ROBO
風前の灯火。

(前のページからのつづき)

「かめちゃん、今日、もう一人一緒でいい?」
「ロボちゃん。カワイイでしょう! 旅しているのよォ、
九州にも行って来たんだって!」「なぁんだ」。
なぁんだとは、なんだ! ま、いいや。
かめちゃん、可愛いし。
一瞬、「かめちゃん」が僕を救いあげてくれることを
祈ったが、結局僕は、不安を抱えながら
松田さんのおうちへ連れて行かれることになってしまった。

まず、僕たちは広尾のイタリアンレストランで食事をした。
といっても、「あら。ロボちゃんたら、
時計をくっつけてるじゃないの。
食事時に時計なんてナンセンスだわ!」
と、松田さんはすぐさま僕をくるりを後ろへ向けた・・・。
松田さんは、いったい僕を
理解してくれているのだろうか・・・不安だ。

静かなレストランなのに、松田さんの声はデカかった。
挙げ句は携帯電話が鳴り響き、
松田さんはレストランの外へ出ていったが、
意味はなかった。
デカい笑い声は、やっぱりレストランに響きわたっていた。
「松田さんて、声が大きいでしょ。
そうそうロボちゃん、そろそろ鞄に戻らないと松田さん、
絶対あなたを忘れていくわよ」。
あれだけ僕をカワイイ! と言ってくれていたのに、
「まさか」と思っていたのに、
松田さんは本当に僕を忘れそうになった。
この人は、信頼に足るのだろうか・・・。
僕の不安は、相当大きいものになっていった。
 
「じゃあね、ロボちゃん。またどこかで会えたらね!」
かめちゃんは、静かに手を振って別れていった。
しばらくかめちゃんの後ろ姿を見つめていた松田さんが
ようやく歩き始めると、雪が降ってきた。
「ああっ! 雪よ、ロボちゃん!」
言うなり、松田さんは誰かに電話をかけ始めた。
相当雪が好きらしく、その後、僕は散歩につき合わされた。
「ここがガーデンプレイスよ、ロボちゃん」。
僕は時計だ、松田さん! 
早く、もう深夜だということに気づいて!! 
明日は仕事でしょ! 僕は寝不足なんだ!!

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2月5日(金)晴れ

「お早う、ロボちゃん! ロボちゃーん!」 
ここだ! 僕はここだぁ! 
昨夜、かなりゴキゲンの松田さんは、激しく僕に語りかけ、
挙げ句にポッテリと眠ってしまった、僕を握りしめて・・・。
そこまではよかったんだけど、
どうもそこは松田さんの同居猫、
ちゃあさんの寝床だったらしい。
帰宅して、すぐにちゃあさんとももさんを
紹介してもらったんだけど、
僕は嫉妬されてしまったようだ。
夜中、僕はちゃあさんに転がされ、
ももさんにライダーキックを浴び、
ベッドを追い出されてしまった。
眠れやしない、こんにゃろ。僕は、寝不足なんだ。
 
「居た、居た! よかったワァ。
大切なお客様なのに何処に行ったかと思ったワ」。
・・・本当か。
「でね、ロボちゃん。
告白しなければならないことがあるんだけど・・・。
ウチね、水曜日にメールがつくはずだったんだけど、
ポンコツパソコン、ちょっといじらないと
メール入らないみたいなの。
ほら。ね、ポンコツでしょ、許して。
来週早々にちゃんと入るはずなんだけど・・・。
あんまりあなたがカワイイから、
つい、連れて来ちゃったの」。
もう! 叱られるのはケロさんなんだから! 
松田さんはそれでも悪びれず、
「ね、だから週末も一緒にいましょ。
広尾で足止めくっちゃって申し訳ないんだケド。
でも、いろんな所に連れていってあげるワ!」
 
僕の心は重い。でもどうすることもできないので、
連れられるがまま、松田さんと一緒に
再び広尾のオフィスへ行った。
「ごめんね」と言いながら、
松田さんはしきりにインターネットの雑誌と格闘したり、
僕の日記を読んだりしていた。
このヒトは「窓際」なのだろうか? 
仕事はないのだろうか? うーん。
 
午後になると、
「ロボちゃん、今日はお化粧品についての
座談会があるのよ。女心がわかるからオモシロイわよー。
さ、出かけましょ」と、僕を四谷に連れて行った。
ふーん、確かに、いろんな女性がいるもんだ。
神経質そうなヒト、個性的なヒト、愛らしいヒト。
女のヒトって大変なんだなぁ、
キレイに見られるために一生懸命努力している。
それにしても、何か言うと「なんで? なんで?」
って聞かれるのも大変だ。
僕は寝不足がたたって、眠たくなってしまった。
ううーん、大変だ、大変だ。ムニュムニュ・・・。

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2月6日(土)晴れ

昨日、目覚めたら僕は渋谷に居た。
「ねぇ、旅人を預かっているの。ロボちゃん! 
カワイイでしょー!!」
何事だ! 状況をよく把握できていなかったが、
僕はイチダイクンに紹介されていた。
イチダイクンは、僕をなでくり回した。
かなり気に入ってくれたらしい。
ああ、僕はようやく松田さんから解放されて
イチダイクンのところへ行けるのか? 
ああ、駄目だ。少なくとも月曜日まで、
僕は解放されないのだ・・・。イチダイクン、助けて・・・。
 
イチダイクンは髪の毛を切って、
松田さんは一目その姿を見ようと、
四谷から渋谷へ出てきたらしい。
イチダイくんは役者さんだ。ようやく僕は理解していった。
松田さんは、肝心なところで言葉が足りない。もう! 
 
