049 超えてはならない一線のこと。その20
ファミリーレストランの魔法の調味料。

洋食レストランのテーブルの上。
いろいろな調味料が並んでいました。
塩に胡椒。
いろんな料理の試食のために、
タバスコだとかカイエンペパー。
粉チーズにコーヒー用の冷たいクリーム。
パンに塗るためのバターもあります。

そんななか、コーンポタージュの
ひと味足りなさを補うための調味料。
おそらくコーヒー用のクリームあたりにちがいない‥‥、
とボクは思った。
ところがそんな予想を彼はあっさり裏切る。
シェフが手にした調味料は、なんとお砂糖。
それもたっぷり。
サラサラ注いで、スプーンでよぉくかきまぜる。
食べてご覧なさい‥‥、と言われて試すと、たしかに旨い。

さっきまで物足りなかった旨みも、
風味も満たされそればかりか、
とうもろこしの香りまでもが強くなったように感じる。
舌にのっかる食感自体も、
ポッテリ、ちょっと重たく感じさえする不思議。

砂糖は人の感覚を惑わす麻薬のようなもの。



シェフはいいます。

砂糖を加えると、
足りなかったモノを補っておいしくさせる。
人間の頭のなかには甘みを旨みと勘違いする、
なにかプログラムがあるんじゃないかと思うほどに、
砂糖を加えると料理の味が手軽においしくなるんだね。
旨みばかりか、酸味や渋み、苦味も砂糖が強調してくれ、
料理の味に奥行きがでたように感じる。
けれど、砂糖が作った旨みはあくまで錯覚で、
すぐに人の舌は見破る。
だから砂糖を多用した料理はすぐにあきられる。
おそらく舌はすぐに
これは本来の旨みじゃないんだと気づくんだろう。
気付きはするけど、頭はそれを認めたくない。
だからおいしいと思い続ける。
思い続けるけれど、体は正直。
頭についていけなくなって、
それで食べるのに飽きちゃうんじゃないかと
ワタシは思うんだ‥‥、と。

なるほどたしかにとボクは思った。

実は母がいつも作ってくれる料理に
「トマトと野菜のスープ」というのがある。
玉ねぎ、パプリカ、ジャガイモ、アスパラガスを
サイコロ大にたっぷり刻む。
オリーブオイルでベーコンを炒めて、
そこに切った野菜をあわせ、
表面がツヤツヤするまで炒めてやる。
そこに焼き塩。
白ワインを注いでアルコール分を揮発させたら、
潰したトマトをどっさり入れてクツクツ煮込むだけのモノ。
「だけ」と言っても、大量の野菜を刻むのは大変で、
それを作ろうというコトになると
家族総出で台所にたつ、たのしい料理。
ただ、ときおり味見をしたあと、
ごめんなさいね‥‥、
今日は砂糖をちょっと足すわというときがある。
トマトの甘味が足りない時。
それでも変わらずおいしいのだけど、
不思議とそのときだけはお替わりをしたくなくなる。
飽きるのでしょう。



シェフの話を聞いてから、
なるべくボクは砂糖を使わず
料理を作ろうとずっとしている。
今でも砂糖は一年に一度、小さな袋を買う。
それでも使い切れずに容器の底で固まって残ってしまう。
レシピを見ながら料理を作る時も、
ここに書いている砂糖をなるべく使わないようにするには
どうすればいいだろう‥‥、と思案しながら作っていく。
すると結局、よき食材を時間をかけて料理するのが
唯一の砂糖に頼らぬ手段なんだと実感します。

正しく育ち、熟した野菜を買えばそれらはとても甘い。
果物もそう。
それらを買って素直に料理すれば
砂糖はほとんど必要なかったりする。
骨付きの肉を買って野菜と一緒に煮込む。
時間をかけて丁寧に、
アクをとりつつ煮詰めていけば甘いスープが出来上がる。
甘い食べ物は体を害することがないと、
ずっと昔から人間の体にプログラムされてるから
多分、「甘い=旨い」と感じる
脳の機能があるのでしょうね。

かつて砂糖は高価な食品。
だから、うまいものは
コストも手間もかかる料理であったのでしょうけど、
今や砂糖は気軽な値段で手に入る。
それで「甘いを旨いと勘違いする」人のクセを
悪用する料理がたくさん増えている。

その代表が食パンでしょうか。
コンビニエンスストアで売られている食パンは、
驚くほどに甘く出来てる。
トーストするとすぐ焦げる。
焦げているのにパンの中まで焼けているかというと
決してそんなことはなく、表面だけが焦げるのですネ。
つまり砂糖が焦げただけ。
甘い食パンは決しておいしい食パンじゃない‥‥、
そんなふうに気づく瞬間。

ところで砂糖。
その魔法は、料理をおいしくさせる
魔法だけじゃないのです。
おどろくべき砂糖の魔法。
また来週にいたします。


サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
 半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
Amazon

「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。






2016-03-03-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN