといいだろうな
と思って、
糸井さんのところで細々とやってるところです。
大貫 HIVについて、学校では教えてないの?
本田 教育項目としてはあるんですけど。
大貫 保健体育とかで?
本田 はいそうです。
最近、ときどき学校で
HIVについての話をすることがあって、
教育現場の先生方から
お話を伺う機会も増えてきたのですが、
学校でお教えになる先生方も
実際にHIV感染症がどのようなものなのか、
患者さんと一緒に
過ごした経験がある方は少ないので、
リアリティーをもって子供たちに伝えることが
なかなか難しいようです。

知識として、正しい内容を
教えていることは間違いないのですが、
その内容が子供たちに
現実感を伴って届いているのかどうかは、
わからない、という話を
いくつかの学校で伺いました。
大貫 伝え方はどうであれ、
今や、その内容を伝えるのは
教育の義務ではないかとさえ思いますね。
最近の親から子への性教育は、
どのようなかたちで
行われているかわかりませんが
親が触れられないなら
少なくとも学校は正しい知識として
教えるべきだと思いますけどね。

ただ、先生がお話しなさるより
本田さんのような方がお話なさった方が
生徒は聞くと思いますけれど。
本田 学校によっても差がありますし、
最近は度を超えた性教育をしている、と
批判を受けて
性教育自体をためらうこともあるんだそうです。
大貫 自分の中学時代を振り返ってみても、
誰に教えられた、ということもなく。
そういうことは
自然と耳に入って来た記憶があるので。

その内容を初めて知ったときには
やっぱりものすごくショックで。
その日は、ごはんも食べられなかった。

今の子供たちは、私たちの時代より
はるかに情報が多いので
友達同士の話しの中で、
当然知ってはいると思いますけどね。
本田 性的なことを行うときに、
臨床医の立場から一番お願いしたいことは
「自分を守る」ということなんですけれど、
実際には「自分」よりも重要なことがあって、
相手の気持ちを優先してしまう、ということが
とりわけ若い女の子には顕著だなあと
思うことがよくあります。
大貫 拒むと嫌われるんじゃないかって
思うんでしょうね。
「自分を守る」も大切だけれど
「相手を守る」という視点が、
それ以上に大切だと思います。
男の子と女の子では、
別の教育が必要なんじゃないんでしょうか。

その昔は、
男女共学なんていうのはなかったわけで
性が違うということは、
ある意味未知なものを
理解しようとすることですから。
共学制度が一般になって、
同じ人間だから、同じようなことを
考えているんだろうという
単純な思考が理解のなさを助長していると
言えるのではないかと、最近思いますけど。

でも、それが現実であるなら
やはり性交渉とか妊娠とかを教えるときには
病気についてもセットで教えた方がいいと
思うんですよね。HIVにかぎらず。

輪を掛けて、若いときの恋愛って、
性的な感情を抜きにできませんからね。
理性的になれという方が無理。

街を歩いていても、電車の中でも
もう、べた〜〜っと、くっついてるのを見ると
そんなときに「自分を守る」なんて言葉は
とりあえず、聞こえない、お互いに。

だから、精神的に
「自分を大切にする」という
気持ちはわかりますが、
頭でわかっていても、やっぱり無理でしょ。

そうなってしまうことを前提に、
「じゃあ、どうすればいいか」ということを
考えていくしかないと思うんですよね。

性交渉には、妊娠もエイズもクラミジアも
セットになって、おこる可能性がある。
ということを、とりあえず頭の中にだけでも
つねに入っている状態まで、インフォメーション
しておく必要はあるかもしれませんね。
いろいろなメディアを通してでも。

性交渉に至るまでには
そのカップルには
ある程度の段階があるんだろうから、
その間に話す機会が
一回でもあるといいですよね。
でも恋愛のピークの時に、その話は、
やっぱり冷めますよねぇ。
それに、そういうことも、
どーでもよくなっちゃうのが
そういう時だから。

つねに携帯できるような、女の子にとっての
避妊具のようなもの、あるんですか?
本田 女の子向けのコンドームや殺精剤があります。
殺精剤は妊娠を防ぐには
ある程度は役に立つのですが、
HIVやその他の感染症には
効き目はまったくないんです。

女の子向けのコンドームはもっと確実ですが
あまり知られていなくて、残念です。

ただ、今はmicrobicideといって、
コンドームを手に入れることすら難しい
途上国の女性に対して、
少しでもHIV感染の危険を
下げるために使われる
女性向けの薬剤の開発は進みつつあるんですよ。
これは、膣の中に入れて使います。

microbicideについてのプロジェクトは、
マイクロソフト社のビル・ゲイツさんの奥様、
メリンダさんがとりわけ熱心に
援助をしていらっしゃいます。
大貫 でも、粘膜のように
とても浸透性が高いところに使うのは
怖いですよね。
本田 逆に浸透性の高いところだからこそ、
水際で防ぐという意味で
効果を狙えるものなんです。

基本的に性行為感染症の多くは
粘膜と粘膜との濃厚な接触によってうつります。
たとえば淋病やクラミジアなど、
何でもいいんですけれど、
何らかの性感染症に感染すると
粘膜が持っているバリアの機能が低下するので、
ますますその他の性感染症に
感染しやすくなってしまうんです。
残念なことです。
大貫 医薬品もいろいろ進歩しているようだし、
予防についても、
もっと良いものができてくればいいですよね。
でも、これさえあれば安心、というような
予防薬ができたとしても、
問題の本質は、
そういうところにあるとは思わないんですが。
本田 そうですね。
万が一HIVに感染したとしても、
一回この薬を飲めば治りますよ、というような
薬が開発できればいいんですけれど、
これは今のところ望み薄です。

ワクチンもありませんし。
HIVは変異を繰り返すウィルスなので
敵を定めることができなくて、
ワクチンもなかなか作れないんです。

最近、HIVについて
お話をする機会があるときには
「自分を守る」ということを
しつこく話しているのですが、
大貫さんのおっしゃるように、
現実問題として、行動に移せるかどうか、と
いうことは、本当に難しいです。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2008-02-01-FRI

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