032 超えてはならない一線のこと。その3
「おいしすぎる」にご用心。

最近、テレビを見ていてて気になってしょうがないのが、
「○○すぎる」という言葉が多用されること。
しかもそれが前向きな言葉で使われるのですね。
うつくしすぎる。
やすすぎる。
わかすぎたり、あるいはおいしすぎたりと。

君はうつくしすぎるから、
僕にはちょっともったいない‥‥、と、
自虐的に相手を褒める褒め方が昔からありはしたけど、
基本的に「すぎる」というのは、好ましくない状態のこと。
辞書を調べても「度をすぎる」であるとか
「つりあわないほどに良いコト」であるとか、
決して褒め言葉としては使われてない。

例えば料理の世界において、試食をしたとしましょう。
「おいしいね」は言葉通りに褒め言葉。
「おいしさがちょっと足りないね」
というのは、もうひと工夫必要だねというアドバイス。
けれど、「これ、おいしすぎるよね」という言葉は、
何かずるいことをして
不自然な旨味をつけているんじゃないか。
普通、こういうおいしさにはならないよねぇ‥‥、
というようなときに使われる。
ざっくばらんにいうならば、
化学調味料や添加物を追加しすぎてやいませんか?
つまり、評価に値しない味‥‥、
という厳しい否定を含んだ言葉ということになる。



たしかに私たちの周りには、
「おいしすぎる」モノがたくさん溢れてる。
例えばコンビニエンスストアの棚には、
自然に料理を作ったならば、
こんな値段でこのおいしさは出せないはず‥‥の
「おいしすぎる」料理がズラリと並んでいます。
当然、レストランの中にも、
超えてはいけない一線を超えてしまった料理がたくさん。
中にはサービス精神が行きすぎた結果の
「すぎた料理」もあったりする。

大衆的な料理の中には
「ちょっとだけ」すぎた温度の方がおいしいモノがある。
とんかつ屋さんの豚汁なんていうのは、
そういう料理の代表でしょう。
汁物の適温と呼ばれる温度は80℃。
けれど豚の脂の風味を味わう豚汁は、
ちょっと高めの90℃ぐらいが
おいしく感じると言われてる。
この10℃。
作り手側にはとても微妙でなやましい温度差なのです。
一杯一杯作るのであればあまり問題のない温度差で、
けれど大抵の店は大量に作ってすぐ出せるよう、
それを保温しておくのです。
温度を高く設定すると、当然、水分が蒸発する。
沸騰までせぬ温度だから、品質劣化はそれほどなくて、
けれどその蒸発が激しいと、味が濃くなる。
塩っ辛い豚汁なんて、食べられたものじゃない料理。
だから絶えず、味をみながら
随時水を足しつつ温度を90℃前後に保つのですね。
大きなトンカツ専門店で、
フウフウしないと食べられないほど熱い豚汁。
なのに、塩の塩梅がピタッと決まって
脂の香りがおいしいモノに出会った時には、
「そのすぎた温度」を選ぶ勇気と、
味を守る努力ができている、
素晴らしい店だと感動したりするのです。



その一方で、「ズルい」コトをした結果としての
「すぎた料理」もあるのですね。
手間をかかっていないことをごまかすための一工夫。
安い食材をおいしい料理に化けさせるための手練手管が、
おいしすぎる料理を作ってしまったりする。
のちのち、そういう食材、料理の話。
一線を超えなくてはならなかった理由を含めて改めて‥‥。

「おいしさ」以外にも、食の世界において
本来超えてはならない一線が、存在します。
ひとつは「地域」。
讃岐うどんを日本全国に作ってしまおうと思って
博多で大失敗した。
ボクのかつての失敗は、超えてはいけない
「地域」の一線を超えてしまったからのこと。
他にも「規模」。
「季節」に「立場」。
そうした一線の話をこれからしてまいりましょう。

まずは「立場」という一線。
また来週といたします。


2015-10-15-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN