サエキ |
まず『バンド臨終図鑑』ですが、
どういう経過でできたんですか?
|
速水 |
山田風太郎の『人間臨終図鑑』がすごく好きで、
あのフォーマットは使えるだろうと
思いついたんです。
もっと簡単にやれるつもりでいたんですけど、
実際には出版社の法務から
「訴訟問題とかになるのは勘弁してほしい」
と言われて。 |
サエキ |
え? 訴訟?
どういうときに訴訟になるんですか? |
速水 |
憶測で物を書いたり、
事実と違ったりという場合ですね。
結局、解散というのはもめ事なわけですから、
もし間違いがあって訴えられたら負けると。
特に音楽業界は出版より
寛容ではないというのもあって‥‥(笑)。 |
サエキ |
逆な感じもしますけどね。 |
速水 |
出版界は会社規模が小さいので
お互い訴えたりしないんです。
たまに何かあると文春vsジャニーズだったり、
講談社vs相撲協会だったり、
外部からの訴訟です。
それは勘弁ということで、
憶測はなし、資料が確実にある
言い逃れ可能なものにしようと。 |
サエキ |
そうだったんですか?
音楽業界‥‥(汗) |
速水 |
実はハルメンズというのは、
この中に入れようと思ったんだけど‥‥。 |
サエキ |
あ〜。 |
速水 |
ほんと、申し訳ないんですけど、
200くらい扱っているうちに
漏れたバンドがあるんですよ。
ゴダイゴとハルメンズとフリーは、
原稿まで全部そろえていたのに、
あれ、終わってみたら
なんか3つ足りないって‥‥。 |
サエキ |
いやいや、その2つと一緒ならうれしいです。
ところで、本を作る中で
印象的だったことはありましたか? |
速水 |
実は海外より、日本のバンドは
資料がなくて難しいということですね。
日本の音楽誌は御用雑誌に近くて、
インタビューしても
解散の真意まで突っ込まない。
そんな中で「暴露本」という文化が、
手がかりを掴む重要なものになっています。
解散から数年たって暴露本が出て、
表にでてくるという。
たとえばチェッカーズでも
92年の解散後、
暴露本で真相が明らかになったのは
10年以上後ですね。
逆に、ビートルズの解散については、
資料が膨大すぎて大変でした。
彼らの解散にはすべてが詰まってましたね。
金、女、権力‥‥。 |
サエキ |
それをこの量でまとめるのは大変でしたね。
次は、これが本番、
『ケータイ小説的。』なんですが、
まずはご紹介を。
|
速水 |
ケータイ小説は2006、7年くらいに
大ブームとなって
ミリオンセラーもいくつも出たんですが、
10代向けの読み物なのに、
レイプや中絶、DVが描かれているということで
社会問題になったんです。
だけど、基本的に大人が誰も読んでなかったので、
僕としては当時出ていものを
とりあえず端から読んでみて、
そこになにが書いてあるのかというのを、
何なのかという分析をやったのがあの本です。
で、たくさん読んでみたら
大きく二つの共通点を見つけることができました。
それは「舞台が地方・郊外」というのと
「浜崎あゆみの影響」です。
なので、そこからケータイ小説を論じたんです。
両者をつなぐのはローカルでドメスティックな
「ヤンキー文化」なんですよ。
昔のレディース(女性暴走族)雑誌
『ティーンズロード』なんかをみると、
これが浜崎あゆみの歌詞の世界観に非常に近い。
それとケータイ小説の世界観にも通じている。
こういった補助線を引いていくと
ものすごく理解できるんです。 |
サエキ |
ヤンキー文化ね。
僕は千葉出身だからヤンキーが友達にもいたし、
好きなんです。
千葉の郊外文化のリアリティというのが、
好き嫌いをこえて身体の中にしみついていて、
僕の想像力とかイマジネーションの原動力は
実は、千葉、あるいは全国の
殺風景なロードサイドにある。 |
速水 |
なるほど、そうなんですね。 |
サエキ |
自分のそういう性質を抱えて
今まで生きてきていて、
そこらへんが速水さんが
調べてこられているような風景や状況と、
ビンビン反応するんですよ。
実際、総武線の先や、
ヤンキーの多いといわれる厚木とか
中央線の先に行った時にも、
なんともいえない
妙にもやもやしてくる感じがあるんです。 |
速水 |
その感覚、もっとほじくり返したいですね(笑)。
|
サエキ |
そこに住んでいるヤンキーっぽい大衆の姿に、
すごくリアリティがあるんです。
なんというか、吉祥寺あたりで
有機農法の野菜とかチョイスしながら、
センスのいい服を着て本を読んでいる方よりも、
郊外のちょっと退屈な日常を生きている人のほうに
リアリティを感じるんです。エネルギー的に。 |
速水 |
僕の場合は、ヤンキー文化は
土着でローカルなものだけれども、
すごくアメリカに影響を
受けている点に注目してて。
実は「黒人音楽とヤンキー文化が
なぜつながるのか?」が自分のテーマなんです。
たとえば『ハイティーン・ブギ』
『ビーバップ・ハイスクール』
『ろくでなしブルース』って
ヤンキー漫画のタイトルは、
「ブギ」「ビーバップ」「ブルース」と、
どれもみんな黒人音楽が入っているんですよ。 |
サエキ |
アハハ(笑)!