僕たちは地下のお店に降りていった。
さっきからヤマモト、ヤマモト、
という名前を聞いていたが、お店では黒い帽子をかぶった
ヤマモトハルカさんが、ジーっと待っていた。
そして、「やぁ、まっちゃん!」
と松田さんに声をかけたワカバヤシクンというヒトは、
お店でバイトをしていて、
ビールを一杯ごちそうしてくれた。
ワカバヤシクンも役者さんだ。
松田さんに替わって、お礼を言おう。 

素早く、イチダイクンがハルカさんに僕を紹介してくれた。
「イチダイクンとハルカさんはね、役者さんと演出家なの。
一緒に住んでいるんだけど、
ここのおうちは事件が多いからオモシロイと思うわよ、
ロボちゃん。3月には舞台公演が控えているし、
次はここでお世話になると楽しいワ、きっと。
また違う世界を堪能できるワヨ」。
松田さんは僕に耳打ちをした。
ふううん、舞台公演かぁ。僕も見たいな、
でも、その頃僕はどこを旅しているのだろう? 
ハルカさんは、僕をみてニンマリと笑った。
ギクッ。この笑いはなんなんだ? 
僕の旅は、どこからか狂ってはいないか? 
先のことは、考えないことにしよう・・・。
 
昨夜は、そんな一晩を過ごした。
今日は夕方、松田さんが僕を再び四谷へ連れていった。
僕はまた眠ってしまい、気づいたら明大前に居た。
あっ! ケロさんとあゆみさんだ! 
僕は再会を喜びたかったのに、
松田さんは自分だけ挨拶をして、さっさと別れてしまった。
もう! 気が利かないんだから!!

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2月7日(日)晴れ

昨夜、明大前では鞄から出してもらえず、
僕はまんじりと時を過ごした。
松田さんは何をやっているのだろう? 
少しふてくされた気分になった頃、
「ロボちゃん、夜景を見ましょうね」
と、松田さんは僕を新宿の高層ビルのバーへ
連れていってくれた。
松田さんはきっと忘れてる。僕は新宿の夜景は2度目だ。
 
「ワタシのママよ、ロボちゃん」。
松田さんは、お母さんを紹介してくれた。
「北海道では美味しいもの食べたの?」
ふーん、松田さんのお母さんは、
北海道へ行っていたらしい。僕も次は北国へ行きたいナ。
松田さんがいつものようにタバコに火をつけると、
「あら、まだタバコ止めていないの? 
お嫁にいけなくなるわヨ」。
ほほー、お母さんは幸せ者らしい。
松田さんの実態は、1日もいればよくわかるのに。
いつも鼻から煙出してタバコすってるよ、お母さん。
残念だけど、どうやら、お母さんが望むような
貞淑な結婚は、この松田さんにはムリだね、絶対。
 
「あなた、時間は?」
え? 今日はここに泊まるんじゃないの?
ふかふかのホテルのベッドで眠れると思ったのに・・・。
今日こそはちゃあさんやももさんにやっつけられずに済む
と思ったのに・・・。
ま、いいか。ちゃあさんやももさんにも
だいぶん慣れてきたからサ。
 
松田さんはあっさりお母さんと別れて、電車に乗った。
あれ? 何処へいくのだ?
「ロボちゃん、ワタシが帰ると思った? あまーい!! 
これから六本木へ行くのよ!!」 
僕は恐怖を感じた。どっ、何処へ行くというのだろうか。
ずいぶんダサいカッコしてるのに、遊びに行くのかっっ!
 
「ロボちゃん、六本木には来たの?」
心配をよそに、松田さんが向かったのは本屋だった。
「ここはね、朝までやっているから楽しいワ」。
そう言って、2時間くらい、松田さんは本屋の隅々を
行ったりきたりした。
僕がうたた寝を始めた頃、
松田さんはようやく疲れを感じ始めたらしい。
恵比寿のおうちまでまたもや散歩して、ようやく眠れる! 
と思いきや、今度はビデオ屋へ行くという。
ああ、もう眠らせて! 
結局、僕が眠ることができたのは、朝の7時だった・・・。
こんな生活、いつまで続くの・・・。
松田さん、ちゃんとメール送って・・・。
僕、このまんまじゃ存在が消えちゃう・・・。
僕は旅人、助けて・・・。

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2月8日(月)晴れ

松田さんと一緒にいると、日記が1日づつずれてしまう。
僕は時計なのに、松田さんは僕の体内時計を
とことん、狂わすヒトなのだ・・・。
もう、4泊5日になった・・・。
こんなところが最長滞在記録になったらどうしよう・・・。
 
日曜日、松田さんは午後にのっそりと起き出した。
どんなに寒かろうと、朝起きると窓を全開にする。
僕の発見した松田さんの習慣だ。
 
お布団を干し、洗濯物を干し、掃除機をかけ、
ああ、こういうこともするんだな、と思ったのもつかの間、
シュポンっとコルクの抜ける音がした。???
 
