サエキ |
高橋健太郎さんは、
昔から自宅録音をやっていたのですか? |
高橋 |
80年代のはじめ頃には、80万円もする
タスカムの4チャンネル[*]録音機を
買っていたんです。
でもその後音楽ライターも始めちゃって、
それが忙しくなって、
その機械を押し入れにしまったまま、
10何年たってしまったんです。
[*]4チャンネルとは別々の音が
4つ入ってそのレベルを調整できること |
サエキ |
90年代に録音の仕事を始められますよね。 |
高橋 |
そう。最初はいわゆるプロの48チャンネルの
デジタル・テープレコーダーを使った
録音を手がけるんだけど、
VHSヴィデオのテープを使った多重録音機が出たり、
ヤマハからデジタルミキサー
「O2R(オーツーアール)が出て、
自宅で録音ができることになります。
そこでそういった機材で
「自分だけでできるじゃん!」
自宅で仕事をやるようになるんです。 |
サエキ |
90年代はそれらパーソナル機材が
どんどん進化していってしまいますね。
そして究極の自宅録音ソフト、
Pro Tools(プロ・ツールス)が登場することになる。 |
高橋 |
200万円でPro Toolsを買いました。
A-DATとかO2Rで、
デジタルに精細に録音はできるようになったんだけど、
そうしたデジタルでは、ロックの重要な要素
「音を歪ませる」ことができなかった。
それがPro Toolsではできるようになったんですよ。 |
サエキ |
プラグインとかのソフトでですね。 |
高橋 |
アンプファームとかのソフトで、
ギターアンプで出していた歪みが
再現できるようになったし、
テープシミュレイターで
カセットやオープンリールとかのサウンドも
出せるようになった。
また、16ビットが24ビット[*]になることによって
音質が飛躍的に良くなった。
[*]ビット数とは、アナログ信号から
デジタル信号への変換の際に、
信号を何段階の数値で表現するかを示す値 |
サエキ |
そこで疑問なんですが、ロックはもともと、
アメリカのラジオで音を圧縮することで
カッコ良く聴かせたり、
ヒップホップもわざと低音を劣化させることで
音を太くしたり、と
音をローファイにする技術で流行させてきた面がある。
Pro Toolsのハイファイなサウンドでは
ロックっぽさが失われていくのではないか? と。 |
高橋 |
でも、例えばマーシャルアンプの
歪みの音とかを再現するのに、
その音の曲線をアナログに近い曲線レベルで
再現することが可能になったわけですよ。
本物そっくりに歪むわけだし、
ローファイな自由も、
可能性も広まったというわけですね。 |
サエキ |
でもそれはあくまで再現ですよね。 |
高橋 |
そうそう、再現性がひたすら高くなり、
画期的な新しいサウンドや、
新しい音響の工夫が
生まれているわけじゃないところは問題だけどね。 |
サエキ |
そんなPro Toolsがどんどん発展していって
プロの録音が、自宅ベースになっていきました。
そして高音質録音のDSDが出てきます。
DSDは「従来のデジタルフォーマット
(リニアPCM方式)にくらべ
1bitで処理するシンプルな変換構造により、
限りなく原音を忠実に再現する事が可能になった。
方式によっては、従来のCDの128倍細かい
サンプリング周波数で記録される」とのことですね。
ようするに物凄く音が良いと。 |
高橋 |
従来のはるかに高い音質で録音できるようになった。
もうひとつは、
コンピュータとコンパクトな機材を運べば、
どこででも録音することが可能になったんですね。
洞窟とか、カマクラとか
いろいろな音響の場で録音することが可能になった。
そうした場の雰囲気がPCM
(それまでのデジタル録音の方式)より
はるかに濃厚に再現できるようになったんです。 |
サエキ |
高音質かつ機動性のある
システムの登場というわけですね。 |
高橋 |
ツイッターやフェイスブックの
思いついたらすぐその場で書き込むのに
近い即時性があり、
そうした時代に連動したことが
DSDではできるなあと思ったんです。
そこで音楽配信の会社、
OTOTOYの創設メンバーになりました。
OTOTOYというネーミングも僕の発案です。
インターネット環境が
大容量配信に追いついてきて、
以前は無理だと思っていたことが
できるようになり、
高音質ファイル配信を提案して始めた、
という形ですね。 |
サエキ |
しかし、Pro Toolsでの録音と違って、