そんなこと聞いたの速水さんからが初めて!
面白い!! |
速水 |
ラッツ&スターとか鈴木雅之さんとかは、
不良時代のたまり場が
ソウル専門の喫茶店だったとお話されてたり、
ものすごくソウルフリークですよね。
和田アキコさんとかも、
ブラック・ミュージックへの造詣が深い。
いわゆるボンタンとか、
単ランとかのファッションも、
『マルコムX』の映画とかにでてくる
1930年代のズートスーツそっくりで、
どこかから文化として入ってきたはずなんです。 |
サエキ |
ボンタンが? ‥‥それは気がつかなかった。
あまりにもリアルタイムでは香ばしかったもんで。 |
速水 |
僕はそもそも元ネタ研究好きなんで、
ルーツを探っていくと
いろいろ深いものにあたるというのが
興味対象なんです。 |
サエキ |
うーん。ヤンキーの生々しさに目を奪われて、
ズートスーツに辿りつくような
歴史を追えなくて‥‥でも、確かに。
実は僕がよく行く地元のラーメン屋は
ヤンキーっぽいどっしりした坊主頭のおじさんが
趣味でやってるような店で、
ずっとヒップホップがかかってるんですよ。
そこで聞くヒップホップほど、
今の日本になじんだ音楽はなくって。 |
速水 |
NYのブロンクスで
本場のヒップホップを聴く以上のしっくり感が、
なぜか千葉のラーメン店にあると。 |
サエキ |
そうそう、そんな感じなの!
ブロンクスって我々は
一種のエキゾシズムで接して
気分に浸ったりしてるけど、
土地の人には土着的な場所でしょ? |
速水 |
結構、日本の土着の風景にも
アメリカの物は合うんですよ。
ヒップホップはその象徴で、
ジャパンレゲエもそうですけど、
アメリカをそこに見るわけではなくて
自分たちの土着の音楽として
吸収してる感じがありますね。 |
サエキ |
でもルーツはなぜか黒人音楽になると‥‥。
ちなみに「よさこい」とかって、
間違いなくヤンキー文化ですよね。
リズムも日本独特の打ち込みで、
レゲエやヒップホップに近い音楽性が
土着化してる感じ。
そういえばよさこいを始め、今の若者達が、
このところ地元のお祭りを
きちっとやっていこうという
指向性を感じるんですが、
それを支えてるのがヤンキーなんですよ。
地元指向とヤンキーの関わりって、どう思います? |
速水 |
宮台真司さんによると
「もうヤンキーは絶滅して、絶対復活しない」
って言い方をするんです。
なぜならお祭りを支えるような
地方の共同体=ヤンキーなんですが、
地方でもかつての共同体は
すでに解体しているからです。
それはわかるんだけど、
Jリーグでもジャパレゲでも
ギャルでもケータイ小説でも、
なんかヤンキーは明らかに
復活してる気がするんですよ。 |
サエキ |
そうなんですよ(笑)!