午後3時、さんさんと陽が溜まる部屋の中で、
松田さんはワインを飲みだした。
冷凍庫からベーコン、アスパラガス、
なにやら白い塊を取り出し、解凍を始めた。
鍋に湯を沸かし、
「アルデンテってロボちゃん、どっかで教わったぁ?」
とラテンのリズムにお尻を振り振り、
パスタを茹でている。
「このねぇ、こっくりしたジャガイモの
生クリームスープをベースに、
ベーコンとワインのエキスを染み込ませたアスパラガスを
ガーリックバターでちょっと焦げめつけて、
パスタで和えるとオイシそうじゃない? 
春のニオイがするぞぉ」。
ゴキゲンにパスタを作った松田さんは、
味見をして「ううーん、締まりがないわね」
と、黒こしょうを振りかけた。
「うぅ、スープにチーズを混ぜればよかったワ」。
松田さんはしこたま独り言を連発しながら食べ終わると、
しばらく雑誌を眺めて、シャワーを浴びにいった。
午後4時。僕は、狂った体内時計と
正確に時を刻もうとする自分との葛藤、
ジレンマに苦しんでいた。
そんなことも知らず、松田さんは
ゴキゲンにバスルームから出てくると、お化粧を始めた。
なんだ? 今度はどこへ行こうというのだ?! 
 
「ロボちゃん、今日はちょっとご挨拶しに行くの。
すぐに帰るから、つき合ってネ」。
そういうと、松田さんは、僕を原宿に連れていった。
松田さんは「さぶ」と呼ぶ松田さんの先輩に、
僕を紹介した。
「カワイー!! 何? ミチコの友達?」
僕は、そうとう狂い始めていたが、可愛がられたので、
イチオウはヨシとすることにした。
「ロボちゃん、このリズムわかる? 
サルサっていうのよ」。
松田さんは勧められるがままにテキーラを煽っていた。
ああ、今日も僕は眠れないのか・・・とあきらめかけた時、
「さっ、ロボちゃん。明日は仕事だから、帰りましょ!」
僕は、涙がでるほど、うれしかった。
帰りましょ、と行ってから、やっぱり松田さんは
しばらくサルサを踊っていたけれど、
22時に帰宅できたことを奇跡のようにうれしく感じた。
少しは僕のことを考えてくれているのだろうか? 
帰宅すると、松田さんは明日の会議のための
資料を作り始めた。・・・。もう寝ようよ、松田さん・・・。
 
こうして、ちょっとの努力で、松田さんは無事に
月曜日を迎えることができた。
そして、僕はまんじりと次の旅先を考えている・・・。

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2月9日(火)晴れ

「ロボちゃん! 今日は、どんなことがあっても、
旅に出してあげるからね!」
ついに、最長滞在記録となってしまった。
昨日、松田さんは
本気でメールをなんとかするつもりであったらしいが、
急遽、仕事で焼き肉屋に行くことになったのだ・・・
と、弁解をしておけ、と脅された。
松田さんのせいで、僕は日記を送ることができなかった。
僕のせいじゃない・・・松田さんのせいだ・・・。
 
「大丈夫! 今日はなんとしてでも
まきちゃんのメールから送ってあげる!」
まきさんは、ケロさんと松田さんと
同じ事務所のスタッフだ。
だから、まきさんが「送りましょうか?」
と言ってくれたとき、意地を張らなきゃよかったのに。
松田さんは、意地っ張りで見栄っ張りだ!! 
ちっ、せいせいするぜ!!
 
「ロボちゃん、いよいよお別れね、寂しいワ、
元気でね!!」
ちっとも寂しくなんかないわい! 
僕を殺そうとしたんだぞ! わかってるのか!!! 
はっ! 僕は、本当はこんなに激しいロボットでは
ないはずなんだ。松田さんのせいだ。松田さんのせいだ!
 
イチオウはお世話になったし、礼はいうけれど、
よっぽど寂しくならないと、
僕は松田さんのことを思い出したくないな。
また、体内時計が狂いそうだもの。
ああ、松田さん、約束は守ってね。
今日は絶対旅に出させてね。
成り行きが怖いから、
僕は眠って結果を待つことにしよう・・・。
健やかな目覚めを夢見て・・・。

1999-02-10-WED

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