ROBO
風前の灯火。

32人目 笠岡敦さんの家 (1999.5.31〜)

ホストのコメント

ロボットは無事です。
すぐに次のホストに手渡します。
それまではわたくしが大切にしますので。
取急ぎ、ごあいさつかたがた。

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5月31日(月)

はじめまして、32番目の笠岡敦と申します。
遅くなりまして、すみません。
先日、友人の演劇をハタさんと観に行った帰り、
突然すがりつくような目で「何も言わずに受け取ってくれ」
と渡され、なんだか切ない気持ちになって受け取りました。
ロボットの「ワタシに旅をさせてください」
という言葉がずっと頭の中を駆け巡っていて、
ロボットもきっと苦労したんだろうと思うと
夜も眠れませんでした。

ロボットは根津三丁目の駄菓子屋で生まれた。
バブルがはじけてこの土地も今さら買い手が見つからず、
トキおばさんは老人ホームで第二の人生をと思っていた時、
ロボット時計が夢枕に立った。
やっとできたロボット時計が時を刻み始めた時、
ちょうど思い出したように地上げ屋がやってきて、
ロボット時計を見つけると何も言わずに持っていく。
地上げ屋はロボット時計を家に持ち帰って
小学三年生の息子に渡す。
次の日、息子は教室で友だちに自慢する。
ある友人の「かわいくねー」という一言にぶち切れて、
マウントパンチの嵐。
鼻血を出した友人が「ごめん」と謝っているのに
手を止めず、何度も何度も打ちのめす。
しまいに先生が止めに入る。学級委員の
「ロボットを学校に持ってきてはいけないと思います」
という発言にクラス全員満場一致の挙手に腹を立て、
地上げ屋の息子はロボットを黒板に投げつける。
跳ね返ったロボットを拾いあげたのが、
小金持ちの牛乳眼鏡のトキオ。

こんなくだらないことを会社にいる間考えていました。

1999-06-02-WED

32人目 笠岡敦さんの家 (つづき)

6月1日(火)

今日は、今度会社が社名変更するので
類似商号調査のために法務局に行きました。
おじさんたちがうじゃうじゃいました。
ロボットと仲良く順番待ちをしている間、
ロボットの生い立ちの続きを考えていました。
 
さっそく、小金持ちの牛乳眼鏡は
じっと睨んでいる不良地上げ屋息子の目を盗んで
ロボットをポケットに入れました。

家に帰って机の前でロボット時計を見ていると、
母親がおやつを運んで来て「あらトキオくんなあにそれ」
と厚化粧の嫌みっぽい香水ぷんぷんさせて、
トキオの頭に胸を押し付けてくる。
それでなくてもクラスでマザコンと呼ばれて
いじめられているのに、と思う。

子は親を選べないなんて不条理だと感じた牛乳眼鏡は、
ロボットにだけはそんな思いをさせたくないな、と思う。

「これ、ファマドール星人っていうんだ。
いろんな時空を飛びまわれるんだよ。
すごく頭いいんだよ」。
牛乳眼鏡は、我ながら自分の発言に後悔する。
母親に気を回して子供っぽく言ってあげたのが
よくなかった。だいたい9年も寝食を共にすれば、
相手の気心も知れるというもの。
母親のザアマス眼鏡がきらりと光る。

「トキオくんにはそのロボットはまだ早いわ。
子供がそんな素敵な時計を持っちゃいけないのよ。
分かるでしょ──。だから、わたしが預かってあげる。
ね、ママの言うこと分かるわよね」。
 
「だって、これぼくのだよ」。

「つべこべ言うじゃないわよ。黙って渡しなさい」。

母親と掴み合いになり、いい大人が本気になって
息子のロボットを握り締めた手をこじ開けようと
長い爪をたてて引っ掻いた。
その痛さに「あっ」と小さく叫ぶと、
「閲覧申請の笠岡さん」と呼ばれたので、
公務員のところへ急いで行った。

1999-06-03-THU

32人目 笠岡敦さんの家 (つづきのつづき)

6月2日(水)

