毎日読む小説「西遊記」 (邱永漢・著) |
第八巻 ああ世も末の巻 第五章 世は観光ブーム |
四 福祉国家は重税国家か さて青竜山をあとにした悟空は、 一旦、慈雲寺へ引きあげてきた。 「長老さまを助け出すことが出来ましたか?」 と坊主たちがきいた。 「いやいや。とてもとても」 と悟空が首をふると、坊主たちはびっくりして、 「こんなに時間がかかって、まだ救い出せなかったら、 長老さまの身辺にどんなことが起るかわかりませんよ」 「いや、その点は心配はないんだ。 もともとお師匠さまの身辺には 伽藍、揚諦、六丁六甲らがついているし、 その上、こんどの妖怪は食い気一点張りではなくて、 利殖欲のある企業屋らしいからね。 ただ金のある奴らはなかなか一筋縄で行かないから 苦労をさせらわるが、こんな時は天宮にでも行って 相談をするよりほかあるまい」 「へえ? 天宮へ相談に行くのですか? そんなことが出来ますか?」 「ああ、出来るとも。 天宮なんて、 むかし勤めていた会社のようなものだからね。 じゃ、馬や荷物の留守番はよろしく頼むよ」 悟空は斗雲に乗ると、早くも西天門外へやって来た。 太白金星がちょうど門前で増長天王らと 無駄話をしているところだった。 「おや。大聖。どこへ行かれるところですか?」 と金星が言葉をかけた。 「またしてもうちの師匠が災難にあっているので、 玉帝に後援を頼みこ行くところですよ」 「今度はどこでひっかかったのですか?」 「天竺国に入ったのですが、金平府というところで、 金燈まつりを見ていたら、 化け物にお師匠さまをさらわれてしまったのです。 よくきいて見ると、 青竜山の妖怪どもというのはずいぶんひどい奴らで、 金平府の人民から 年間に五万両もしぼりあげているのですよ。 それでまだ満足せずに、 うちのお師匠さまを見世物にして 寺銭を稼ごうというのですからね」 「ハッハハハ……。 いよいよ福祉国家へ入りこんだわけですね」 「何が福祉国家ですか? 人民の税金をまきあげて 自分らが贅沢三昧の浪費生活をしているところですよ。 重税国家というべきではありませんか?」 「それこそ福祉国家の典型的な姿ではませんか? 今まで大聖が通ってきた国々は大抵、 食うか食われるかの野蛮きわまる国々だったようですが、 極楽が近づいてくると、少しは目先の変るものです。 戦争があれば、生き残るために重税を課するし、 戦争が終わると、重税を正当化するために、 老人の天国をつくるとか、 子供の教科書を只にするとか色々目的をつけて、 税制を維持しようとするものなのです」 「それならば話がわかりますが、 人民の膏血をしぼって無駄費いをしているのですよ」 「どっちにしても同じことですよ。 失業者を救済するためには同じ道路を一年に十回 堀りかえしてもよいと考えている国だってあるし、 自分らの国家予算で世界中の後進国に タダで莫大な援助をあたえている国だって あるんですから……。 福祉国家とは資本蓄積を目のかたきにして、 浪貨を奨励することこよって 景気づけをしようとする国のことですよ」 「けしからん話じゃありませんか? 人々が汗水をたらして働いているのに、 牛の精がのさばって人のつくったものを只食いするとは! 何とかして奴らをひどい目にあわせてやる方法は ありませんか?」 「奴らをやっつけるのけ容易じゃありませんよ。 牛どもをやっつけて経費を節減しようとすると、 そのために委員会をつくって、 また新しい予算を組みなおして、 以前よりもっと 金をかける結果になってしまいますからね」 太白金星は皮肉な笑いを浮かべながら、 「しかし、どうしてもというなら、 四木禽星に頼むことですね」 「四木禽星とは誰のことですか?」 「斗牛宮の外にいる連中ですよ。 玉帝におききになればお分かりになるでしょう」 言われて悟空は通明殿へ入った。 四大天師にとりなしをたのんで、玉帝に上奏に及ぷと、 玉帝は許天師に悟空を斗牛宮外へ案内するように命令した。 宮外へ行って見ると、二十八宿が迎えに出て来た。 「玉帝が四木禽星に大聖と同道して 妖怪を退治するようにとのご命令です」 許天師が聖旨を伝えると、二十八宿の中の斗木、奎木狼、 井木、角木蚊の四人がうなずいた。 「なあんだ。 誰かと思ったら、会計監査委員の面々か。 ご足労だが、これから私と玄英洞まで行って下さい」 四人は天師に別れると、 悟空と一緒に青竜山の上空へやって来た。 