絶対、勢いが増している! |
速水 |
アメリカでも90年代に
ヒップホップがチャートに入る時代になって、
ニューヨークとか
「俺達はここのブロックで、
橋の向こうのやつらと戦争するんだ」っていう、
「俺達はここだ」っていう地元思考が出てきて、
一気にそれまで世界商品だった
マイケル・ジャクソンやマドンナのような
80年代の音楽というのが古くなる。
その後、息子ブッシュ時代になると
カントリーソングまで復権します。
これもおらが町を歌う
地元志向の極地のジャンルです。 |
サエキ |
アメリカ人のヤンキー化(笑)。
2010年の今は、
地元志向=ヤンキーというのが基本。
でも70年代後半から
80年代前半のヤンキーたちも、
地元志向だったかは疑問ですよね。
当時のヤンキーは、
無意識に当たり前のように、
地元に残った感じ。
横浜銀蠅とかはあくまで
「横浜」をブランドっぽい感じで
とらえてたと思う。
ところが90年代後半の
氣志團になってくると、
彼らのヤンキー衣装は
パロディでこそあっても、
綾小路の地元ダチ指向のマナーとか本物ですよ。
昔のヤンキーより、
こってり地元と密着してる。
現在のヤンキーは、
地域共同体が崩壊する緊張感の中で、
地元を指向するしかなかったのかな、
と思うんですね‥‥。
ところで、ちょっと話が戻りますけど、
さきほどのケータイ小説とあゆ、
そしてヤンキーとの関わりを
もうちょっと聞かせてください。 |
速水 |
あゆがデビューした98年は
もうコギャルに押されて
ヤンキーが絶滅したと思われていた時期で、
コギャルはさらに顔が黒いヤマンバ化していく。
その意味では、
あゆは最後のヤンキー継承者なんです。
彼女は自分自身がヤンキーだったことを
認めているんです。 |
サエキ |
ヤンキーが白で、コギャルが黒!
コギャルもヤマンバも僕の中では
ヤンキーという分類だったんですが、
違うんですか? これは難しいぞ! |
速水 |
ルーツは違うんです。
コギャルは、90年代の
西海岸ストリートファッションの系譜。
ヤンキーは、50年代のいわゆるフィフティーズ、
ロックンロールであったり、
さっきいったような
ズートスーツのような黒人文化です。
だけど、95〜98年くらいにコギャル雑誌の
『egg』とヤンキー雑誌の
『ティーンズロード』が
投稿欄でバトルしていた時期があって、
その頃の投稿欄でヤンキーが
「コギャル嫌い」とか、
コギャルが「ヤンキーは時代遅れ」とか、
コギャルvsヤンキー論争が繰り広げられたんです。
でも、中には「私はレディースやめて
コギャルになった」みたいな
「転向」告白もあるんです。 |
サエキ |
あはは、最高(笑)! |
速水 |
当時のイメージはコギャルは「渋谷」で
ヤンキーは「地方」なので、
地方対都会の対立軸として
ケータイ小説の本を書いたんですけど、
そこはある時点から
入れ替え可能になるんです。
「コギャル化していくヤンキーたち」
なんですよ。
渋谷という都会で生まれた最先端の文化が、
地方に拡散していく。
で、現在のギャルの起点は
2000年頃に渋谷のセンター街にでてきた
パラパラの子たち、
いわゆるギャルサー文化なんですが、
最初は渋谷にしかいなかったのが、
今や完全に全国区になって
『小悪魔ageha』に代表される
地方文化になっているわけです。 |
サエキ |
ギャルサーはヤンキーなんですか?
そうじゃないんですか? |
速水 |
最初に出てきた人たちはいわゆる最先端で、
それが地方に分派していく過程で
地方の独特のカルチャーに根付いて
土着化していく。
そのプロセスがヤンキー化なんだと思ってます。
なので、最初はヤンキーじゃないのかな。 |
サエキ |
アゲハは、キャバクラというキーもあって、
ヤンキーとの違いがよくわからないんですが。
でも、ヤンキー化してる? |
速水 |
アゲ嬢たちは、みんなあゆ(浜崎)が好きで、
きちんと自分たちが
ヤンキーだった話をしてますね。
あと、圧倒的に地方なんです。
みんな地元大好きで、
モデルの仕事をしていても、
地元で働き続けている。
編集長の中條寿子さんには、
偉大な『ティーンズロード』の路線を、
現代版としてやろうとされている
意気込みを感じます。 |
サエキ |
ヤンキーそのものじゃないですか!? |
速水 |
ギャルの子に取材していると、
中学まではコンビニ前にたむろして
スウェットしか着てなかったという
ヤンキー少女から、
突然ギャルになるようなんです。
そこには男の影響があって、
好みの格好をさせようとすると
ギャルになるケースが多い。 |
サエキ |
男が求めてギャル化するんだ!