次のホストを探すべく、会社の人に自慢げに見せるけれど、
『ほぼ日』を知らない人ばかりでした。
前ホストの人みたいに、捨て子のような扱いをしてでも、
ロボット君を旅立たせた方がこの世の為になるのかと思い、
友人に電話するもすげない返事ばかりで、
きっとロボット君を暖かく見守っていてくれている人は
いるだろうに、どうしてぼくの周辺の人は、
この素晴らしいロボット駅伝が理解できないのだろうかと、
不思議な気持ちになってしまいました。

ロボット君があまりに可哀想で、
ついロボット君の生い立ちを恨めしく感じてしまいます。

ザアマス眼鏡は、息子から取り上げたロボットを、
勝ち誇ったように見つめ、なんてかわいらしい時計
なんでしょう、と感嘆をもらす。
 
次の日、さっそく知人に
ロボット時計の値うちを訊きに行く。
思ったほどの価値がなく
なんだかちっとも興味もなくなって、
電車の網棚に置き逃げする。

網になんとか右手で掴まっていたロボットも、
電車が急停車してやむなく下に座っていた多摩美の
女子大生の頭に吸い込まれるように落ちていく。

自分の日記が他の人に読まれるというのは、
恥ずかしいなあと思いました。
まるで、電車の中で自分だけ気付かないで
ズボンのチャックを開けているときのような
恥ずかしさがありました。
 
次なるはだかの王様探しをなんとしてでも致します。
それまでは、ぼくが大切にしていますので御安心ください。

1999-06-04-FRI

32人目 笠岡敦さんの家 (4日目〜)

6月3日(木)

渋谷にできた味よしという回転鮨の食べ放題に行きました。
人がうじゃうじゃいました。
ロボット君といっしょに流れてくるネタを
仲良く見ていると、なんだか海で勢いよく泳いでいた
魚たちの悲しげな叫び声が聞こえてくるようで、
ダーウィンの言っていることは正しいんだと思いました。
 
ロボット君が恨めしそうにぼくを見ているので
食べさせてみましたが、イカが顔にくっついて
しまいました。この世の中は弱肉強食なんだよと、
苦労を重ねてきたロボット君に教えてもらいました。

さて、多摩美の学生は脳天の激しい痛みに堪えかねて、
ロボット時計に悪態をついた。
周りの怪訝な目を睨み返し、
「なんだっていうのよ、わたしに文句あんの!」と一撃し、
たじたじとなった乗客の素知らぬ顔たちが、
いっせいに吊り広告へ向けられた。

そこに、慶大AV嬢逮捕の顛末と書かれていた。
やれやれ、世紀末にもなれば、なんだってありなんだな
と思った多摩美の学生は、今日課題のデッサンの対象を
ロボット君にしようと思う。

教室で周りの学生が女性裸体モデルの肉感的なデッサンを
している隅っこでロボット君の姿態を淫靡に描いていると、
ドン・キング教授が覗いてきて、
「あらあら、聡子ちゃん、
ずいぶんとセクシーじゃないの。なにこれ?」
と油ぎった頭をこすりつけてきた。
今まで単位貰うために我慢してきたけど、
これってセクハラなのよね。
「あんたも500万円払わせるわよ」と思ったが、
ここは踏ん張りどころ。
「ロボットのチチリーナです。とっても可愛いでしょ」。

ドン・キング教授がロボットに触れようとする。やれやれ。
「これ、ぼくちんにくれないかな? 
そういえば、美術史の出席カード、
三十枚くらいあるんだよね」。
まったく、足もと見るおやじだよと思うが、
背に腹はかえられず、仕方なく油手にのっけて上げる。
ドン・キング狂喜の雄叫びとともに
終業のチャイムがキンコンカンコン。


6月4日(金)

今日会社に最後まで残っていると、独りだけで寂しいので
ロボット君と一緒に仲良く歌を歌っていました。
ロボット君は嬉しそうにステップを踏んでいました。
そういえば、先週友人と久し振りに飯倉近辺にある
『シュガーヒル』に行ったとき、
ちょうどロボット君を受け取ったばかりで、
彼も嬉しそうに踊っていました。
ロボット君の前世はきっとダンサーだったのではないか
と思いました。

