お医者さんと患者さん。 「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。 |
手紙260 高橋シズヱさんの「ここにいること」 こんにちは。 このところ、 地下鉄サリン事件の被害者の会が 昨年の3月にお作りになった、 小冊子『私にとっての地下鉄サリン事件』について ご紹介しています。 ほぼ日で連載を始めて9年を過ぎましたが、 こんなにたくさんの方々から ご連絡をいただくのは初めてです。 本当にありがとうございます。 高橋さんと 小冊子に載せる原稿のやりとりをしたのは もう1年以上も前のことなのですが、 実際にお目にかかる機会はありませんでした。 今回、ほぼ日で小冊子についてご紹介するのを機会に ようやく、高橋さんと ゆっくりお話をすることができました。 待ち合わせのレストランにいらっしゃった高橋さんは とても軽やかな印象の女性でした。 穏やかなお話しぶりの一方で ころころとよくお笑いになって、 一緒に話をしていると とても楽しい気分になっていく、素敵な方でした。 共通の友人のことを皮切りに、 わたしたちはいろんな話をしました。 わたしは、高橋さんにお伺いしたいことが たくさんありました。 また、高橋さんはとても聞き上手でもいらして、 いつの間にか、わたしも、自分のことを いろいろと話してしまっていました。 みなさまもよくご存知かと思いますが、 高橋シズヱさんは、 当時の営団地下鉄・霞ヶ関駅助役でいらした、 高橋一正さんの奥さまです。 高橋一正さんは、 犯人が車両の床に放置して逃げた、 サリンが入ったビニール袋を 素早く車外へ撤去・処分なさいました。 そして、その賢明なご判断によって、 千代田線霞ヶ関駅で 地下鉄に乗り合わせていた乗客は、 誰ひとりとして亡くなりませんでした。 しかし、サリンを手で持ち歩いた 高橋一正さんと、もうお一人の助役の方は 殉職という、最も悲しい結果を 招くことになってしまいました。 ごくごく普通の生活を送っていらしたご一家が 突然、理不尽な事件に巻き込まれ 家族のひとりを失う、というできごとに 遭遇してしまったとき、 どれほどの痛みをご経験になったかと 安易に想像することすらできません。 そして、その後13年にもわたって (地下鉄サリン事件が起こったのは 1995年3月20日でした) 被害者の会の代表として、 周囲のあらゆるもの (犯人、警察、報道、当事者、社会などなど) に対峙なさってきたその力の源は何なのだろうかと、 わたしはずっと考えていました。 わたしがお伺いしたかったことのひとつは どうして、地下鉄サリン事件被害者の会の代表を お受けになったのか、ということでした。 「それがね、何だかよくわからないうちに 引き受けることになってしまったのよ」 「弁護団から 『書類上、代表者を決めておいた方が良いですよ』と 言われて、何となく」 拍子抜けしてしまうようなそのお答えに わたしは思わず笑ってしまいました。 高橋さんは、当日、待ち合わせのお店を探して 通りがかりの人に、お聞きになったのだそうです。 「そしたらね、サリン事件の高橋さんでしょう? がんばってくださいね、っておっしゃったの」 2008年の4月の新宿の街角で、 見知らぬ人からも「サリン事件の高橋さん」と 声をかけられるほど、 地下鉄サリン事件にまつわるさまざまな出来事の 矢面に立ってお過しになってきた、 この13年間を象徴するようなそのお話は 胸に染みました。 『何だかよくわからないうちに、引き受けた』という 言葉に包まれた、 数え切れないいろんなご経験のことを わたしは思わずにはいられませんでした。 「毎日、自分がやったことを 全部、ノートに書いておいたんです。 たとえば、何時何分から何時まで、 誰とどんな話をしたか、 どこに行ったか、何を考えたか」 「断片的な記録でも、そのノートを見れば 内容は後になってからでも思い出せるものよ」 そのように お書き続けなっていたノートをもとに、 高橋シズヱさんは今年の3月、 「ここにいること:地下鉄サリン事件の遺族として」 というご著書を岩波書店からご出版になりました。 地下鉄サリン事件の5日前の思い出から始まる この本は、高橋さんのその後の13年を 克明になぞっていきます。 この本は、単なる 「地下鉄サリン事件の被害者の回顧録」 ではありません。 突然、犯罪被害者のひとりとなった高橋さんが、 「それから、どうするか」ということについて ゆっくり考えながら、 着実に歩みを進めていらっしゃる過程を わたしも追体験しているような気持ちになる、 そして、高橋さんのことを応援したくなる、 そんな本です。 この本には、作家の村上春樹さんが 帯に推薦の文を書いていらっしゃいます。 これも、しみじみといいなあと思う、 力強さのあふれる言葉です。 アマゾンのサイトで帯の言葉も読めるので、 ぜひ、ご覧になってください。 では、今日はこの辺で。 次回は、高橋さんと 「犯罪被害者のひとりとして、それから、どうするか」 ということについて話したことを ご紹介しようと思います。 みなさま、どうぞお元気で。 本田美和子 |
2008-05-09-FRI
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