この連載がはじまったときから
「いつ出るのかな?」と
ずっと思っていた県が
とうとう登場します。
みうらじゅんさんが生まれ、
青春期をすごしたあの県です。
京都府 「ダメだ 京都、行こう。」
みうら (県くじを引く)
あ、細い県ですね。
ほぼ日 お‥‥京都府です。
みうら

うーわ。出ましたね。

ほぼ日 京都府は、意外と長細い形なんですね。
みうら

そうなんです。
京都は「碁盤の目」といわれますので、
四角と思っている人がいますでしょ。
碁盤の上に、碁石や将棋の駒のように
寺が建っているんだと
思う人がほとんどです。
京都には、じつは海もあるんですよ?
碁盤の目は、
冷凍みかんでいえば中の

みかんにすぎなくて、
網の部分があるんです。
しかもそれが、意外と長い。
NHKの将棋中継の画面だって、
将棋盤にぐーっと寄るだけではありません。
カメラが引くと、将棋を打ってる人とか、
ふすまとか、いろいろ映るでしょ?
あれが京都なんですよ。
京都府を、将棋の番組と思ってもらえれば、
その深さがわかると思います。

ほぼ日 はい。
みうら 京都の出身の人は「京都出身」とだけ、
書く場合が多々あります。
「府」が取れている場合があるんですよ。
府(ふ)が裏を向くと、歩(ほ)になる。
ほが裏向くと、ふに‥‥
ほぼ日 将棋のたとえがつづきますね‥‥。
みうら

とにかくあれほど
「市なんですか?」
「府なんですか?」
ということが重要視される県も
珍しかろうと思うんです。
それは、他県の人が
「京都というとあの碁盤だ」と思いこむ
呪縛が広がっているからなんですよ。
碁盤だけを考える人は、
気持ちが小さくてダメだと思います。

ほぼ日 しかし、府は
かなり難易度が高くなりますね。
みうら

府は、ステッチの入り方が微妙なんですよ。
どこから滋賀県なのか
わからなくなりますし。
真ん中はあれだけ碁盤にしたくせに、
横のステッチがまばらです。
今後もし、平安京を立て直すとすれば
大きい縦長の
碁盤にしてもらって
一局打ってもらうしかない、

そう思います。

ほぼ日 立て直す方に、ぜひ一局を。
みうら そうです。
そもそもあのあたりは、2月になると
お水取りという行事があるんです。
若狭(わかさ)の水を取って、
奈良に持っていく。
ほぼ日 旧暦の2月に、福井県の若狭にある井戸から
南方の奈良県まで、
お供えにするお水を運ぶんですね。
みうら だから、あそこは、
なんて言うんですか、もう
仏(ブツ)ゾーンなんです。
ほぼ日 フッ‥‥(笑)。
みうら 仏教がゾーンのように入っているんです。
敦賀あたりから、
京都府、奈良県、滋賀県、和歌山県、
もうそういう小さい単位で言うのは
やめにして、あそこは
仏ゾーンという名前で
いいんじゃないでしょうか。
そうすれば、
「出身どこですか?」
「あ、仏ゾーンです」

と、躊躇なく言えると思います。
ほぼ日 なるほど。
みうら みなさんは、京都にはきっと、
修学旅行で行かれるんでしょうね。
修学旅行といえば、
煩悩の徒が団体で京都に来るわけです。
京都&奈良を
なぜ修学旅行に選ぶのかをね、
ぼくはしばし考えたことがあるんです。
ほぼ日 はあ。
みうら

教師たちは、その煩悩の徒を、
手に負えないわけですよ。
煩悩状態の、しかも団体を、
手に負えないから仏様の前に連れて行って
少しでも反省しろと言わしめたのが、
そもそもの修学旅行のはじまりだと
ぼくは踏んでいます。
もっと手に負えない場合は、
マンツーマン方式で
と、考えだされたのが、三十三間堂です。
仏像が千体おられるということは、
何クラス分も行けるということです。
一体一体と向き合い、慈悲パワーで
その煩悩を少しでも抑えようと‥‥
でもね、やっぱり、無仏の時代ですわ。

ほぼ日 慈悲パワーをもってしても。
みうら

結局は、
「オレは二条城の前でコクるぜ」
「オレはうぐいすの廊下を
 キュッキュ鳴らしたときにコクるぜ」
など、煩悩の徒は
コクることばっかり考えます。
それから、京都には、もうひとつ
やっかいなことがありましてね。

ほぼ日 なんでしょう。
みうら 失恋の痛みを癒しに来る人がいるんです。
他県で傷ついた失恋を
京都にバンバン落とすんです。
ぼくは生まれて19年、
京都にいましたけれども
ピーカンなんて見たことないです。
どんよりしてます。
空が青くても、
どこかにかげりがあるんです。
それは、他県の人が
不法投棄するためです。
失恋の痛みを京都に不法に落とすせいで
空にそういう雲行きが現れるんでしょう。
ほぼ日 そう言われれば、京都の空模様は
いつも憂いを帯びていたような気が‥‥
みうら そうそう、ぼくの知り合いが
「京都の文豪が泊まるような宿に
 泊まってみたい」
と言うので、いちど
そういう旅館に泊まったことがあります。
でも、そこの仲居さんは、
ぼくが京都人とは知らず、途端に
京都プレイをはじめました。
「おいでやす」からはじまって、
決して日常では使わないような京都弁が、
その旅館にバンバン飛び交っていました。
ぼくは東京から来たことにして、
しゃべりませんでした。
ほぼ日 ちょっと言い出しにくいですね。
みうら