「ごらんなさい。 安月給であんな豪壮な邸宅が建つと思いますか? 国家経費を猫婆しないで、 正直に生きている奴らが バカに見えてくるようなデラックス版ですよ」 「わかりました。 大聖が先ず誘い出してきて下さい。 奴らが出て来たら、あとは私たちが片づけますから」 悟り空に下へおりて洞門に近づいて怒鳴った。 「やい。税金渦棒。俺の師匠をかえせ」 小妖怪が奥へとんで行って、急を告げた。 「尻ッ尾を巻いて逃げた奴が またやって来たところを見ると、 どこかから援兵を頼んできたに違いない」 と辟塵大王が言った。 辟寒、辟暑の両大王はそれぞれ鎗や刀をもつと、 「こらッ。 税金逃れの流れ者奴! 年貢をおさめたくてやって来たか!」 「何をッ。 税金泥棒が人を脱税者扱いするとはきいてあきれるわい」 悟空は如意棒をふりかざすと、遮二無二突進して行った。 三人の化け物たちは小妖怪を指揮すると 忽ち悟空を包囲してしまった。 「さあ、金を出すか、出さねえか。 出さなけりゃ、お前のその鉄棒に競売の封印をするぞ」 それを見た四木禽星は手に手に刀を握って、 「やめろ、税金の苦情があったら、この俺たちがきく!」 「いけねえ。俺たちの年貢のおさめ時が来たぞ」 化け物が逃げ出したので、 それを見た小妖怪たちも戦意を失って忽ち本相を現わした。見ると、 転々とした山を息せききって走りまわっているのは、 山牛、水牛、黄牛の大群である。 三人の化け物も、これまた本相を現わして、 四本の足を鉄車輪のように動かして 東北の方向へかけ去ってしまった。 井木と角木蚊と悟空がそのあとを追っかけて行ったが、 斗木と、奎木狼が二人で逃げ惑う牛の精を 蹴散らし蹴散らし玄英洞の中へ入って、 三蔵と八戒と沙悟浄の縄目を解いた。 「ああ。おかげで助かりました」 三蔵がしきりに頭をさげると、 「お師匠さま。そんなに感謝をすることはありませんよ」 と八戒が言った。 「玉帝だって、だてにこの人たちに 月給を払っているわけではありませんからね」 「それもそうだけれど、悟空の姿が見えないね」 「大聖は化け物たちのあとを追っかけて行きましたよ。 間もなくここへかえってくるでしょう} と二星が答えた。 八戒と沙悟浄が洞内をまわって見ると、 さすがはピンはね総本家だけのことはある。 倉庫の中には珊瑚、瑪瑙、真珠、琥珀、翡翠、黄金、 その他、山なす財宝がしまい込まれている。 財宝を外へ運び出してから、 八戒は枯草を内へ運び込みにかかった。 「焼くのはやめた方がいいよ」 と三蔵がとめた。 「せっかく、これだけきれいな建物だから、 このまま残しておいた方かいいだろう」 「ても、こつ建物を維持するために、 莫大な経費がかかりますよ」 「どうせこの土地の人たちは観光狂だから、 拝観料をとればいいでしょう。 もしそれがダメなら、ヘルスセンターにすれば、 経費くらいのことはどうにか賄えるだろう」 いつの間にか、三蔵まで企業家のような発想をしている。 そこへ悟空とあとの二人が、 三匹の犀牛をひき立ててかえってきた。 「見せしめにこいつらを殺してしまいましょうか?」 と悟空が言った。 「いやいや。殺生なことはやめなさい」 「でも、また化けると手がつけられませんよ。 人民が迷惑しますからね」 「角を切ってしまえば、神通力はなくなってしまいます」 と四木禽星が言った。 「そうだ。 そうして税金泥棒をしたら、どんな目にあうか、 見せしめにするがいい」 と三蔵が頷いた。 「そして、どうです、 ここに柵をつくって見世物小屋をつくったら? 青竜山の入口で先ず入場料をとって、 玄英洞に入るところでまた拝観料をとって、 庭の犀牛を見たい人はまた見物料をとれば、 ずいぶん収入があるようになると思いますがね」 と八戒が相槌を打った。 「それじゃ、金平府の役人が楽をしすぎるよ」 と悟空が反対した。 「じゃ、減税を断行したら? そして、源泉徴収なんてケチな税制を やめてしまったら?」 沙悟浄が言うと、 「それじゃ税務官吏を増員しなければならなくなって、 五万両の油だけでは 賄いきれなくなる怖れがあるかも知れないね」 と今度は三蔵が首をかしげている。 |
2001-04-29-SUN
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