PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙249 大貫妙子さんとHIV(3)
大人だって大問題です。


こんにちは。
前回、若者に対して
HIVのことをどう伝えるか、という
話を伺いましたが、
今日はもう少し広い世代へむけた
アプローチをどうすればいいのか、ということを
大貫さんと話しました。

本田 一昨年のエイズ予防財団のポスターのコピーで
「カレシの元カノの元カレを知っていますか」
というのがありました。

HIV感染症というのは、
自分の目の前の相手だけでなく、
その人を通じて
自分が会ったこともない人から受け取ってしまう
人と人との
コミュニケーションによる病気なんだ、
ということを伝えたものだったんですけれど、
なかなかその意図は
伝わりにくかったみたいでした。
大貫 それ、あんまり怖くないですよね。
どきっとしないもの、その言葉を聞いても。
コミュニケーションによる病気なんて、
優しすぎると思う。
本田 この病気が見つかって25年が過ぎましたが、
「この病気は、一度かかると治らない」
「放っておくと寿命を全うせずに死に至る」
という点については、
25年前も、今も、何一つ変わっていないんです。
大貫 現時点で、
一度かかると治らないということならば、
そのことは強調する必要が
あるかもしれませんね。
たばこの箱に巨大な字で
「喫煙は、あなたにとって
 心筋梗塞の危険性を高めます。
 免疫的な推計によると、
 喫煙者は心筋梗塞により死亡する危険性が
 非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります」
って書いてありますよね。

若くて喫煙する子も、
それくらいは見たことあると思いますけど
「放っておくと寿命を全うせずに死に至る」
という意味では
同じことだと思いますけど。

エイズは人から人へうつっていくから
たばことは違うとととらえがちですが、
たばこも副流煙の害が言われていますから。
TAXIも全面禁煙になりましたし。

エイズにそういったインフォメーションは、
あまり見かけませんよね。
ただ、「寿命をまっとうせずに」という言葉が
適切かどうかわかりませんね。
人、個人の寿命はそういった病気とは
別の意味があると思うので。

たばこを吸っていても90歳まで生きる人もいるし
エイズでありながらも
素晴らしい仕事を成している方も
いらっしゃいますからね。

でもこれって、
若い子たちだけの問題じゃないですからね。
わたしたち大人だって同じです。
本田 そうなんです。
HIV感染は中高年齢層に
確実に拡がってきています。

わたしの働いている病院には82才の方が
初めてHIVに感染していることがわかって
紹介されてきました。
その他にも、外来には
60代、70代の方はいらっしゃいますし、
50代以上の方は全体の2割を越えています。
大貫 そうですか・・・。
本田 そうなんです。
どなたでも、可能性はあります。
大貫 まさに現代病ですね。
大人でも、過去の性的な関係の中で
感染していたことに気がつかなかった。
検査をしてみて、
はじめてわかったということなんでしょ?
大人はたいてい、多少なりとも
この病気については知ってると思っていましたが。
本田 知ってるはずなんですけれど、
中高年の患者さんの数が
実際のところ増え続けているので、
理解されてるわけではないんだと思います。
このことをぜひ、お伝えしたいのですが、
どこで言えばいいのか、
ちょっとわからないんです。
大貫 そこら中で言ったら良いんじゃないですか。
「あなたも、あなたも、あなたも、
 可能性がありますよ」
「若い子だけじゃないんですよ」と。

大袈裟に言えば、
国を挙げて、エイズ対策に取り組まないと
国が滅びますよ、っていうことなんでしょう?
本田 その通りなんです。
大貫 厚生省の仕事になるんでしょうか・・・。
厚生省・・・というより
桝添さんは、いっぱいっぱいかも。今のところ。
パンクしそうですもんね。
本田 守備範囲で言えば
厚生労働省であることは間違いないんですが、
基本的に、最も大切なことは
わたしたちひとりひとりの
心構えであり、理解であり、行動であろうと
思っています。

コンタクト・トレースという言葉を
お聞きになったことはありますか?

欧米では、
HIVに限らず、クラミジアや梅毒など
性行為で感染する病気に
かかった患者さんを診た医師は
保健所に届け出る義務があるんです。

届け出られた保健所の人は
その患者さんの所に行って、
「あなたが最近性的関係をもった人を
教えてください」と
教えてくれるように頼みます。
そして、教えてもらった人たちを訪ねて
「あなたと性的関係を持った人が
HIVに感染していることがわかったので、
あなたも検査を受けてはいかがですか」と
検査を受けることを勧める制度です。

強制ではないので、
必ずしも相手の名前を
教える訳ではないのですが、
感染している危険の高い人に
少なくとも、そのリスクを伝えて
早期発見と治療ができるしくみになっています。

日本には性行為感染症についての
コンタクト・トレースがないと
米国の同僚に言って、
とても驚かれたことがあります。
「じゃあ、いったい日本は
性行為感染症をどうやって防いでるの?」と
尋ねられました。

日本の場合、結核に関しては
結核予防法、現在は感染症法というんですが、
この法律の下に
結核に感染した人の周囲にいる人々への
健康診断や治療を届ける制度があるのですけれど、
性行為感染症については、
それをパートナーに告げるかどうかは
患者さんご本人の意志に
完全にゆだねられています。
大貫 日本でも同じようにやった方が良いと思う?
本田 とても難しい問題だと思います。

日本はハンセン氏病対策の誤りなどの
苦い経験がありますし、
コンタクト・トレースが原因で
差別が起こったり
新しい不幸を生み出すことになっては
絶対にいけませんから。

しかしその一方で、
わたしたちが拝見している患者さんが
ご家族やパートナーと
無防備な性的接触をもっていることを
知っていても、
患者さんご本人が直接おっしゃらない限り、
ご自身がHIVに感染している可能性について
お伝えすることができない現実に直面すると、
臨床医の立場からは残念に思います。

実際に、数年後そのパートナーが
新しい患者さんとして受診する、
というケースもありますから。

日本では、性行為感染症の広がりに関して
行政の積極的な介入はないので、
自分のことは自分で守らないと
誰も助けてくれないということは、
多くの方に知っておいていただければ、と
思っています。

HIVに感染しているかどうかは
血液検査を受けないとわかりません。

ですから、
検査を受けたことがないために
自分がHIVに感染していることを
知らずに生活している人が、
日本にいったい何人いらっしゃるのか、
わたしたちは知る術をまったく持ちません。

自分がHIVに感染していることを知らないまま
パートナーにうつしてしまっていることも
少なくないだろう、と思われます。

また、わたしが働いている職場で
患者さんに伺ったアンケートでは、
自分がHIVに感染していることを
性的接触の相手にいつも告げている、
という方は全体の3分の1でした。

つまり、このアンケートに答えてくださった
患者さんの3分の2は、
自分がHIVに感染していることを
いつも相手に話している訳ではない、という結果でした。
このアンケートからわたしたちが学ぶべきことは、
“HIVに感染していることを言わないなんてけしからん”
ということでは、決してありません。

もちろん、HIVに感染していることについて
事前に話し合える関係ができていれば
一番良いのでしょうが、
現実問題として、これは結構難しいです。

また、その事実を相手に知らせることを
強要することは誰にもできません。

『自分のパートナーは、
 HIVに感染していることを知らないかもしれないし、
 知っていても、それを教えてくれるとは限らない』
ということについて、
わたしたちは知っておいた方が良いと思います。

そして、だからこそ、「自分を守る」ということを
多くの方々に考えていただけたらなあと思います。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2008-02-08-FRI

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