サセックにおそわったこと。松浦弥太郎さんにきく、旅のはなし。
その2 「今日もおもしろかったなぁ!」
Q.

「最初の旅」について、聞かせてください。
なぜ、外国に行こうと思ったんでしょうか。
また、松浦さんの旅のエッセイを読むと、
その記憶力におどろくのですが、
現地では旅の「記録」をどんなふうにしていますか。


最初の旅のきっかけは、
「自分が変われるかもしれない」ということでした。
当時、僕は10代の後半で、
若かったから、あらゆることが思うままにいかないし、
何をしたらいいかもわからないし、
大人なのか、子どもなのかもわからなかった。
だけど、ぐんぐん前に進んでいく子たちは
どんどん前に進んでいくわけで、
自分が置いてけぼりになってるような
気分になっていました。
「外国に行ったら、もしかして自分は、
 今の自分じゃない、
 何か新しい自分になれるのかもしれない」
という、逃避のような、
すごいチャレンジをしたいような、
そういう気分でした。
なぜ外国だったのかというと、情報がないゆえに、
「いいこと」しか想像つかないんですよ。
想像力がどんどん、いいほうに膨らんでいく。
そうすると、もう行かざるを得ないっていうか、
そこに何があって、何がどうなっているのか、
自分の目で見て、確かめたくなる。
そういう気持ちでした。

最初に乗った飛行機の中のことから、
今でもよく覚えています。
空港を最初に降りた時の感じ、
イミグレーションを通る時の感じ、
何もかもがエキサイティングでした。
現実の距離としてはものすごく
遠い所に来てるわけですよね。
遠すぎて、それを受け入れられない自分もいたりして、
ましてやひとりぼっちの旅です。
帰ってこれないかもしれないとか、
ここでもう死んじゃうのかなとか、
いつもそういうことを考えていました。
アメリカの真ん中辺り、ダラスとかに行き、
そこからさらにまた車で行くと、
ここ、ものすごく遠くだよなぁ‥‥と思って、
ゾッとすることもありました。

すべてが強烈すぎて、忘れられない。
この感覚は、旅慣れたはずのいまでもあるんですよ。
きっと、そんなふうにハラハラ、ドキドキ、
ワクワクしたいっていうのが、
自分がまた旅に行きたい理由のひとつなんでしょう。
現地では地図を描きます。
自分で地図を描く旅、
そして自分の描いた地図を見ながらの旅は、
すごく楽しいんです。
だって、ガイドブックに載ってない店も載ってるって、
もうオリジナルもオリジナルじゃないですか。
だから、自分の描いた地図を見ていると、
もう本当にいろんなことを思い出します。
これでいくらでもエッセイが書けちゃうくらいです。

旅先で描いた地図を、持ってきたんですよ。
もちろん「人に見せる」ことが目的ではないから、
自分にしかわからない地図ですけれど。
たとえばこれはサンフランシスコのノースビーチっていう
エリアの地図なんですけれど、
僕にとっては画期的な地図です。
なにしろそのエリアの地図って、当時、
どこを探してもなかったものだから、
描くしかないと思って描いたものです。
こちらは、パリですね。
これもパリです。
シテ島、サン・ルイ。
そしてこれはハワイ。

「なぜ地図なんですか」と訊かれたら、
「描くのが楽しいから」。
そして、ちょっとしたメモのつもりもあります。
川沿いの道の名前や、ここは釣具屋、とか、
そんなことを記録しておきたいんです。

でも、せっかくとったメモも、
いつもどこかに行っちゃうんです。
たしかにいろいろ書いてたなぁとか、
カード貰ってたなぁとかあるんだけれど、
東京に帰って来ると、袋に入れて、ポンって置いて、
そのままどこかに消えてしまう。
だから人から、
「こんど、どこそこに行くんですけれど、
 どこかいい所ないですか?」って聞かれたりすると、
「ある! あるけど‥‥」みたいなことになる。
どうでもいいことはいくらでも覚えているのにね。
写真も撮ります。
以前はフィルムカメラを使っていましたが、
最近はデジタルカメラです。
というのも、空港の手荷物検査のとき、
フィルムをX線に通したくないので、
ハンドチェックをお願いするんですが、
最近は厳しくなってきたこともあり、
そのやりとりがストレスになってきてしまって。
それでも好きなカメラを持って歩いていると、
現地のカメラ好きから話しかけられたりします。
「おっ、ライカだね? 俺も好きなんだ!」みたいな。
ずっとカメラの話をしながら、
ついて回る人がいたこともありました。
そんな旅のスタイルですから、
何もしてないようで、何かしてる、っていう感じです。
毎晩寝る時に、いつもニヤニヤして、
「今日もおもしろかったなぁ!
 ‥‥何もしなかったけど」と思うんです。

次回は松浦さんの「旅先での食事」、
そして、旅に行く前に読む本のことをお聞きします。
おたのしみにー!
2015-11-06-FRI