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虚実1:99
総武線猿紀行

第36回
「え? 頭部移植手術が成功間際??」


ちょっと前の話になってしまいますが、
東京スポーツの1面の大見出しが目を引きました。
「スーパーマン俳優が第1号か? 頭部移植手術」
というものです。





東スポといえば、見だし集だけの本が出たりするくらい
見だしの荒唐無稽さが有名な新聞。
僕が一番好きだったのは
「マドンナ痔だった!」
という奴で、これが1面を飾るニュースなのだから、
推して知るべしという感じです。

僕が東スポを読む場合は、やはりプロレス。
スポーツではなくショウと捉えられているプロレスは
一般新聞ではほとんど無視。
力道山のころは一般スポーツと同じ扱いだったらしい
という話を聞いたことがありますが、だとすると、
スポーツ扱いじゃなくなった瞬間の状況というのを
知ってみたいものです。どんな事件があったのか。
現在プロレスのことを積極的にあつかっているのは
東スポと日刊スポーツの2誌です。

そんな東スポですが、見直したのは
「オウム報道」のときです。
「サリンで国会突撃計画」、「美人女性ドライバーの
キーマン登場(加藤)」、「ロシア・サリン疑惑」など、
次々と信じられないニュースが出てきた半年でしたが、
それらの荒唐無稽な現実を最も素早く流したのは
東スポと日刊スポーツ、そして夕刊フジです。

戦闘船建築計画にいたるまで、
ジョークとしか思えないニュースは、池袋や駒込、
日暮里などのお色気情報と共にフジや東スポの紙面を
にぎわしたのですが、驚くべきことに
次々と現実のものになっていったのです。
ジョークと同一の現実。
紙一重ではなく、同質、同一の現実。
大新聞もそれらの情報をゲットしていたらしいが、
載せるわけにはいかなかったと釈明されてはいます。
(事情通からの話)。
荒唐無稽すぎて載せるわけにはいかなかったのでは?
とも思います。

その時に、僕はこれらの新聞、特に東スポ、日刊スポーツ、
スポニチのようなメディアを心底、見直さざるを
得なかったのです。
現実が相当ヤバい状態になっているということは、
アンダーグラウンド情報の世界では、
面白おかしく話されることだが、問題なのは、
そんな情報が事実かどうかというより、
常識を形作る一般新聞テレビの世界ではそんなニュースが
「なじまない」(政治家が良く使う言葉)から
載せられないということである。
一般にはなにも知られてない頃に、
いきなり「サティアン」じゃ
びっくりしてしまうわけである。

しかし現実は、一橋大卒のエリートが
フライト・シミュレーションゲームに刺激されて
乗っ取りをしてしまう時代でもある。
どれが現実かといえば、すごい現実もありそうだ、
ということ。普段は心の平安を、落ち着きを得るために
「常識になじむ現実」を、一般メディアをとおして
見つめることにしようとしているだけである。
東スポはそうした現実感覚に1ヶ月に1回ぐらい
危機感をもたらしてくれるメディアなのであるが、
今回のは久しぶりに戦慄であった。

その9月1日東スポ、1面のトップ記事によれば
「人間の頭部移植手術が現実のものとなりそうだ。
30日付の英各紙によると麻痺患者を対象とした
頭部移植手術は技術的に可能な段階まできているという」。
えええ、ホントかよ。いつのまに技術可能になったんだ。
怪しいなあ。相変わらず。
しかし、記事を読みつづける気にさせたのは
次の記述である。
「臓器移植が発展した究極の移植が『頭部移植』となるが、
60年代に日本を含めた各国で、イヌに別のイヌの頭を
つける実験がすでになされており……」。