ドン・キング教授は嬉しそうに自分の研究室に戻って、
ロボット時計を机に置く。
内線がかかってきて、妻が急病で倒れたとのこと。
急いで家に帰ると、テレビ見ながらジャズダンスしている
妻が「どうしたのよ、こんなに早く帰って来て……、
しっかり稼いでこなきゃダメでしょうが。
もう一度大学行ってきな!」
やれやれ。

ドン・キング教授仕方なく、
家の近くのファミリーレストランへ。
テーブルにロボット君を置く。
マンゴープリンを食べ終わり、さて帰ろうかと思うと、
ロボット君がいなくなっている。
やれやれ。

ドン・キング教授は、ウエイトレスに詰め寄る。
身に覚えのない言い掛かりだと言わんばかりの迷惑顔。
怒ったドン・キング怒りの鉄拳
「畜生、おれ様を誰だと思うか、我こそは、
ドン・キング教授であるぞー。皆の者、控えろー」。
やれやれ。
 
二子玉川のコダマムが可愛い3才くらいの子どもと
連れ立って、ドン・キング教授の横を
通り過ぎようとするとき、
「おじちゃん、馬鹿じゃない。
ロボット時計はぼくが持ってるのに……」。
ドン・キング教授はあまりに興奮して子どもに
注意を向けられず、ただひたすらに自分の偉大さを
世間に知らしめようと躍起になって叫んでいる。
 
もっと真剣になって、次のホストを探します。
最近、『ほぼ日』を知らなかった人々も、
ぼくのプレゼンで、だんだん見るようになってきました。
こうやって会員が増えていくと、
いつしか日本の全国民が
『ほぼ日』の会員になったりして……。


6月5日(土)

会社に行く途中、ぼくのクルマの前に
霊柩車が走っていて、なかなか視界から消えないので、
その間中ずっと親指を隠していました。
車線変更のウインカーを出すときが大変でした。
そんな四苦八苦のぼくを同情の目でロボット君は
見ていました。

コマダムの息子は庭でイヌのジョン万次郎といっしょに
ロボットを遊ばせていた。
ジョンは何を思ったか、突然ロボット君に食いついて、
食べてしまう。
泣き叫ぶ息子の声を聞いて、
駆け込んできたコマダムが何を聞いても、ただ泣くばかり。
やれやれ。
 
仕方なく、
「ジョン万次郎の腹を切ってしまうしかないわね」
と冷たく言い放つコマダムにすがりつく息子をふりほどき、
包丁片手にいざ切ろうという瞬間、ロボット君が
ジョン万次郎の口から出てくる。
喜ぶ息子が急いで手を伸ばそうとすると、
ジョンは息子の手に噛みつく。
 
救急車に運ばれる息子に、
「予防接種はしてあるから安心しなさい」
と諭すコマダム。
コマダムは、こんなことになったのもすべては
ロボット時計のせいだわと思う。
こんなに平和な家庭を突然崩壊させてしまうロボットが
憎い。
 
ジョンの口を割り箸でつっかい棒をし、
フンガフンガ苦しそうに言うジョンを逆さ吊りにする。
ロボット時計が申し訳なさそうに、飛び出してくる。
「やっと出てきたな。こん畜生。わたしのことなめるのも
いい加減にしな。今じゃ、上品ぶってるけど、
昔はこの辺りじゃちょっとしたもんだったんだからね。
怒らせるとどうなるか分かってんのかい」。
 
コマダムは持っていたカミソリでロボット時計を痛めつける。
しかしフンガフンガ言うばかり。
おかしいなあと思うと、ジョンはつっかい棒が取れなくて
目から涙を流している。

ところで、ロボット君の所在をお知らせするのを
忘れていました。今は、芝浦のチサンホテルの近くで
楽しそうにしています。
いつもは、等々力に居ます。
魚常というスーパーの近くで、いつも楽しそうに
しています。
次のホストとなかなか連絡取れません。
もう少しの辛抱です。


6月6日(日)

早いもので、ロボット君が来て一週間がたちました。
真剣にロボットの引き取り手を探さなくては、
と四方八方に当たっております。
とにかく、いろいろな人がいるものですね。
ただ、友だちと電話していて、世のなかには三種類の人間が
いるのかなと思いました。

