194 レストランでの大失敗。その13。注文はいつまでに決めればいい?。

それはそうとシャンパーニュは、
いつまでに飲めばいいのかしら。

存分に悩むことを楽しみながら、
生ハムでくるまれたモツァレラチーズもなくなった。
グラスの中も半分ほどもなくなった頃、
そろそろお決まりになりましたでしょうかと
近づいてきた給仕係に母がたずねた質問が、
冒頭のひとことでした。

だって、お料理に合わせて
この後、ワインをお願いしなくちゃいけない。
だからいつも迷うのよネ。
最初のお料理がやってくるまでに飲んでおくべきなのか?
あるいは、その前にワインのテイスティングがあるから、
その直前が飲み干しどきなのか?
何かルールはあるのかしら‥‥、と。

答えは明快。
シャンパーニュは料理を選ばぬ飲み物で、
ですから料理を食べはじめるまでに
飲み終えなくてはというルールはないと存じます。
ワインではなくずっとシャンパーニュで
食事をされる方もいらっしゃいますし、
お祝いの場面などでは
ワインを何にしようかと迷われるより
ずっとスマートかと存じます。

なるほど。
シャンパーニュとは博愛主義をもった社交家。
どんな料理とでも仲良くなれるから、
パーティーなんかにも重宝される。
なるほど、とても勉強になりますわ‥‥、といいつつ、
「ついでにもひとつ、いいかしら?」。
そう、母が言う。
ええ、なんなりと‥‥、と答える給仕係ににこりと。

「注文っていつまでに決めれば決めればいいのかしら」



一瞬、その質問の意味をボクらはわかりかね、
シーンとします。

10分?
20分?
それとも心置きなく何時間でも迷っていられるものかしら?

なんたる質問。
息が止まっちゃうかとビックリしました。
とはいえさすがにプロでござんす。
給仕係の紳士は笑顔を崩さずに、
しっかりそれを受け止める。

私共のような店は、
お客様が時間をたのしく無駄遣いするために
お越しになる場所でございますゆえ、
存分にお悩みください。
ただ、なるべくならばオーダーストップの時間までに
お決めいただければ、厨房のスタッフは助かります。
お手元のシャンパーニュのグラスが空になりそうになる、
そのタイミング。
私共が、いかがいたしましょうか?
と、自然にテーブルに近づくキッカケと同時に
ご注文をちょうだいできると、
とてもうれしゅうございます。

このテーブルは今夜、ボクたちのためだけにある。

予約を必要とするレストラン。
そこでこうして予約して、
「このお席は何時までのお席でございます」
と、改めて言われない限り、
そのテーブルは予約をした人のための専用テーブル。
ときに、食事を終えるか終えぬかというタイミングで、
予約をしないでやってきたお客様がいたりすると、
じゃぁ、このテーブルをお譲りしますか‥‥、
というようなコトになるけど、
基本的にテーブルは予約をしている人のモノ。

ファミリーレストランや定食屋さん、
あるいは気軽な居酒屋のような予約をしないのが
当たり前のお店のテーブルは、
そこに目指してやってくるすべての人の共有のモノ。
だから長居は無粋だけれど、
今日、今晩のこのテーブルはボクらのためにあるらしい。
それを確かめてでしょうか。
母はグラスを持ち上げて、
クイッと残りを一気に飲み干した。
そして一言。

もう一杯、お替わり頂戴できないかしら。
そしてその一杯分、じっくり悩ませていただくわ! と。



あぁ、奔放がとまらない。
全部がお決まりにならないのなら、
決まっているところまで
お教えいただくコトもできますが‥‥。
そう続ける給仕係に、
「最初がなかなか決まりませんのよ」。
小説も。
音楽も。
書き出し、出だしで
成功するかどうかが決まるって言うでしょう。
その大切な最初の部分が決まりませんの。
ですから、もう少し、
悩ませていただけないかと思いまして。
だって、今晩のステキなディナーという物語。
どうはじめるかをキチンと決めなきゃ、
名作にはなりませんもの‥‥、と。
なるほど理にはかなってる。

さて、間をおかずして次の一杯がやってきて、
さぁ、心置きなくなやましましょうと
メニューを再び開いたところで、
「お客様少々、お待ちくださいませ」
とお店の人の声がお店に低く響いた。
さて、来週に続きます。

 

2014-12-25-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN