サセックにおそわったこと。松浦弥太郎さんにきく、旅のはなし。
その4 サセックになりたい。
Q.

「サセック」との出逢いって、いつでしたか?
松浦さんは、いったいサセックのどんなところに、
そんなに惚れ込んだのでしょうか。
そしてこの復刻版をつくるにいたった
経緯を聞かせてください。


「サセック」に出逢ったのは、僕が20歳くらいの時、
古書の仕事を始める前のことです。
本屋さんっておもしろいなぁと思って、
旅先で古書店をハシゴするようになりました。
その頃は、そんなにむずかしい本は読めないから、
どうしても写真集とかアートブックとか、
チルドレンブックス、
あるいはユーモアのコーナーとかに行って、
絵で見て楽しいものを探すわけです。
そのなかにサセックの本がありました。
『This is New York』や、
『This is Paris』ですね。
まず、わかりやすいじゃないですか、タイトルが。
それで、見たら、イラストがすごくモダンだし、
印刷も多色刷りで、ちょっと版ズレしている感じとか、
色の染み具合とかもすごく風合いがあって、
いい本だなぁと思ったんです。
なによりも絵がいいですよね。
写真よりもその場その場の魅力が伝わってくる。
建築の勉強をしていた人ですから、
パースがすごく正確だし、
食べ物の絵とかも、すごく上手です。
色合いもそうだし、人も雰囲気があって、
しかも、かわいい。
うらやましいと思いました。サセックになりたいと。

サセックのこのシリーズは、
たとえば、ベニスを描く時に、
ベニスに旅をして、滞在しながら描いているんですよ。
帰ってきて描いてるわけじゃない。
現地で画用紙にスケッチをして、
取材をしながら描いた、いわばこれは、
サセックの旅日記なんです。
彼が見たもの、聞いたものを、
たくさんの人と分かち合いたい、伝えたい、
っていうつもりでつくっている。
僕は、その旅のスタイルにも、
強い憧れを持ちました。
当時、サセックのこのシリーズは、
どの古書店にもあった、というほどじゃないんですけど、
探してみると、4、5軒に1軒くらいかな、
意外と見つかったんですよ。
そして、どこの本屋でも、大切にされているんです。
ガラスケースに入っていたりするわりに、
とくにすごく高価なわけでもなく、
30ドルくらいで売っていたりするんです。

僕は、そういう本屋さんで、
アメリカの文化に触れるなかで、自分だけが知り得た
「アメリカの本屋さんって、素敵だ」
という気持ちが、だんだん貯まっていきました。
その貯まっていったものをたくさんの人に伝えたい、
と思い、日本に帰ってくるたびに、
向こうで買ってきた本を人にあげたり、
見せたりし始めるようになります。
「アメリカの本屋ってさ、椅子があるんだよ」とか、
「すごいカーペットが敷いてあって、
 寝っ転がって、本を読んでもいいんだよ!」
みたいな話をすると、みんな、びっくりするわけです。
そして、そういう話をする時に、
アメリカから持ち帰って人にあげていたのが、
このサセックの本だったんですよ。
その後、僕が初めて赤坂の
「ハックルベリー(Huckleberry)」っていう
本屋さんの一角で、「m & co. booksellers」という
小っちゃな古書のスペースをつくった時、
並べたのもサセックのこのシリーズでした。
その後、雑誌などに
文章を書かせていただけるようになってからは、
僕なりの発見として、
サセックっていう作家がいて、
『This is』シリーズっていう本があるんだ、
こんなにすばらしいんだよ、っていうことを、
一所懸命紹介していったわけです。

というのも、アメリカの上質な古本屋さんでは
大切に扱われていたこの本ですが、
日本に戻って、神田神保町を回ったとき、
1冊100円とかで売っているのを見つけるんですね。
しかも外の段ボールに入って、
まるでゴミのような扱いを受けていました。
誰もこの価値を見出していないんだと思い、
1週間に2度ほど神田神保町を回り、
サセックの本を探し、買って、きれいにして、
ちゃんと価値のあるものとして
自分の店に並べることにしました。
僕はこの『This is...』シリーズを
いったい何冊買ったことだろう。
とにかく、全部“救出”したかったんです。
編集者にも売り込みましたよ。
今回の復刻版の担当である編集者の荒木重光さんとは
ずいぶんと古いつきあいなんですが、
どうやら初めてお会いした時から、
僕は「荒木さん、いい本があるんだよ!」って
サセックについて、熱く語っていたらしいです。
じつは、今回の復刻版より先に、15年くらい前かな、
アメリカで復刻されたんですよ。
今まで古本屋でしか出会ったことない本が、
新刊で売られているのを見て驚きました。
さらに驚いたのは、あまりにも印刷が悪いことでした。
印刷のカラーコピーよりひどいと思った。
トリミングも変えられているし、
「ああ、復刻版って、
 こういうことになってしまうんだ‥‥」とガッカリして、
いつか自分の手でちゃんとしたものを出したいと、
その時から思うようになりました。
オリジナルのレイアウトだったり、
オリジナルの風合いを知っているだけに、
そんなふうに扱われてしまうのは嫌なんですよ。

それからしばらくして、
荒木さんの尽力で日本語の翻訳権が取れました。
原画は行方不明で、手に入りませんでした。
その状態から、どうやって、
復刻版をオリジナルに近づけるかを考えました。
まず、シリーズすべてのオリジナル版を入手しました。
できれば初版、せめて出版当時のものをです。
その時はもう、サセックが再評価され、
古本市場でも高値がつき、
全世界的にレアになっていましたが、
イーベイ(eBay:オークションサイト)や、
海外の古書店のサイトを探しまくって、
できるだけ状態のいいものを買いました。

そして、ページを外して、
スキャニングして印刷用のデータをつくり、
オリジナルに近いカラーバランスになるように、
デザイナーさんにレタッチをお願いしました。
絵画の修復に近い作業ですよね。
それを印刷の色校正の基本にして、
あたらしい日本語版のサセックの本をつくったんです。
印刷もレイアウトも、いま出ている英語版のものよりも、
オリジナルに近い、クオリティの高いものができました。
サセックが素晴らしいんだっていうことを
誰にも見向きもされない頃から言っていたことを知っている
僕の古い友人たちはこう言います。
「松浦さんは、こうして翻訳をして復刻版を出すことで、
 自分で落とし前をつけたんだね」って。

次回は最終回。
「こんな旅をしてみたら?」という
松浦さんからのおすすめを聞きました。
おたのしみにー!
2015-11-11-WED