1、自分から何かを始める人。
2、他人が何かを始めるのを傍観している人。
3、.何が始まっているのか気付かない人。

このロボットの旅が始まってから、
いろいろな人の手を経てきました。
 
ぼくは随分このロボット日記の主旨を取り違えていて、
きっとこの企画を楽しみにされている人たちは
歯痒くてしかたなかったことでしょう。
御安心ください。次なる人へロボット君は
必ずや届くでしょう。

ところで、最近口コミでいろいろなものが
流行してきていますが、マスコミで話題になる前に
ロボット君が手にできて、それはある意味とてつもなく
運が良いというか、ロボット君を知らない人たちよりも
進んでいるという部分で、なんていうか変な優越感を
感じてもいます。
まあ、ロボット君をとおして自分自身を
冷静に見つめなおす良い機会だったと思います。
ロボット君に感謝致します。
もう、ロボットを見て可哀想などとは思わなくなりました。
妄想はもうしません。

ブローディガンの小説に初めて出会ったときの衝撃を、
ロボット君に出会った時も同じように感じたことは
確かです。
でも、現実にある自分の人生をもっと真剣に考えようと
思いました。

とにかく、早く素敵なホストを探します……。

1999-06-08-TUE

32人目 笠岡敦さんの家 (8日目〜)

6月8日(火)

満員電車に乗った。人がうじゃうじゃいて、
失神しそうになりました。
おじさんが前にいて、どうしても避けることができず、
自由が丘まで我慢しました。
とにかく、朝電車に乗るだけで一日の仕事を終えたように
思えてしまうのはぼくだけでしょうか。
まったく家畜同然に扱われているようで、
なんだか本当に悲しくなります。
いくつになっても、満員電車だけは慣れません。

もっとゆとりのある生活がしたいと思い続けてきました。
ロボット君と一週間ちかく一緒にいて、
ぼくの周りの人間はどうもゆとりがないんだ
ということに気付きました。
自分の生活で手一杯で他人のことには全く無関心なんだ
ということ。やれやれ。

今日で最後の日記となるでしょう。
ロボット君もぼくと別れてほっとしているかもしれません。
なんだかもう一人の自分がいるようで、
不思議な感じでした。

ちなみに次なるホストは、大学からの友人です。
彼は、ぼくの知っている限り最高同時に10人の女の人と
付き合っていました。
まあ、そういうことです。
今はどうだか詳しく聞かないので、よく知りません。
そんなマメな彼ですから、きっとロボット君は
楽しく過ごせることと思います。

最後に、気ままな風来坊にお別れを言うのは
ちと寂しく感じます。
たまに人と話すのが大変億劫になることがありますが、
ロボット君はその点無口なので、ほっとしました。
とにかく、これからも100人目指して
猪突猛進してください。

さよなら、さよなら、さようなら……。

1999-06-09-WED

32人目 笠岡敦さんの家 (10日目〜)

ホストのコメント

渡せませんでした。今週末になります・・・。

6月9日(水)

さよならのはずが、こんにちは。
渡すはずでしたが、お互いの時間が会わず、ダメでした。
きっと、次のホストにみなさんの期待が
集中していることと思うと、あまりのプレッシャーで
失神しそうです。
 
今週は終電間近まで仕事がぎっちりと
埋まってしまっていて、渡すタイミングが
どうしても調整できません。
次ホストの水野君も「早く渡して欲しい」とのこと。
ロボットを愛する人がいると思うだけで、
なんだかロボットの父にでもなった気分です。
 
ロボット帝国バンザイ!

1999-06-11-FRI

32人目 笠岡敦さんの家 (11日目)

6月11日(金)

青山にある魚民という居酒屋に出向き、
ロボット君をしっかりと次のホストとなる
水野君に渡しました。
みなさん、やっとロボットが旅立ち、
安心していることでしょう。

今度のホストは、ロボットを見るなり
「へえ、思ったより小さいんだね」と感心していました。
ロボット君も心無しか嬉しそうでした。
めでたしめでたし。

1999-06-15-TUE

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