糸井 |
もしもーし。こちらは「おはようございます」です。 |
矢野 |
そうかそうか。 |
糸井 |
いまなにしてるとこ? 夜の11時くらい? |
矢野 |
今ねえ、昔の書類の整理してた。 |
糸井 |
いつもはもう寝てるんじゃないの。 |
矢野 |
とんでもない。いまぐらいがいちばん忙しいよ。
日本と連絡とれだすのがこれくらいから2時くらいまで。 |
糸井 |
じゃあ、意外と夜型なんだ。 |
矢野 |
もう完全夜型。
もう子供たちを学校に送りだすとかなくなったから
このごろは3時に寝て、
8時半とか9時に起きるって感じ。
ギョーカイの人みたいでしょ? |
糸井 |
働き者のギョーカイの人だねそれは。
3時のほうはフツウだけど8時半のほうに
働き者、入ってるね。
昔の電通が入ってるね。 |
矢野 |
(笑)電通と違うのは、朝起きて働いて、
昼ご飯食べるとどうしてもひと眠りしちゃうとこ。 |
糸井 |
シエスタがあるわけだ。
ちょっとうらやましいなあ、あの環境なら。
それ都会でやってると感じよくないじゃん。 |
矢野 |
なまけものだよね。
ここだったらいいのかな。
いまの季節は気持ちいいよ。 |
糸井 |
ぼくはどうせどこからも一歩も出ない人ですから。
ほんとにひどくなったよ最近、ますます。 |
矢野 |
ほんと? やだねえ。 |
糸井 |
本屋寄ってからレコード屋へ行って、
なんて考えてても、本屋に行っただけで面倒になって
もういいや、って帰ってきちゃう。 |
矢野 |
で、なに、家でゲームなんかやってんの? |
糸井 |
ゲームやってないよー。仕事だよ、だいたい。
でも似たようなもんか……。
ええと、ほかのかたがたへのインタビューは
いつものように雑に済みまして、
それぞれが面白いと思ったのは、
今は仕事をしてますね、まだ。 |
矢野 |
そうでしょう。わたしもだもん。
でもねえ、やっぱ、責任の一端を担うものとしてね、
このままじゃイカン! っていうんで、
今週くらいからプッシュしようかなあと……。 |
糸井 |
そのつもりは全員あるみたいで、
いまやってる仕事はいつごろ片づくから
こうかなあ、みたいな心積もりはあるみたいですね。
みんな、追い込まれないとやらないタイプだね(笑)。 |
矢野 |
そう……だよね。それもあるし、
何とかなるだろうというのも思ってるよね。 |
糸井 |
思ってる。 |
矢野 |
やなことじゃないから、
これから楽しいことがあるんだなあみたいな。
「もうすぐ遠足だ」みたいなね。 |
糸井 |
それ! |
矢野 |
そういう気持ちを大切にしないとね。 |
糸井 |
ウチの子供が「旅行どこにする?」って
相談しているみたいなものだよ。
どこになった? というと、「まだ決まってない」って。 |
矢野 |
行きたい気持ちがね。
気持ちは行ってるの。 |
糸井 |
みんなある種の緊張感があるのが面白いね。
いわば、宮沢君、奥田君は
客席で見ていた世代じゃないですか。
だからなんとなく
「俺がそこにいることになるんだ!?」
みたいな。
それ、味わってみたい気分だよね。 |
矢野 |
そうかなあ。 |
糸井 |
だってそういうことって僕ら、ないもの。
あっこちゃん武者修行好きだから。 |
矢野 |
無茶っていうかね。 |
糸井 |
無茶修業好き。 |
矢野 |
それもいい。 |
糸井 |
ちっちゃいときから人んちのジャズバンドに
乱入したりしてたでしょ。 |
矢野 |
そうそう、そういう人生なんだよね。
アメリカ来てもずっとそうだし。
いつでも自分を音楽で紹介していくみたいな。
渡る世間に鬼も……いる、けどいいや、って。 |
糸井 |
