四 泥棒の相談
さて、その日も暮れて、夕食をすまし、寝床に入ってから、
悟空は突然、思いついたように、
三蔵の坊主頭をゆすぶった。
「お師匠さま。お師匠さま」
「まだねないで、何をしているんだね?
明日は早いんだよ」
「ちょっと相談にのってもらいたいことがあるんです」
「何だね?」
「実は今日、皇太子に化け物をつかまえてやると
大きな口をたたいたけれど、
考えてみたら、難しい問題があるんです」
「お前にも難しいような問題なら、
つかまえるのを断念するよりほかないね」
「いや、つかまえることは必ずつかまえて見せますが、
物事には順序というものがあります」
「順序から言えば、今の国王が偽者だろう」
「いや、そのことではなくて、
泥棒をつかまえるにはまず臓品を見つけろ、と
むかしから言われているでしょう。
あの化け物は三年間国王の地位についても
馬脚を露わさなかったのだから、
もし我々が確たる証拠をつきつけなかったら、
首尾よくつかまえても、
何の証拠あって俺を偽者と言うんだ、
と居直られてしまうかも知れません」
「それはそうだ」
と三蔵は大きく頷きながら、
「で、お前には何かいい考えでもあるのかね?」
「考えはもうすでにきまっているんですが」
と悟空は二ヤニヤ笑いながら、
「でもお師匠さまがウンと言ってくれなければ、
実行出来ないことなんですよ。
何しろお師匠さまは
割合にえこひいきをする方ですからね」
「私がえこひいきをするって?」
「そうじゃありませんか。
八戒は生れつきの茶坊主ですから、
お師匠さまは何かというと八戒の肩を持ちます」
「そんなことは絶対にないよ」
「本当にないですか?」
「何度、私に同じことを言わせるのかね?」
「それじゃあ、私が八戒を連れて
烏鶏国へ乗り込んで行ってもいいですか?」
「行ってどうするんだね?」
「井戸の中に埋められている国王の死屍を掘り出して来て、
明日それを持って城へ乗り込んで行くんです。
そして、お前の殺した人はここにいる
と言ってやるんです。
もめ事はこういう具合にして片づけるのが
本筋でしょう?」
「それはまあそうだろうが、八戒は行こうとは言うまいね」
「ほれ。やっばり八戒の肩を持つじゃありませんか」
悟空は笑いながら、
「どうして八戒が行かないとおわかりですか?
お師匠さまさえ黙っていてくれれば、
私がうまいことを言って誘い出して見せますよ。
なあに、八戒が九戒でも、
私の舌にかかれば、ころりと参りますよ」
「じゃ、そうしたらいいだろう」
三蔵の許しを得ると、
悟空は八戒の寝台のそばへやって来た。
「八戒。八戒」
いくら大きな声で呼んでも、八戒は白河夜船である。
悟空は相手の耳をつかまえると、思い切りひっばった。
「アイタタタ……」
「起きろよ」
「まだ夜も明けちゃいないじゃないか」
「いい金儲け仕事があるんだ。
お前と俺と一緒に行かないか?」
「金儲け仕事って何だ?」
「お前、皇太子の話しているのをきかなかったか?」
「テニスの話か?」
「バカ!」
と悟空は笑った。
「今日、皇太子が言うには
あの化け物は素晴しい武器を持っていて、
そいつを使われると、一万人かかっても敵わないそうだ。
俺たちは明日の朝城へ行く予定になっているが、
考えて見りゃ、
喧嘩の秘訣は先手を打つに越したことはない。
だからさ、今のうちに先に忍び込んで、
奴の宝物を盗みとろうじゃないか」
「なあんだ。泥棒の勧誘か」
と八戒は坐りなおして、
「泥棒の相棒になれという話なら嫌とは言わんがね、
ただそれならそれで分け前のことを、
あらかじめきめておこうじゃないか」
「ああ、いいとも。お前は何が欲しいんだ?」
「俺は、お前も知っての通り、
口下手だし、托鉢もろくろく出来ない。
学もないし、お経だってなかなかすらすらとは読めない。
これで見も知らぬ土地へでも行ったら
飢え死しかねないだろう」
「わかったよ。とったものは皆、お前にやるよ。
どうせ俺はもう無我無欲の境地で、
名前さえ売ればいいんだから」
金儲けときいて、八戒は元気百倍。
急いで起きあがると、すぐ服をとりかえ、
三蔵に知られないように
こっそり扉をあけて忍び足で外へ出た。
ほどなく、二人は城下へ近づいた。
折しも午後十時を知らせる愛の鐘が鳴り響いている。
「兄貴、もう十時だぜ」
「ちょうどいいや。そろそろ皆の寝しずまる頃だ」
二人は正陽門を避けて後宰門の方へまわった。
と、ここでも衛兵が不寝番に立っている。
「なかなか警戒が厳重なようだな」
と悟空がいうと、
「何も知っちゃいないな。
泥棒にとっては、塀という塀がみな門だよ。
俺について来い」
と八戒の方が先輩面をしている。
二人は塀を乗り越えると、星の輝く花園の中へ忍び込んだ。
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