【33】コンクリートに絵を描く
■天井に蜘蛛と雲
工事は2階の床がもうじき完成という段階です。
できあがった床板を1階から見上げると、
コンクリート打放しの天井面には、
蜘蛛の巣が描かれていました。
▲蜘蛛の巣の絵が浮かび上がった1階の天井
この絵は、コンクリートを打設するときに、
型枠の内側に糸を張ることによってつくったものです。
蜘蛛は家の守り神とされています。
そんな意味が込められているのでしょう。
そのとなりで現在は製作中の天井には、
今度は雲の模様が描かれるとのこと。
その図柄を検討するため、型枠の上には、
雲の輪郭がチョークで描かれ、
クシャクシャっと丸められた糸が置かれています。
▲雲を描くためにチョークと糸で形を検討中
蜘蛛から雲へ。ダジャレ?
いや、これにも深い意味があるとのこと。
子供の頃、寝っころがって
天井の木目を飽きずに見ていたという
思い出をもっている人も少なくないでしょう。
岡さんもそんな子供だったと言います。
天井には何か複雑な形があってほしい、
と岡さんは考えているのでした。
確かに雲は、いつまでも見ていて飽きない形です。
「神棚の上の天井には
『雲』の文字を貼るものとされています。
空を感じさせるものが天井にあることは、
素直な発想だと思うけど、ベタすぎますかね?」
■ビニールくるみ工法
蟻鱒鳶ルでは、天井だけでなく
あらゆる箇所のコンクリートに模様が付いています。
ファサードに「アリマストンビル」の名前を
浮かびかがらせた件は、
この連載の第31回で紹介しましたが、
それ以外にもOSB(=配向性ストランドボード、
木材の破片を積み重ねて接着した板)を型枠にして、
荒々しい質感をコンクリート打ち放しの面に転写した
壁面もつくっています。
▲OSB(配向性ストランドボード)を型枠に使った
コンクリート打放し壁
▲OSBを使った型枠パネル
波板を使って、洗濯板みたいな
コンクリート表面をつくるのに凝ったこともありました。
「こういうことをやると、
型枠を外す時がものすごく楽しみなんですよね。
どうできあがったかなあと」
時には失敗もあります。
生きている草を型枠に入れたこともありました。
その時は、中で草が枯れていくのがせつなくなりました。
次にやる時は、一度、押し花にしてから
使ってみようと考えています。
でも複雑な形をしたものを中に入れると、
型枠が外れにくくなって困るのでは?
実は岡さん、型枠の作業を楽に進められる
画期的な方法を発見したのでした。
それは、ベニヤの型枠の表面を
薄いビニールのシートでくるんでしまうという方法です。
▲型枠をくるむビニールシート
こうすると、今まで一枚外すのに
30分もかかっていた型枠が、
パラリと簡単に外せるようになったのです。
型枠が傷まないので、
繰り返し使えるようにもなりました。
▲ビニールでくるんだ型枠パネルは繰り返し使用される
■小さな建築史
ビニールを型枠に貼ることの利点はほかにもありました。
ベニヤを型枠に使えるようになったことです。
ベニヤは近所の建築現場でいらなくなった廃材を
無料で譲ってもらったもの。
これで型枠パネルを作るのですが、
ベニヤは材種によっては
型枠として使えないことがあります。
内部から出る糖分が、
コンクリートが固まるのを抑えるからです。
杉板を使ったこともありました。
糖分も化学物質も出ないので
その意味では都合がいいのですが、
伸び縮みが激しいのが弱点でした。
板と板の間に5ミリぐらいの隙間ができてしまい、
そこからコンクリートが漏れてしまうのです。
そうした試行錯誤を経て、たどり着いたのが、
ベニヤとビニール貼りの組み合わせでした。
しかし、ビニールでくるんでしまえば、
コンクリートの硬化を妨げる成分を
遮断することができます。
そればかりでなく、
コンクリート内の水分も適度に保ってくれます。
お陰で、固まったコンクリートの質も
大変よくなったとのこと。
▲型枠パネルを説明する岡さん。
背後には糸を張ったタイプも見える
現在、一般に使われている建設技術は、
長い年月をかけて徐々に進んでいきました。
ですが、蟻鱒鳶ルの現場では、
工事が進んでいる間に使われる技術が変わっていきます。
1階をつくった時よりも2階をつくった時の方が、
技術が進歩しているのです。
技術だけではありません。
見た目にかかわるデザインでも、
例えば波板型枠仕上げのように、
工事期間中に流行ったり廃れたりしたものもあります。
ちょっと大げさに言えば、
建築の様式が移り変わっているのです。
ひとつの工事現場の中で、小さな建築史を見て取れる、
これは短期間の間に完成してしまう
普通の建築工事ではありえないことです。
「変化があるから続けてられるんですよね。
そうじゃなかったら飽きちゃう」
岡さんはあくまで、自然体なのですけど。
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