編集ができるわけでもないですよね |
高橋 |
そうなんです。実はDSD録音って、巨大な容量もあり、
録音した音の編集自体ができないんですね。
録ったままの音をミックスダウンしなければならない。 |
サエキ |
今回僕等のレコーディングも一発真剣勝負でした。
今まではライブ・レコーディングとはいっても、
チャンネル録音してきたから、
失敗の修正ぐらいはしてきたわけです。
ところがDSDは直しが聴かないということで、
とてつもない緊張をしいられたわけです。 |
高橋 |
直しはきかないし、チャンネル数も、
DSD初期は4チャンネル、今は8チャンネルとか、
それこそ1960年代、70年代のような
音数の少ない時代に逆戻りした。
でも、1950年代も細かい直しができない
一発録りが基本だったわけで。 |
サエキ |
だからその頃はジャズとか、
生演奏の音楽がメインだったわけで。
その後ロックで多重録音始めたから、
ボーカルも今みたいに
メチャクチャエフェクトかけた音楽が
主流になったわけですよね。 |
高橋 |
それが、まるで1940〜50年代に戻ったみたいに、
一発勝負のスリリングな録音が、
高音質録音の舞台に躍り出たんです。 |
サエキ |
今回のライブ録音で、どんな心がけで
ライブに臨もうか悩んでいたんですよ。
ほら、神経質に良い演奏を心がけないと
演奏や歌がダメだったりするじゃないですか?
それで健太郎さんに
「いい録音にするためには
どうしたらいいんでしょうか?」
と質問したのですよ。そしたら
「結局、いい録音のライブとは、
ライブとして盛り上がったものなんですよ。
だからお客さんが良く興奮する、
凄いライブをすればいいんです」
といわれて、たいそう救われて、
ライブに臨むことができた。 |
高橋 |
結局ね、良い高音質録音って、
「ウワ〜、盛り上がった」
というようなライブの録音なんですね。
その雰囲気のようなものがダイレクトに伝わってくる。
昔の録音方法との違いは、
場のなんともいえない魔法のようなものが
より伝わりやすいということ。
様々な場所における
微妙な音響を捉えるということができることが、
場の盛り上がりを捉えるとつながるんです。 |
サエキ |
なるほどね!
より精細に音をとらえるということが、
地場やノリ、オーラのようなものさえ
捉えることにつながるということなんですね。
実は、僕もこの録音を聴いた時に、胸に来るというか、
ピアノの音が発するグっとくる鍵盤音のようなものが
響いてきて驚かされたんです。
高い音とか、パーカッションとかが良く響くのかな?
と思ったんですが、
ピアノ(特に中音域)だったんですね。
でもクラブ・ジュテームのサウンドは
ピアノが核なので嬉しかったです。 |
高橋 |
実は、盛り上がったライブは楽しんだものの、
ミックスの段階で、クラブジュテームの
「グルーヴ」を発見するまで
2日間かかったんですよね。
通常のドラム、ベースの編成じゃないから。
ピアノの低音鍵盤と、
サエキさんの声の中低音域の絡み合いが
グルーヴを生むことが分かったのは、
最初のダメだしをくらって2日目のことだったんです。 |
サエキ |
クラブジュテームにはドラムとベースがいません。
ピアノの低音部でベースを表現し、
リズムはピアノとギターで現します。
ゲンスブールはエルヴィスの
「ロックンロールの魂」に対抗しましたが、
音楽自体はロックじゃないダンス音楽。
サエキがロックの「反世界」のような
フレンチに惹かれたのはそういう理由があったから。
そう判断し、今の編成に落ち着きました。
ところで、DSDの可能性として
ロックの新しい魅力を発見するような状況は
生まれるでしょうか? |
高橋 |
例えば1970年代前半のシンガーソングライターの
素晴らしい多重録音の成果のハードルは凄く高くて、
それに変わる録音はそう簡単には作れないと思う。
でもその代わり、ロバート・ジョンソンのような
ブルースの一発録りが
その場では聞こえていたような音、
そうした現場の音のマジックが大きな可能性を
持って表現できるということには、
全く違う音楽の展開がもたらされると思います。 |
サエキ |
サエキとしては、現在、
ダウンロードやUSBという形で販売されている
高音質録音が、1日も早く再生ディスクで発売され、
コミケやM3などの領布会や、
一般レコード店で発売できることを望んでます。
そしてCDラジカセならぬ高音質ラジカセが
普及することを願ってます。 |
高橋 |
すぐには無理かな〜。 |