エエエエエ? 日本を含む・・・いったいどこの大学で
そんな研究してたの?
「専門家は『今回の技術はその延長線上にあり、
取り立てて目新しいことではない』としている」
えええええ? 目新しいことではない? 
いつのまに、そんな状況になっていたのですか?
「ホワイト教授(今回の記事の発端になった人)は
2年前にサルの頭部を別のサルに移植、
1週間生存させることに成功している。」
えええ、サルで成功? 成功してるの?(でも1週間か)。
「このことは米科学誌にも発表され、それによると、
サルの頭部を第4椎骨の部分で切断、やはり同じ位置で
頭部を切断した別のサルの体に移植したというもの。
同教授は約30頭のサルを使って実験、
最長で約1週間生存したという」。
うわあ、30頭も……。カワイそうに。
「移植後のサルは、飲んだり食べたりはもちろん、
声や音にも反応、顔面神経も機能した」。
うわああ、すごいことになってる。
首をスゲかえて飲み食い可かあ。
ニヤって笑ったり・・・。

「先週アメリカで発表された学会誌の中で
(ホワイト)教授は手術の手順を説明、
既に死体を使って技術を磨いてると主張した」。
死体を使って、技術を磨くなよお。
「それによると、まず首の周囲を切り、
主要な血管を露出させる。
次に頭部を10度にまで冷却、脳が血液の供給なしでも
生き延びられるようにする」。
ホラーの世界ですね。この描写。
「さらに、もとの身体からの血液を冷却装置が維持。
一方、手術の中で別人の身体の血管に、
別のチューブが接続される。
次に頭部が切り離され、脊髄が切られる」。
いよいよ脊髄切るのかあ。ここが超問題かも。
「留め金で頭部が新しい身体に留め付けられる」。
留め金で止めるな!
「動脈、血管、神経細胞が接続される。
最後に皮膚と筋肉が縫い合わされる」。
神経の接続が技術的には問題だと思うが。
「今は金と患者を待つばかりだ。
サルと人間の類似は大きく、サルで成功させたことを
人でも成功させられると確信している」。
サルといっしょにしないでくれえ。
確かに似てるんだろうけど。

さて、記事のトリックのひとつがここにあり、
サルは2年前の実験で、1週間生きたという記録しか
具体的な発表はないのである。
紙面からは結局、そう汲める。
ところが、その後新しい血液冷却装置ができたので、
いよいよ人間も移植可能になる・・・というのが
全体の論旨になっているのだが、
移植サルがその装置によってどのくらい長く生きられる様に
なったかは全く書いていない。
つまり、移植サルはおそらくまだ1週間しか
生きた事実しかないわけで、その技術を人間に応用、
というのもかなり乱暴な話ではある。

「ホワイト教授は既に手術費を1600万円と設定している」。
クライアントの人命をもてあそぶ道楽に
勝手に値段設定するなよ。

というわけで、事故で全身不随になった「スーパーマン」の
クリストファー・リーブが手術に強い関心を示していて、
手術第1号になる可能性もあり……というのが、
冒頭の記事である。
(以上、順不動に原文のまま抜粋)



どうですか? この記事どう思われます?
クリストファー・リーブが本当にその手術を
受けたいといったのかどうかは、はなはだ怪しいにせよ、
この記事から汲み取ることが可能な現実事態はこうだ。

1、
動物の頭部移植というのが各国で
行なわれている可能性がある。

2、
イヌでの実験は日本でも行なわれていた可能性がある。

3、
サルでの実験がアメリカで行なわれ、
1週間生きた可能性がある。

これだけでもスゴイじゃないですか。
(この記事が全部ウソだという場合もあるだろうけど)
頭部移植が可能になる……これは心臓とか、
肝臓とわけが違う。人類の歴史への挑戦だ。
もし、可能になったら一番見てみたいのは、
やはり男の頭に女の体をつけることだろう。
どんな気持ちになるのだろうか?
白髪の老人男性の頭に、飯島直子のような体。
死んでもイイカラ、そういう手術を受けてみたい
という男性が後をたたなくなるかもしれない。
いかん、東スポの投げたワナにすっかりハマってしまった。
でもこの記事、案外半分ぐらい事実なような
気がしたのです。

1999-09-16-THU

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