毎日読む小説「西遊記」 (邱永漢・著) |
第五巻 色は匂えどの巻 第五章 女 の 都 |
四 結婚サギ 太師と駅丞が出て行くと、三蔵は顔を真赤にして、 「ふざけるにもほどがあるじゃないか。 私はたとえ殺されたって、ここに残っていやしないよ」 「まあまあ、お師匠さま、そうムキにならんで下さい」 と悟空は言った。 「お師匠さまの気持を 全く知らないこの悟空ではありません」 「私の気持を知っているなら、 なぜあんなうけあい方をする?」 「それがこちらの謀りごとなんです。 考えてもみて下さい。 もし我々がいやと立ちどころに断ってごらんなさい。 それこそ大事なものをチョン切られて 香料袋になめされてしまいますよ。 そりゃ相手が女だから、 この如意棒に物を言わせることは できないでもありませんが、 慈悲を売り物にしているお師匠さまが それをお許しになる筈がないでしょう」 「まあ、そりゃその通りだが……」 「とすれば、方法は一つしかありませんよ。 さっきの婚礼のことを承知されたのですから、 向うは皇帝の礼をもって お師匠さまを迎えに出てくるでしょう。 その時、お師匠さまは断ったりなさらないで、 一緒に車にのって下さい。 御殿に入ったら、帝王の玉印をもらって 関文に査証の印を押して下さい。 そして、宴会が終ったら、 私たちを送ってからにしようといって 城下までおいでになればよろしいじゃありませんか。 その時、私が皆に動きがとれないように 例の呪文をかければ、万事オーケーですよ」 「なるほど、それならば、 人の生命をとるようなことにはならないで済むから、 少しは気がとがめないですむな」 三蔵はいくらか安堵の胸をなでおろしたようであった。 さて、一方、御殿へ戻った太師と駅丞は早速、 女王の御前にまかり出た。 「どういうご返事でしたか?」 と女王はきいた。 「ご本人は再三辞退を致しておりましたが、 幸いにも弟子たちが私どもの肩を持ってくれまして、 西方へのお使いは自分らがやってくるから と申してくれましたので」 「私がきいているのはあの人のことですよ」 「ご本人は顔を赤らめているだけで何も申しませんでした。 でもお弟子さんたちはご馳走しろと 矢の催促でございます」 「じゃすぐにパーティの用意をさせてちょうだい」 女土は宴会の用意をさせると、 自分は艶めかしいお化粧をして、 御輿にのって迎陽照へ向った。 「女王さまがご到着でございます」 駅員の知らせに、 三蔵と三人の弟子はあわてて門前に勢揃いをした。 「唐王の弟さんとおっしゃるのはどなたなの?」 「あの方でございます」 と太師が三蔵の方を指ざした。 見ると、ききしにまさる端麗な青年だから、 女王は胸をわくわくさせながら、 「さあ、早くこの中へお乗りになって」 三蔵は耳の根まで真赤にしながら、 その場から動こうともしない。 「どうなさったの? 私がお手をひかないと駄目なの。 さあ、早く御殿へ行きましょうよ」 女王自ら御輿を出て、三蔵の手をひいた。 「お師匠さま。 女王さまがそうおっしゃるのですから、 おいでになって下さい」 悟空が目をしょぼつかせながら催促をすると、 三蔵も涙を払いながら、 やっと表情をなおして女王の御輿に乗った。 二人をのせた御輿は迎陽館を出ると、 やがて宮殿の中へ入った。 「今日は吉日ですから、 今宵のうちに婿礼をあげることにして、 王座には明日お登りいただくことになされては いかがでございましょうか?」 太師が上奏すると、女王は至極ご満悦の様子である。 「宴会の用意はもうよろしいの?」 「はい、只今、出来ましてございます」 東閣に移ると、広間の片隅から笙や笛の音も賑やかに 今日の佳き日を寿ぐ音楽がきこえてくる。 宴会場の中は右と左と二列に机が並んでいて 片一方はなまぐさ料理、 片一方は精進料理が用意されている。 「私どもは精進をしておりますので、 こちらへ坐らせていただきましょう。 お師匠さま、どうぞ上座へ」 と悟空が言った。 「どうぞ、どうぞ。 