渡る世間に歌はある? |
矢野 |
うん。 |
糸井 |
あっこちゃんってどっちかって言ったら
引っ込み思案が入ってるじゃないですか。 |
矢野 |
そうよ。社交性ないし、社会性ないのにね、
そういう形で自分をあらわしていく事は平気。 |
糸井 |
そこだけ一本違う道が通ってるんだね。 |
矢野 |
かといって図々しいかっていうと
ぜんぜんそんなことなくてね。 |
糸井 |
それを知っているだけにさ、
「どうしてピアノ付きになると
そんなに大胆になるわけ?」
って。 |
矢野 |
そうだよねえ。なんかヘン。 |
糸井 |
俺も今はじめてそのことに気がついたよ。
当たり前のようにそういうことをしてるし、
でも普段のあっこちゃんは
そういうことをしている人ではないし。不思議だなあ。
ピアノがあると気持ちが変わるということなの? |
矢野 |
ピアノの前に座ってると世界一自由、
というのは、ほんとうにそうなんだよね。
それで自分をわかってもらおうとか
人をねじふせてやるぞとか
そういう気持ちとかはなんにもなくて、
いちばん自由な気持ち。 |
糸井 |
よくさ、アフリカのドキュメンタリーとか見てるとさ
ひとりが「アダダダダルーダッ!」とか歌いだすと
みんなが追って歌いだすじゃない。
あの中にスッと入るときみたいな
……そんなようなことかね?
見当つかないね、僕らにはね。
誰かが広告作ってるとこのそばに俺が立っててさ、
「じゃあ俺がコピー書くよ」
って、そういうのもあまりないもんな(笑)。
……あ、わかった!
草野球見てたら『巨人の星』の星飛雄馬が
入ってた、みたいな!? |
矢野 |
(笑)自然に? |
糸井 |
自然に。
運動系のやつらって、やったりするじゃん。
もっとカラダなものなんだな。 |
矢野 |
あのさ、ヤな言葉なんだけど
「自然体」ってやつでしょう?
本来の意味でのナチュラル……ナチュラルボディ。 |
糸井 |
それ、まんまやんけー(笑)。
外国にいる人の言葉じゃないじゃない。
なまじさ、技量とかってことについて
批評的な目はすでにあるわけでしょう?
どれくらいの腕を持ってるかな、っていうのは、
それをやっている人どうしの判断って
あるじゃないですか。
「おお、コワイ!」
とかそういうのはなかったの? |
矢野 |
………………ないね。 |
糸井 |
おお(笑)。 |
矢野 |
勝とうとか、そこに勝負がぜんぜんないから、
だからいいんじゃない? 何にも力入ってない。 |
糸井 |
勝負の要素がないんだ、ぜんぜん。 |
矢野 |
ないんだよこれが。
そこに、自己顕示欲も、じつは、ないの。 |
糸井 |
自分は消えてて、自分の演奏があるみたいな? |
矢野 |
音楽を発する素、みたいなものがあって
それがピアノの前に座ってるんだよ。 |
糸井 |
音そのものは発しているんだけど、
誰のものでもない、と。 |
矢野 |
そうだね。私のなかから出てくるんだけど、
出てきたものは、本来、矢野顕子に
誉れが帰するものではない何か、みたいな。 |
糸井 |
かっこいいなあ! |
矢野 |
そうとしか言いようがないんだよね。 |
糸井 |
いまちょっとわかった気がしたよ。
俺ね、たまにね、これ誰が書いたんだろ、いいね、
って言ったら自分だったりするときがあるんだよ。 |
矢野 |
うんうんうん。 |
糸井 |
それって、すっげえナマイキな言い方に聞こえるけど、
俺がつくったつもりないんですよ。
で、ふと日常の自分にかえって
「あ、俺だよ、えらいな俺」
なんて誉めるんだけど、
思った瞬間はぜんぜん思ってないんだよ。
どうでもいいわけ。
でも、この言葉があってよかったなあ、
って喜ぶじゃない?
