ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2009/11/27
 

【29】沢田マンション訪問記


■とてつもなく凄いものを見た

今回は、岡さんが強く影響を受けたという
沢田マンションについて聞いてみました。
沢田マンションは、
高知市にある鉄筋コンクリート造の集合住宅で、
オーナーの沢田嘉農さんとその夫人の裕江さんが、
独学で建築工法を身につけ、自力で建設したものです。
完成した後も長年にわたって増改築が続けられ、
奇々怪々な建物へと成長していきました。
いわば蟻鱒鳶ルの先輩とも言うべき存在です。
詳しく知りたい人は、古庄弘枝さんが書いた
『沢田マンション物語──2人で作った夢の城』
(講談社プラスアルファ文庫)という本が出ているので、
ぜひ読んで下さい。

「行こうと言い出したのは、ヨメの方なんですよ」。

いきなり意外な発言です。
それまで岡さんは、
沢田マンションのことを知りませんでした。
連れて行かれて半日ぐらい建物を見たけど、
それでもあまりピンとこない。
そのままカツオのタタキを食べに行って、
ホテルに戻ってベッドにもぐり込みました。
それから夜中に、ハッと目が覚めます。

「突然、気が付いたんです。
 昼間に見たものは、とてつもなく凄いものだったと。
 それからは興奮して眠れない」

次の日は、もう一度、
沢田マンションを見に行ったそうです。


▲沢田マンションの全景
(写真:岡本明才/沢田マンションギャラリーroom38

■堂々と失敗する

岡さんにとって、沢田マンションのどこが
そんなに良かったのか。

「屈託なく明るいんですよ。
 まっすぐに輝いている。
 それがすごいんですよね」

沢田さんは、迷うことなくとにかくつくってしまう。
少々の失敗しても、堂々としている。

「釣り堀があったり、田んぼをつくったり、
 なんでもやってしまう。
 建築的にはよく見るとメチャクチャなんですよ。
 上の方に柱があるんだけど下には何もなかったり、
 完成直前で頓挫してしまった部屋があったり、
 『え?』というところがいろいろある。
 住んでいる人に聞いたら、
 階段は沢田さんの登りやすい
 蹴上げ高さでつくられているが、
 最後の一段だけ必ず少し低いらしい。
 階高を均等に割り振るという発想がないんですよ。
 それでもつくっちゃえばいいんです。
 なんかわくわくしますね」

■「これはイイよ! つくらにゃイカン」

岡さんは、その後、再び沢田マンションを訪れます。
この時はテントを持って行き、
屋上に張らせてほしいと頼み込みました。
沢田嘉農さんはこの時、
お遍路に出かけていて不在だったのですが、
代わりの人が
「部屋が空いているからそこに泊まりなさい」
と言ってくれ、岡さんは一週間ほど
沢田マンションに滞在します。

岡さんがそろそろ出発しようかと考えたころ、
沢田さんが帰ってきました。
岡さんが描き始めたばかりの
蟻鱒鳶ルのスケッチをおそるおそる見せると、
沢田さんの反応は、絶賛でした。

「これはイイよ! 何が何でもつくらにゃイカン」

そして、自分でつくれるかどうか
自信がもてなかった岡さんを励まします。

「鉄筋コンクリートでつくるんだったら大丈夫。
 コンクリートは固い。
 その中に鉄をいれるんだからもの凄く強い。
 心配ない、アンタはつくれるよ」

喜んだ岡さんは、「お礼をさせて下さい」といって、
その日の夜、沢田さん一家に
屋上まで上がってもらいます。
そして「ここでこれから火事が起こらないよう、
悪い火種を吹き飛ばします」と言ってから、
火吹き芸のパフォーマンスをしたのでした。

「大ウケでしたね。沢田さんの奥さんは
 『アンタ、よか男よ。
  ウチのお父さんの若か頃によう似ちょる!』
 なんて言ってくれて‥‥」

■人間はここまで大きくなれる

沢田嘉農さんが亡くなったという知らせを耳にしたのは、
岡さんが東京に戻ってから数カ月後でした。

「顔色が悪かったので心配でしたが、
 ぎりぎりの状態だったんですね。
 会うことができて本当によかったです」

岡さんにとって沢田さんは、憧れの人でした。

「オモシロ建築をつくったヘンな人みたいな
 扱われ方をされることもあるけど、
 フトコロの深い本当の人格者でした。
 建築を一生懸命つくれば、
 人間はここまで大きくなれるんだ、と思いました」

蟻鱒鳶ルが完成したら、
沢田さんの家族をぜひ招待したい。
岡さんは、そう考えているそうです。


▲蟻鱒鳶ルの壁には不思議な形の穴が。


▲出来上がったばかりの梁を見つめる岡さん。

 
 
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