虚実1:99 総武線猿紀行 |
総武線猿紀行第222回 「え、その場面ホント? 『ラストサムライ』を2倍楽しもう!」 〜佐伯先生と新春・武士の勉強〜その9〜 日本人は「高貴な野蛮人」として描かれてるンダヨ! ラストサムライを見ていて、思い出すのが 「ソルジャー・ブルー」という映画です。 まだまだ御気楽な西部劇が残っていた 1970年のアメリカで、 白人カウボーイ部隊がインディアン (ネイティブ・アメリカン)を、 超残酷に殲滅(せんめつ)する様子が 仔細に描かれた凄まじい映画です。 オエっとなるほどの描写で、西部開拓を描きます。 いわゆる「イージーライダー」など、 アメリカン・ニューシネマの一環として 発表された映画ですが、 以後、煮しめたような西部のイメージに 清涼な風が吹いたことも事実です。 呼称をネイティブ・アメリカンに改めようとするなど、 先住民族の名誉回復の流れは、大きな潮流になりました。 今回のオルグレンの性格には、 そうした流れもきっと関係しているのでしょう。 レンタルDVDにカリフォルニアワイン、 ピスタチオでも片手に、佐伯先生による、 確かにお得なウンチク、 新しい春、新しいジャパネスクなひとときを貴方に‥‥。 先生、こんにちわ。 「こんにちわ」 ラストサムライの舞台の幕末は、 政府軍が英国、幕府軍がフランス側に分かれてましたね。 これは危険な状態だったといえますね。 「フランスと英国が表舞台に出てきて、 本格的に戦うことがあったら、 日本は割譲されていた可能性もあるかもしれません。 ですから、勝海舟と西郷隆盛はえらかったと思います。 本気で、江戸における内戦があったらどうなっていたか、 わかりませんよね。 福沢諭吉は、 そんな可能性はなかったと否定していますが。 幕府の自慢の江戸の軍隊は、 フランス式の技術が行き届いていたということです。 火消し人足やとび職が中心で、 武士よりもよっぽど強かったといいますよ(笑)」 そうですか! 武士だけが強かったわけではないのですね。 トビ職、いわゆるガテン系ですね。 現代のヤンキー系にも血が引き継がれている。 器用で勇敢な火消しなどが中心の軍隊は 強そうな気がします。 それにしても、この映画ではそれどころじゃない。 「オルグレンは反乱軍に加わったのに、 なぜか捕虜になってない。 しかも何と、政府がアメリカと条約結んでる最中に、 天皇の前に出てくる。 一体どうなってるの? だれか取り押さえないの? いきなり天皇に切りかかったら だれが責任をとるのでしょうか? いくら何でも、これは無茶すぎます」 で、オルグレンは 「これは勝元のカタナです。 陛下にお持ちいただければ サムライの魂が離れることはないでしょう」 と天皇に刀を献上します。 「天皇は武士の魂など、知りません。 天皇が『武士道』の人みたいになってますが、 本来、天皇を中心とした公家の文化と対立するのが 『武士道』です」 天皇家は、そもそも武士が歴史的に 蟄居(ちっきょ)させた公家の側ですからね。 映画では悪役のように見える大村の言い分、 「(勝元は)陛下に弓をひいたのですぞ」 といわれて当然ですね。 「『極めて無礼だ』ともいわれますが、 大村のいう通りです! 反乱軍なのですから」 それにしてもオルグレンのこの態度はどうして? 「彼らには、インディアンを滅ぼしたという、 原罪の記憶があるんです。 これは、完全にモヒカン族の最後と 同じ扱いになっている。 勇敢な部族を滅ぼしたことに対する、 良心のトガメという。 でもそれを日本人に共有しろと言われても‥‥」 この日米の会議、条約はなんでしょう? 舞台は1877年ですが。 「日米和親条約が1854年、 日米修好通商条約が1858年ですけど、 この時期に条約はないですね。 75年千島樺太交換条約があるだけ。 不平等条約といわれた日米修好通商条約を、 改正するのが1886年第一回条約改正会議になりますし」 この時期に条約はない? 勝元側は国辱的な条約に反対なようですね。 「いったい勝元は何をしたかったんでしょうね。 外国との不平等条約は、 そもそも武家政権の結んだものです。 勝元は武士が治める世の中を守りたいのか、 それを壊したいのか。 条約結ぶな! というのなら、 鎖国継続をすべきだったといいたいのかな? やりたいことがさっぱりわからない」 サムライの親分は徳川将軍で、 それが結んだのが不平等条約。 天皇はあくまで武士の対抗勢力だったわけですね。 「しかしここでは、 明らかにSHOGUNと天皇がだぶっていますね。 武士の魂を天皇に戻そうというのですから」 あくまでこの映画は オルグレンの目を通して描かれてますからね。 