そんなとき、自分がない感じ。 |
矢野 |
結果としてはね。
でも、もっともっともっと、何か、
根源的なもののような気もする。
たとえば釣りをしててさ、
糸を投げる前まではさ、
今日は釣れるといいなとか、
あのへんに向けて投げようとか
とりあえず考えるわけでしょ?
で、キャストしてポチャンって入って
しばらく何も考えない時あるじゃない? |
糸井 |
ある。たしかに。 |
矢野 |
あれ。 |
糸井 |
はあ! |
矢野 |
引いてくると脳がとたんに動いて
自然にそこからは「こう来たらこう引くか」
とか出てくるけれど、その前までは
釣りをしている自分というのは…… |
糸井 |
瞬間、誰でもないっていうふうになってるよね。 |
矢野 |
実はあれなんですけどね。 |
糸井 |
いいねえ。それ音楽でできるのってね。
人と会うのって、戦いか仲間か、みたいな色分けが
最初からできているけど、
音楽って、自分を殺しちゃだめだし、
わがままに出したまんまで仲良くできるっていう
そういう力がある。それが、
今回のBeautiful Songsのテーマでもありますね。
あっこちゃん的に、今回のテーマになっている
「ソング」ということを説明するとしたら? |
矢野 |
うーんとねえ、えーと……
人の話を聞くときにさ、聞く方法の一つとして
アクティブ・リスニングってあるじゃない?
ただボーッと向こうから来る音声を聞くんじゃなくて、
積極的な気持ちで、
「この人なに言ってるんだろう?
次に何を言うんだろう?」
とか、そういう気持ちで、心を傾けて聞くと、
「それはこういうことなんでしょうか?」とか、
マジメにいい質問ができるじゃない?
そうすると向こうも、
この人真剣に聞いてくれてるなと思えば、
もっと真剣に話すっていう、
人の話をよく聞こう、という。
このコンサートでは、
お客さんにそれが要求されていると思うんだけどな。
金払ってそうしてもらおうという(笑)。
でもいま提供されている音楽の中では
それはぜんぜん行われていないでしょう?
垂れ流ししているのを耳にしていればいいわけだけど、
でも、今回の5人でやるコンサートはそうじゃない。 |
糸井 |
アクティブ・リスニングという言葉を
僕はいま初めて聞いたんだけれど、
とってもいいね。
あのね、僕、音楽だけじゃなくて、
ポピュラーミュージックもそうだけど
ポピュラリティーのあるものって全部
人がバカだ、っていう前提で
物として売っているような気がするんですよ。
つまり文章はちゃんと読んでくれないと思って書くし
こういうのは違うと思うけどみんなは好きだろうなと
思って売ったりしてるし。 |
矢野 |
うーん、悲しいねえ! |
糸井 |
僕はそういう感じがするんですよ。 |
矢野 |
とくに日本がそうなんじゃないの?
だってアメリカでね、あんまりそれ感じない。
そういう人はいるよ。ある種の業界はそうだけど、
でもアメリカの底力って、
そうじゃない人たちが必ずそこにいる、
それがちゃんとわかることなんだよね。 |
糸井 |
取材されてるときでも、
「それ聞いてどうするの?」と思って聞いてるときって
お互いをバカにしているような気がするし
しかも大衆をバカにしているような気がするし
ひとりひとりを、読者とか送り手とか
バカにしあって成立しているメディアとか、
あるんですよ。
日本が、って言われると、たしかに日本って、
すごいよね。
|
矢野 |
それのいちばん顕著に出ているものが
……比べようがないことなんだけど、
私がたまに来日すると、国全体の印象が
すごくそれだと思うよ。 |
糸井 |
あるよねえ。 |
矢野 |
だからかわいそう、みんな。 |
糸井 |
俺もいま言葉にまとめてよくわかったけど、
ずっとそのことをね、いらだっていたような気がするんだよ。
この人にはちゃんとしゃべろうという人が、
そんなにいい質問をしてくれるわけではないんだよ。
聞こうとしててわかろうとしているということが
交流してるってことであってさ。
