ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2008/01/08
 
【22】鉄筋工事は知恵の輪のごとし。


近くでマンションの工事が始まりました。
囲いができたと思ったら、すぐに構造体が建ち上がり、
あっという間に蟻鱒鳶ルの工事を抜き去っていきます。
でも岡さんはマイペース。焦るそぶりは見えません。

進捗の状況はというと、
地下の壁をつくる工事がようやく終わり、
その上にまわる大梁をつくり出したところ。
この梁は建物の重量を受け止めて
地下の杭に力を伝えるという、
構造的に非常に重要な役割を果たすものです。


▲大梁の鉄筋を組んだところ
(クリックすると拡大します)

そのせいか、岡さんも慎重に進めています。
特に鉄筋を組む工事には頭を悩ましている様子。
鉄筋工として働いた経験もある岡さんですが、
梁がまっすぐに延びているところならまだしも、
直角に曲がるところに来るととたんに難しくなるそうです。
こっちから来る鉄筋とあっちから来る鉄筋、
どっちを先に入れればいいか?
2、3時間も悩むことがあるそうです。
知恵の輪みたいだ、と岡さんは言います。
一見しただけでは、出来の善し悪しはわからないのですが、
「なんとなく美しくないんだよね。
 それがくやしくて‥‥」。
鉄筋はコンクリートを打ってしまえば
隠れて見えなくなってしまいます。
それなのに、やっぱりこだわってしまうんですね、
岡さんは。

■一本切るだけで汗ダクに

この連載の第14回でも触れましたが、
岡さんは鉄筋の加工を全部、手作業でやっています。
鉄筋の調達はホームセンターで。
5.5mの長さで売られているものを買い、
ホームセンターで貸してくれるトラックに積んで
現場に運びます。
これを切ったり曲げたりして使うわけです。
普通の工事現場なら、
大きな電動機械を使って5〜6本は
一度にまとめて加工します。
でもこの現場にあるのは、
爪切りの大親分のような道具のみ。
これで一本ずつ鉄筋を加工していくのです。
「ホームセンターで見つけて買ったけど、
 こんな道具、自分以外でだれが使うんだろうと
 思いましたよ」。

この現場で使っている鉄筋は、
太いものだと直径が16ミリもあります。
これだと一本を切るだけでもすごい運動量。
すぐに汗ダクになるそうです。
「冬は身体が温まるのでいいんですけどね」。

梁に入れる鉄筋のうち、
梁が延びる方向に沿って入れるものを主筋といいます。
一方、それに直交して主筋を巻くように入れるのが
あばら筋です。
あばら筋は加工が細かくなるのでつくるのがたいへんです。
岡さんも自力でつくるのは無理かもしれない、
とあきらめかけていました。
でも道具を手に入れてやってみたら、
意外にうまくできたのです。
これで現場の状況に応じて
少しずつ鉄筋をつくっていくことが可能になりました。
加工精度も高いそうです。
速さでは機械にかないませんが、質では負けません。


▲鉄筋を切ったり曲げたりする道具「カットベンダー」
(クリックすると拡大します)

■細い梁も手作りならつくれる

手作りの鉄筋は、
小さなサイズに対応できることも強みです。
地下室の空間を一本の梁が斜めに横切るのですが、
この梁の幅はできあがった時点で25センチほど。
あばら筋の幅では15センチほどしかありません。
構造的に必要な梁ではないので、
細くてもかまわないのですが、
こんなに細い梁はめったに見ることがありません。
なぜなら、鉄筋を加工する機械が
あまりに細かい曲げには対応できないからです。
普通の建築工事では、
こんなに細い梁は設計者がつくろうとしても、
施工者ができないと突き返してしまいます。
でも手作りの岡さんなら、それができるのです。


▲地下空間を横切る細い梁の鉄筋
(クリックすると拡大します)

機械を使わないこと。
それは建築の可能性を狭めてしまうものだと
思っていました。
しかし実際はそうではなく、
広げてくれる面もあるのでした。

 
 
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