お師匠さまとお弟子さんは親子のようなものですから、 どうぞ上座へ」 と太師が催促した。 さすがは御殿の料理だけあって、 精進と言ってもその辺では到底ありつけないような 珍しいものがズラリと並んでいる。 八戒は大杯に酒を七、入杯も傾けると、 「さあ、食べた、食べた。遠慮はいらない」 まるで自分が主人側のような気前のいいすすめ方である。 ご馳走もひとわたり食べ終ると、 三蔵は女王の前にすすみ拙て言った。 「陛下、 弟子たちは一日も早く出発したいと申しておりますので、 今夜の中にも査証をあたえてあげて下さいませんか」 「それならば、あなたが査証をしてあげたら」 「いえいえ、私はまだこの国の王ではございません」 「もう国王になったも同じではございませんの。 明日も今日も同じですわ」 「そうは参りません。 今日は今日、明日は明日。 国には国の秩序というものがございます」 三蔵が何度言われても辞退するので、 女王は三蔵を寝室へ連れて行って、 弟子たちに関文を持ってくるように命じた。 沙悟浄が風呂敷包みの中から関文をとり出して 恭しく女王の前にさし出すと、 女王は宝象国、烏鶏国、車遅国と 各国王の押した印を珍しそうに眺めながら、 「おや、あなたは陳という姓なの?」 「ハア。私の俗姓は陳でございます。 唐王の思召しにより、私を弟とされましたので、 唐という姓を賜わりましたが……」 「お弟子さんたちの名前が この中にのっていないじゃございませんか?」 「ハイ。弟子たちは唐朝の人間ではございませんので」 「唐の人間でなければ、どこの国の人なの?」 「一番弟子は東勝神洲傲来国の孫氏、 二番弟子は西牛賀洲烏斯荘の猪氏、 三番弟子は流沙河の沙氏でごぎいます」 三蔵が三人の由来を話すと、 「私がこの人たちの名前を ここにかき入れてもようございます?」 「どうぞご随意に」 女王は三人の名前を関文の中に書き入れると、 自分のサインをした上に玉印をおしてくれた。 女王は更に金銀をとり出してきて、 三人の弟子たちにあたえようとしたが、 三人ともお金は受けとろうとしない。 「では着るものでもさしあげましょう」 綾錦を十疋とり出してきたが、 「我々は木綿しか着ませんので」 とこれも受けとろうとしない。 仕方がないので、女王は、 「ではお米を三升さしあげましょうか」 「そいつは有難い」 と八戒だけがすぐにとびついた。 「米なんて荷物になってかなわないぜ」 と悟空がいうと、 「ハッハハハ……。 米は消耗品なんだから、面倒臭くなれば、 腹の中に入れてしまうさ」 というわけで、これは有難くちょうだいすることになった。 「弟子たちは今夜のうちにもお城を出たいと申しますから、 ご足労でも私と一緒に城外まで 送りに出てやってくれませんか?」 と三蔵は女王に話しかけた。 女王はそれが計略だとは知らないから、 快く承知して、すぐにも車を出させることになった。 西門の外までくると、 悟空と八戒、沙悟浄はあらかじめしめし合わせた通り、 声を張りあげて、 「女王さま。もうここで結構でございます」 三蔵も車をおりると、 「では女王さま。ご機嫌よろしゅう」 「あら」 と女王は顔色をかえて、 「あなた、私とお約束したじゃありませんか。 まだ私の身体にふれてもくださらないのに、 もう心変りなされたの?」 それをきくと八戒が耳をピクつかせながら、 「俺たちは坊主だ。 お生憎さまだが、 ファンキー・スタイルには誘惑されねえぜ」 あまりにもお下劣な言い草なので、 女王はびっくりして車の中へ入ってしまった。 と、その時、道端から一人の女がとび出してきて、 「向うがお嫌なら、私はいかが?」 「この野郎!」 と叫びざま沙悟浄は宝杖をふりあげたが、 あっという間もなく女の姿は消えていた。 見ると、三蔵の姿も一緒に消えてしまっている。 |
2001-01-30-TUE
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