それさえあれば、「何食べたの?」でも
楽しいんだよね。
だから、簡単なことでもやり取りできるし
難しいこともやり取りできるんだっていう
前提が、今回のテーマに見えてきたよ、今! |
矢野 |
それはよかった。
でね、すべてが薄っぺらい交流しかない、
交流とも呼べないような文化の中で、
若者たちが気の毒で気の毒でさ。
今の子たちは無気力でなんだのかんだの、って
いくらでも言えるけど、
私のコンサートに来ている人たちの顔を見ていると
けしてそうとは思えないんだよね。 |
糸井 |
思えない。 |
矢野 |
彼らは、ちゃんとおいしいものを食べれば
「うまいなーっ!」って言える気持ちは絶対あるの。
だけど、ほんとに不幸なことに、
そういう良いものを見るチャンスも、
教育もされてなくて、
そのためにまずいもんで我慢しなくちゃいけない。
それはかわいそうなので、今回、Beautiful Songsで、
「うまいもんって、こんなにおいしいんだよ」って。 |
糸井 |
ひとりひとりの子と会うと
みんなちゃんとしてるのに
大勢で会うと急に商品化させられてしまうというか
単なる客にさせられてしまって
切符モギってポンと渡せば済んだ、
みたいな形になりますよね。
その構造を変えるのが今の時代にいちばん重要なんだろう。
僕が「ほぼ日」やっているのも
その気分なんだと思うんですよ。
大勢の人が大勢じゃなくて、
一人ずつの集まりなんだ、そういう気分なんだね。
今回のコンサートもそれだよね。
で、なによりも集まった5人が、
それを完全にできるっていう自信があって
集まっているから、楽しみだね。 |
矢野 |
そうだね。 |
糸井 |
たまたま最近カリカリ怒ってることがあって、
その怒りのもとは「読者をなめんなよ」なんだよ。
おまえの態度が読者をなめてるし
読者がバカになっていくし
それの循環になるじゃねえか、
っていうので怒ってるんです。
怒りっぽくなってるんだ最近。 |
矢野 |
いやあ、わかるよ。
私も日本に行くといつも怒るのね。
それと同時に無気力になっちゃう。
悲しいっていうか、力、抜けちゃう。 |
糸井 |
とくにメディアがらみがだめだよ。
おっきいメディア使ってるひとたちが。
これちゃんとしゃべって録音したほうがいいんじゃないの、
と言っても、うなずいておしまいにしようとしちゃう。 |
矢野 |
愛がないのよ、ほんと。 |
糸井 |
それって自分を愛してないんですよね。
自分が安いんですよ、すごく。
だからいいやいいやでごまかしちゃう。
これは啓蒙コンサートではないけれど
その気分だけは、何だか知らないけど味わえた、
ってなると、いいなあ。 |
矢野 |
そうだね。 |
糸井 |
コンサートそのものではなくて
もうちょっと具体的に楽しみなことってありますか。 |
矢野 |
やはり、糸井新曲ですね。 |
糸井 |
は、はい! |
矢野 |
曲をつける瞬間がいいなあ、と思ってるんです。 |
糸井 |
言いわけをしますと本当はできてるんです。
そのままになってるんです。
やります。
今の言葉は人をジャンプさせるものがあります、
ありがとうございます(笑)。 |
矢野 |
なるほど(笑)。 |
糸井 |
具体的だったなあ。
ほ、ほかにないですか? |
矢野 |
みんな一緒に歌うっていうのも、
私はほぼほかの4人と経験しているんで
それ自体楽しいっていうのわかってるんですけど
わたしピアノ弾きとしても演奏するの楽しみです。 |
糸井 |
なんか、わくわくしてくるね。
会場ごとにぜんぶ違う日になりそうだね。 |
矢野 |
やってるうちにね、
「この曲もやらない?」
とか、そういうのも絶対出てくるとおもうんだ。
それも楽しみだな。
絶対やってくうちに、みんな昂揚していきますよ。 |
糸井 |
面白い組み合わせだなあ。
じゃ、ま、そういうことで。
僕は非常に面白かったですから
この会話をそのまま、大勢の人に伝えたいと思います。 |
矢野 |
うん。 |
糸井 |
それじゃ、ね。
|