「オルグレンが、自分達の西洋の価値観を ほぐして変えられて、武士道を理解する、 というドラマですね。 『王様と私』みたいな物語です。 勝元は、人類学でいう『高貴な野蛮人』です。 近代文明にくたびれた人が未開社会にいって イイものを発見するという(笑)。 人類学者は、しばしばそうやって 未開社会のよさを発見したわけですが」 (注;1956年の米映画『王様と私』の物語 「1860年代のバンコク。 夫に先立たれたイギリス人女性アンナは、 息子と共に封建的なシャムの国にやってくる。 王室の子供たちの家庭教師に雇われたアンナは 王室に文明の息吹を吹き込もうとするが、 しきたりを重んじる 頑固なシャムの王様と対立してしまう。 二人は衝突を重ねながらも交流を深めてゆき、 やがては愛し合うようになる」) なるほど‥‥。 そういわれてみれば、オルグレンが捕虜として囚われた 富士山麓の勝元の村の雰囲気、 インディージョーンズ的雰囲気があるような‥‥。 「そうした物語はたくさんある。 自分の知らなかった他の文化の良さを発見して、 その古い文化が滅びるのを惜しむ。 でもそれを滅ぼしたのは自分たちだったりして。 自分たちが破壊した『自然』を懐かしむ みたいな感じですね。 それを繰り返しやっている。 そういうアメリカの伝統でみれば、 この映画も『またこれか』って感じでしょうね」 そうか、そんな調子で描かれた「ラストサムライ」を 日本人がどういうつもりでみているか? ってことですよね。 「高貴な野蛮人」として描かれたわけですから。 「この映画を見て、元気が出る、という日本人がいるのは、 とても恥ずかしいことですね。 そういう人は、アメリカ人の目を通して自分を見て、 初めて喜べるわけです。 『昔の日本人はステキだったんだ! だから俺もステキだ!』って。 でも、日本が滅びた野蛮として描かれていることは 気にならないんでしょうかね。 そういう人は、昔の日本人が実際どうだったか、 なんてことには興味がなくて、 オルグレンといっしょに近代社会に帰ってきて、 後はまた、 アメリカ的価値観で生きるのかもしれませんが」 アメリカ人から見て面白がれるように、 例えば対立した概念、将軍と天皇のツジツマさえも、 適当に合わせて楽しむ話なんですね。 「なぜ、本当の歴史に向かおうとしないのか? わかりませんね。 この話は空想で、あくまで オルグレンの目を通すことでできる物語なのですから」 第九回のまとめ 幕府自慢の軍隊は、火消し人足やとび職が中心で、 武士よりもよっぽど強かった! 明らかにSHOGUNと天皇がだぶっている! この映画は日本人が「高貴な野蛮人」として描かれている! 残念、ギリ! それでは佐伯先生の著書 「戦場の精神史」を読んでみましょう。 213ページ <武士道の有名な書、「葉隠」は山本常朝の談話を、 田代陣基(つらもと)が筆録したものといわれてます> 山本常朝(1659〜1719)が生まれたときには 既に太平の世ではあったが、常朝の祖父や父は、 荒々しい戦国の雰囲気を残していたようである。 たとえば、常朝の祖父・中野神右衛門清明は、下人達に 「おろめけ(大声でどなれ)、嘘言いへ、ばくちうて」 と言っていたという。 (中略) 正直者の武士は大した役に立たない、 武士たる者、多少は悪事乱暴を働くようでなくては だめだというのである。 その友人の相良求馬なども、 盗みや姦通を犯した家来を許して取り立て、 「そういう者でなくては役に立つ者は出てこない」 と言っていたという。 <サエキの解説> 有名な「葉隠」の作者のおじいさん、 お父さんのころのお話です。 武士が武士であったころ、 このようにワイルドな面が強かったのですね。 嘘いえ! という命令がとにかくスゴイ! ばくち打て、姦通犯したものじゃないと役に立たない、 というのもすさまじいけど。 とにかく、僕らの理屈が通用しない人たちってことですね。 しかし、そういう人を雇って、安心して暮らせるのかな? 油断したら殺されそうですね。 佐伯先生に質問を受け付けます! シリーズも9回を迎え、そろそろ 「ここはどうなってるの?」 という方もいらっしゃるでしょう。 気楽にメールをいただけるとうれしいです (お答えできるかどうかは、ケースバイケースですが) ほぼ日編集部まで「佐伯先生に質問」というタイトルで よろしくお願いします。
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2005-02-10-THU
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