ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2006/08/30
 
【5】現場で声をかけてくる人々。



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前回に続いて、現場からのレポートです。
現場で岡さんの話を聞いているうちに
気がつくことがあります。
敷地の前の道を通る人がみんな
こっちの方を見ていくのです。
通りすがりの人も、やはり、
この見慣れぬ工事現場のことは気になるようです。
そのなかには「こんにちは」「ごくろうさん」などと
声をかけてくる人もいます。
岡さんによると最初は
「何かインネンつけられたらどうしよう」
と内心ビクビクでしたが、
意外にそういうのは少ないそうです。
むしろ、専門的な知識をもった人が
関心をもって聞いてくることが多いとのこと。

■ママチャリに乗ったオジサンが実は

つい1カ月前にも、
ママチャリに乗った一見ガラッパチふうのオジサンが
敷地の前で停まりました。
例の大きな石に興味をもって
「その石は何だ」と聞いてきます。
「これこれの事情で、重くて動かせない。
 200キロぐらいあるんじゃないですかね」と答えると、
その人は「そんなもんじゃきかねえな、
300キロ以上はあるだろうね」と言う。
続けて「どうして重いかわかるか?
それはな、それだけ大きい石が山から
ゴロゴロとこの海の近くまで転がってきたわけだ。
たいていの石は割れる。
ところがそれは丸くなりながらも
砕けずにここまで来たんだ。
ということはものすごく固いということだ。
密度が高いんだよ」と、
見かけによらず、理にかなったことを話します。
そのあとは土について褒めだしました。
それで岡さんも「陶芸家の友人に、
タイルを焼いてくれるかと聞いたら断られました」
と洩らしました。そうしたら返ってきた答えは
「そりゃそうだよ、陶芸家には量は焼けねえ」
なるほどなあと聞いていると、
驚くべき発言が口にされたのです。
「なんならオレが焼いてやろうか?」
なんと、オジサンは千葉の方に
自然の土を焼いてつくるタイル工場を
建設している最中らしいのです。
岡さんが「本当にタイル焼けますか?」と聞くと、
「一辺が1メーターの正方形だって焼けるよ」
と自信をもって答えます。しかも
「土を置いておく場所がないなら、
 工場の土地を使ってもいいよ」とも。
岡さんが感激していると、
「どうせタイル工事はまだ2、3年先だろう。
 そのうちまたここを通るから、じゃあな」
と言って、オジサンは去っていったそうです。

「心配ごとがあったら相談に乗るよ」
近くに大学があるので
周りには大学の先生も多く住んでいます。
そのなかには、都市や土木の分野の先生もいます。
そのうちの一人は、岡さんの自邸プロジェクトに
非常に興味をもってくれていて、
前を通るたびに声をかけて行きます。
しかしその正体は、東京のいろいろな
ビッグ・プロジェクトにかかわっている
ものすごく偉い先生なのだそうです。
「工事の手続きや近隣関係で困ったことがあったら、
 何でも相談に乗りますよ」と言ってくれているので、
岡さんにとっても心強い味方です。
「役所との付き合いではどうしても
 理不尽な目に遭うんですね。
 地下工事のときも申請にいったら、
 道路から20センチ下げなさいと言われたんです。
 建築の申請ではそんなこと言われなかったので、
 いまさら設計も変えられないし、納得がいかない。
 そういう話を先生にすると、これこれこういう経緯で
 そういうことを役所は言ってくるので、
 それに対してはこう対処したらいいと教えてくれます。
 すごくありがたいです」
この先生は岡さんの自邸が完成した後の
使い道までも考えていて、
地下室の使い道が決まっていないなら、
そこで古本屋をやらせてよ、
とも言ってきているそうです。
将来は古本屋をやるのが夢で、
自分の蔵書を売り払って老後の生活資金にするとか。
地下は庭にしました、と岡さんが言ったら、
今度は「それじゃ2畳の茶室をつくろうよ」
という話で盛り上がっているとか。

■近隣を巻き込んでのプロジェクト

「以前は敷地の中に
 ゴミが多く投げ込まれていたんですが、
 今はほとんどなくなりました」
そんなことからもうかがえるように、
近隣とはおおむねいい関係を保っています。
普通の建築工事とはちょっと違いますが、
周りの人たちも今のところ
暖かく見守ってくれているようです。
それどころか、一部の人たちは
蟻鱒鳶ルの建設プロジェクトに巻き込まれている様子。
岡さんの家づくりの夢が、
周りの人にまで伝染しはじめているようです。


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