毎日読む小説「西遊記」 (邱永漢・著) |
第八巻 ああ世も末の巻 第三章 平和と共存と |
四 平和と力と 玉華県の王子には三人の息子があった。 三人の小王子は父君が仏頂面をして戻ってきたのを見ると、 「父君。どうかなさったのですか?」 「いや、何でもないよ。 ただ今日はお化けみたいな和尚が三人やって来てね、 見ているだけでお父さんは気持が悪くなってしまった」 「へえ? お化けって、どんなお化けかな? 今、どこにいるんですか?」 三人の王子は手に手に武器を握ると、 父親の制止もきかずに王府をとび出した。 「お経をとりに来た坊主とやらはどこにいる?」 「ただいま暴紗亭で食事をしております」 三人の王子は直ちに暴紗亭に乗り込むと、 「やい、お前らは人間なのか、それとも化け物なのか。 正直なことを言わないと、生命はないぞ」 三蔵は青くなって茶碗を下におくと、 「私どもは天竺国の文明を慕って わざわざやってきた者です。 人間であって、化け物ではございません」 「あなたは人間だろうが、 あとの三人はどう見たって人間じゃないぞ」 八戒は飯をかきこむのに忙しかったが、 悟空はうしろをふりむくと、 「ずいぶん無礼な口をきくようだが、 一体、君らは誰だい?」 「この方々は我が王の若殿下たちでございます」 と典膳の男たちが言った。 それをきくと、八戒は茶碗を投げ出して、 「小殿下。 手に手に武器をお持ちのようですが、 まさか私たちと 打ち合いをするためじゃないでしょうね?」 二番目の王子は双手に九本歯の熊手を持ちあげると、 「さあ、来い」 八戒は相手の持ち物を見ると、ヘラヘラ笑いながら、 「あなたのその熊手は私の熊手の孫くらいですな」 服をひらいて腰から抜き出した熊手はリュウとして、 千条の瑞気が立ちのぼっている。 第二王子は戦わずして 早くも戦意を奪われてしまった恰好である。 悟空は第一王子が斉眉棍を握っているのを見ると、 自分も耳の中から如意棒をとり出した。 抄悟浄も第三王子が一本の烏油棒を握っているのを見ると、 同しように自分の降妖宝杖をとり出した。 悟空はカラカラと笑いながら、 「どうです。 よろしかったら、この如意棒をさしあげましょうか」 ポンとほり出したのを見ると、 長さ一丈二尺、太さは丸太棒ほどもある。 第一王子は自分の斉眉棍を投げ出して、 如意棒を持ちあげようとしたが、 両腕の力をこめても、もとよりビクともしない。 三人の小王子は互いに顔を見合わせていたが、 「ご無礼申しました。 どうぞどうぞ私どもを師弟にして下さい」 悟空は目の前にころがっていた如意棒を ヒョイと持ちあげると、 「ここでは手ぜまだから、外へ出ましょう。 我々の手並みをちょっとごらんに入れますよ」 すたこらと外へ出たかと思うと、 悟空は早くも中空へ跳びあがって、 上下左右と如意棒の型を示した。 あれよあれよと驚いていると、 悟空の姿はかき消えて、棒だけが宙で動いている! 続いて八戒も、 「さあ、今度は俺の番だ」 熊手をもって中空へ跳びあがると、 上三下四、左五右六、前七後八、 と満身をふるっての模範型。 「お師匠さま。 私も上へあがってよろしゅうございますか?」 三蔵の許可を得ると、 沙悟浄も宝杖を大車輪にまわしながら、 中空へ舞いあがった。 三人の小王子は地べたに膝を屈したまま、 「これほどの腕前をお持ちの方々ばかりだとは 夢にも存じませんでした。 どうぞどうぞ私どもにも 武芸の手ほどきをしていただきとう存じます」 「しかし、天竺国の人々は、 釈迦如来をはじめとして、 いずれも平和主義者ではございませんか。 平和主義者に武芸百般の修行は要らないでしょう?」 と三蔵が言うと、 「とんでもございません。 力あっての平和主義であって、 如来さまだって口に出してこそ言いませんが、 よおくそれをご存じです。 平和主義とはハダカになることだと 真顔になって主張するのは、 東方の夢想国の青白きインテリくらいなものですよ」 と天竺国の小王子たちは答えた。 「なるほどね。 天竺国の人間も、人間である以上、 神様のようにはなりきれないものだね」 三蔵は半ば感心し、半ば失望しながら、 乞われるままに、もう一度、王府へ赴いた。 「父君。本当にいいお方においでいただきました」 「いや、私もさっき中空で行われた素晴しい武芸に 見惚れていたところだ。 あれこそはゲイジュツたなあ」 「あの方々がお持ちの武器は、 僕らがもっているものと形は同じですが、 一まわりも二まわりも大きな超弩級のものはかりです。 是非あの技術を学びとりたいと思いますから、 父君からも、お願いしてみて下さい」 老王子は喜んで三蔵ら四人を迎え入れると、 「息子たちもあの通り一生懸命ですから、 どうかしばらくご滞在になってご教授下さいますよう」 「ほかならぬ殿下の仰せとあれば、 無下にお断わりすることも出来ますまい」 三蔵が承知したので、 王府では正式に四人を国賓として待遇することになり、 改めて盛大な歓迎パーティが開かれた。 「十万八千里を越えて、数知れぬ国々を通ってきたが、 まさか平和主義の総本山へやってきて、 武芸で名を売るとは考えなかったな」 悟空が二ヤニヤして笑うと、 「平和共存と国際分業の世の中だもの。 世界的水準の技術を身につけておれば、 どこへ行っても飯のタネには困らないよ。 アッハハハハ……」 連日のご馳走攻めに、八戒はすっかりご機嫌である。 早速、三人の小王子を相手に武術の手ほどきが始まった。 第二王子は八戒がそばへおいた熊手を 持ちあげようとするが、 顔を真赤にしても、微動だにしない。 「無理だよ。無理だよ」 と第一王子が叫んだ。 「人間の力ではとても動きゃしない!」 「いや、大した重さじゃないよ」 と八戒は笑いながら、 「柄を入れても、 精々、五千四十八斤くらいしかないんだから」 「沙悟浄先生の宝杖は、 どのくらいの重さがあるのですか?」 と第三王子がきいた。 「いや、私のも、五千四十八斤しかない」 「じゃ孫老師のは? あれは耳の中に入るくらいだから、 大したことはないでしょう?」 「大したことはないとも」 と悟空は大笑いをしながら、 「僅か一万三千五百斤しかないからね」 インフレ国の天文学的貨幣単位だから、 三人の小王子は駕きあきれるはかりである。 「それでは私たちにはとても真似事も出来ませんね」 「いやいや。 人智の及ぶところ、 大宇宙でも股にかけることが出来るものだ。 要は科学技街を身につけるだけの 頭脳と熱意と冒険心があるかどうかということだね」 もう今では孫悟空は一人前の宇宙物理学者である。 そこで、三人は三人の小王子に武術の手ほどきをしながら、 職人を集めて、如意棒、九歯、降妖杖、 とそっくりのものを造らせることにした。 ところが、この三つの武器は本来、 三人が肌身離さず持っていたものである。 それを造兵廠においておいたら、 武器から立ちこめる瑞気が夜空にたちこめて、 王府は昼ともまごう明るさになった。 天竺国に泥棒がいないと思ったとは迂闊な話である。 或る日、造兵廠の職人たちが工場の中へ入って見たら、 三種の神器は影も形もなくなっているではないか。 |
2001-04-22-SUN
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