それは冬のことだったんですけれども、
夜、仲居さんがガラガラと窓を開けて、
ちらっと外を覗いて
こうおっしゃいました。
「ああ、雪おこしやなぁ」
聞こえるか聞こえないかギリギリの
はんなりが飛び出してきたんです。
「“雪おこし”って何ですか?」
と標準語で訊いたところ、
「京都の人間はな、前の晩の空見て
 雪おこしやなぁってゆったら、
 次の日、雪降るんやわぁ」
と言うんです。
ぼくは19年間、京都にいて
一度も聞いたことない単語と出会いました。
そして、次の日は、
すっかりピーカンでした。

ほぼ日 ははは。何なんでしょう、雪おこしは。
みうら それは、サービスです。
はんなりサービスなんです。
京都の人は演じてるんですよ。
あれは、劇団です。
ほぼ日 うわははは。
みうら

劇団京都、という劇団が
あるんですよ?
そんなに人数は多くないですけど、
結構売れてるんです、その劇団は。

ほぼ日 はははは。
京都を背負う、
すごい劇団ですね。
みうら

ま、京都の「はんなり」も、
みなさんは、どう解釈されてるか
わかりませんが‥‥
ぼくは生まれて19年、京都にいました。
血気盛んに「ロックだぜ」なんて
言っていても
ちょっと路地に入ると
はたおりの音が聞こえてくるんです。
このように、京都には各地に
はんなりの地雷が埋めてあるんですよ。
「ボーントゥビーワイルド」などと
いくら言っても、
はんなりに消されていくんです。
「なんだ、このはんなりは!」と
当時は思っていたんですが、
最近わかったことがあるんです。

ほぼ日 何でしょう。
みうら ぼくは19歳までしかいませんでしたから、
大人の京都を、さっぱり知りませんでした。
舞妓さんの遊びって、
一緒にじゃんけんしたり、
屏風を立てて、
こっちが虎になって、
相手がライフルを持っている
探検家になって、
くるくる回って遊んだりするんですよ。
「わー」「おたくの負けどすえー」
このプレイは何なんだ、
という気持ちが、
まずは生まれることでしょう。
ほぼ日 すごい遊びですね。
みうら 同じ京都にある任天堂が、
いろんなゲームを世に送り、
世の中の遊びは
すごいことになっているにもかかわらず、
屏風の横に隠れてバーンと出て行ったら
「撃たれたー」
「負けどすえ」

と、酒を一杯飲まされるなんて、
これは何かあるぞ、と、
ぼくは思っていました。
ほぼ日 はい、はい。
みうら 若い男はやっぱり、
「遊びに行く」となったら、
京都じゃなくて大阪に行くものです。
カーッと来てる人は、
あのはんなりに
耐えられない
んですよ。
しかし、だんだん歳を取ってくると
あれがいいと思う時期が来ます。
つまり「枯れる」ということですよね?
ここはちょっと言いにくいんですが
はんだちというのがあるんですよ、
男の世界には。
ほぼ日 はあ。
みうら こういうことを言うのも、
ほんとにその、あれなんですけど、
立ってもいいし、
立てなくてもいい、
エレクトサイコー!
などという若者でもなく、
全然だめだというご老人でもない、という
中庸です。
その道が、はんだち、または‥‥はんなり、
と言われてるんじゃないかと
踏んだわけですよ。
ほぼ日 ‥‥‥‥(シャレ?)
みうら 虎の格好をして
「わー、虎だー」
「わー、ライフル!」
なんて言っているときには、
お立ちになってもいいし、
お立ちにならなくてもいい。
そのくらいの余裕がないと
「何してるんだ、これは!」という気分に
なってしまいます。
言ってみれば、人間はみんな、
いつも元を取りたいんです。
本能からしたら、
「こんだけ金払ってるんだから、
 これはないだろう」
と思うにちがいありません。
そこから外れた、悟りに近い状態を、
はんなり、または、はんだち、
というのだと思います。
その余裕があったら、おいで、
という敷居の高さを
京都という町は持っているんです。
いくらお金を持っていても、ぷすーぷすーと
ダースベーダーの息みたいに
なっている人に対しては、
「いちげんさんお断り」と言うんです。
そんな人は、あの碁盤の目から、
ポンポーンと、はじかれます。

JRのキャッチコピーは
「そうだ、京都、行こう」
でしたっけ。
ほぼ日 はい。「そうだ 京都、行こう。」ですね。
みうら そうじゃないんですよね。
「ダメだ 京都、行こう。」
のほうが、
いいと思うんです。
ほぼ日 なるほど、大人になって、
ややダメになってから、
ようやく近づける県である、と‥‥。
みうらさんは京都を19歳のときに
お出になって、
よかったと思っていらっしゃいますか。
みうら はい。やっぱりまだぼくは、
東京はいいなぁって思います。
いつか、自分がはんなりになったとき、
みんなに
「おまえ、完全にはんなりしてるよ」
と言われたときには
京都に帰りますけど、
まだ、ちょっと。
今回のお話をノーカットでごらんになりたい方は
下の動画でおたのしみください。

京都府の玄関である京都駅で
新幹線を降りると、
まず、京都タワーが目に入ります。
ろうそくの燭台を模したとも言われる
そのタワーで
いきなり仏ゾーンが表されていることを
感じてほしい、と
みうらさんはおっしゃいます。
はんなりしてからやっとわかる
大人の県・京都府をあとにして、
来週も次の県へ向かいます。
2008-05-18-SUN
みうらじゅんさん&安斎肇さんが
結成した「勝手に観光協会」作の
すばらしい京都府ご当地ソング
「おはよう舞妓さん」を
どうぞお聞きください。