でも、アゲハが髪を盛るとかって
女性同士の牽制ですよね。
男が水商売の女性に求める
セクシャリティとかが、
アゲハの盛り髪に結実しているとは
思えない部分もある。 |
速水 |
僕は「盛り」は
「武装化」だと思っているんです。
昔のレディースが彼氏が暴走族してるから
自分たちも乗ろうとはじまったのに、
どんどん独立していく過程で、
彼氏禁制とか暴走族より過激に
なっていくじゃないですか、
そういうのと一緒なのかと。 |
サエキ |
そうか! 暴走族が女性だけで
組織化していくのと、
アゲハが、男の好みをふりきって、
激しく髪を盛っていくのと、同じなのか! |
速水 |
それで武装化なんです。 |
サエキ |
なるほどね〜。ちなみに、
ケータイ小説の本も
基本的にはそういったイマジネーションの中で
読める本なんでしょうか? |
速水 |
そうですね。ヤンキー=怖い人、
粗暴な人ではなく、
地域に根ざした人という意味で
使っているんですけど、
その意味においては、
ケータイ小説はまさにヤンキー小説です。
そういう意味では、地方文化の研究でもあります。
|
サエキ |
最後に、速水さんの、
今後のテーマをちょっと教えてください。 |
速水 |
90年代以降に
なぜヤンキー的なものが増えたのか?
経済状況が悪くなった時代でもあり、
それとヤンキー化は関係してるんじゃないかと。
不景気時代の、それも地方で
何がおこったのかを
『デフレカルチャー』というキーワードで、
女の子の文化を中心にしながら
文化的に考えてみようと思っています。
あとは男の子文化版というか、
90年代からラーメン屋では作務衣きてたり、
手書きの文字で人生訓書いてあったりと、
すごくナショナリスティックなものになってる。
そういうのを日本の戦後史とからめて、
ラーメンのグローバルから
土着化ということで考えていこうと。 |
サエキ |
テーマは「ヤンキー化」なんですね。 |
速水 |
やっぱり地方文化なんですよ。
80年代までは東京に文化があったけれど、
90年代以降はもっと地方に
語るべき文化があったと。
むしろ東京にはなくなっていく感じがあって。
それを経済の問題と関連させながら
考えようと思ってるわけです。
たとえばJリーグなんて暴走族が
93年くらいに規制が厳しくなっていなくなって、
ちょうどその頃に各地で盛り上がってくる。
一部のチームのサポーターはかなり強力ですからね。 |
サエキ |
まさに! かなりヤンキー的なサポーターもいます。 |
速水 |
昔は上京指向が強くて
みんな巨人が好きでしたけど、
巨人は全国区だから
ヤンキー的ではなかったんですよね。 |
サエキ |
全国区だと自動的に
ヤンキーの匂いがしなくなる‥‥
面白いですね。
方程式に近いものがある。
巨人的なものというか、
東京中心指向と束ねられるものって、
割と教養主義的なところとリンクするとこもある。
で、僕みたいに理屈にならない
「心情ヤンキー指向」っていうのは、
どこに位置するのかというと‥‥。 |
速水 |
僕もそうです。ヤンキーの少女に恋をして、
相手にされないタイプの中学生でしたし(笑)。 |
サエキ |
でもそろそろ、心情ヤンキーも
蜂起の時が近づいてきてる(笑)!
昔はそういう自分は
今いちわかりにくいと生きてきたけど、
もはやグローバルな考えだな、と。
もちろんヤンキーがわからない人も
業界には多いし、
特に昔のハルメンズを含む
ニューウエーブ指向の人は
ヤンキーっぽさは表面的にない。
だけど、実はハルメンズにも
隠れヤンキーの資質があったりして、
それは今度ゆっくり。
そんな確認をしあうって場が
かなり増えてる実感もある。
‥‥ところで速水さんはどっちなんですか? |
速水 |
実は、完全に東京中心指向です。
地方郊外でしか育ってないこともあって、
東京への憧れが強い。
世代的にも80年代文化の影響を
強く受けていますし。 |
サエキ |
あらま〜、ヤンキー本書く速水さんが違うと。
あくまでもヤンキーは興味の対象と。
カツアゲされそう!! |
速水 |
そうですね(笑)。
ただ、ヤンキー的な地方文化を
単なる土着ではなくて、
「グローバルなものの土着化」
だと捉えています。
たとえばヒップホップとラーメンの関係だとか、
常にアメリカ文化との
関連性をみるのが好きなんです。
接続する文化は何なのか?
そんな視点で考えると面白いですよ。
(了) |