ホヤが無性に食べたくなった。
ふるさとの夏の味覚だ。
少年時代はまったく理解できない食べ物だったが、
酒を飲むようになって、父親のように好物になった。
ホヤがありそうな居酒屋に行けば話は早いが、
赤ん坊連れで酒場に行くのは気が引けるし、
飲んだ気がしない。
幸いにも売っていそうないい魚屋さんが近所にある。
生まれて初めて自分でさばいてみよう、と思った。
締め切り直前だったので、
妻に「もしあったら」と買い物をたのむ。
そして「奥さん、二皿で600円でいいよ」の声に負け、
妻はホヤを7個買って帰ってきた。
二人で食べるには一皿3、4個でも
多すぎるくらいなのだった。
不機嫌になった。
「キュウリなしでホヤ食うな」といわれるほどに、
キュウリとホヤとの相性はよく、必須の野菜である。
薄く切り、塩をしておく。
さて、ホヤだ。
いちおうネットでさばき方の手順を調べたが、
故郷の母によると「本能のままに切って洗えばいい」
ということだったので、そうすることにした。
エイリアンの幼生のごときその物体に包丁を入れていく。
プシュッ、と吹き出た体液があたりに飛び散り、
メガネを濡らす。
生臭くはなく、ホヤの濃厚な香りはいやではないのだが、
憮然とした。
「ホヤのことをほとんど知らないバカ女房が
7個も買ってきやがった!」と逃避めしに書いてやる、
さらしてやる、と誓いながら、可食部分を切り分けていく。
キュウリを添え、酢をかけてできあがり。
実にうまく、妻への怒りは消え去った。
酒にいいのはもちろんだが、翌日、ちょっと醤油をつけて
ご飯のおかずにしてみたら、それもまた悪くないのだった。
夏休みに海辺の民宿で食べる朝食の気配がする。
2010-07-22-THU |