5人の
Beautiful Songs

矢野顕子さん、国際電話で語る。
「うまいもんって、こんなにおいしいんだよ」


Beautiful Songsメンバーへの
darling電話インタビュー、
トリをつとめるのは矢野顕子さんです。
取材が行なわれたのは4月の末、
まだdarlingが矢野さんから頼まれた詞を
(締め切り過ぎてるのに)出していない日のことでした。
そんな気分でドキドキしながら
NY郊外のあっこちゃんの家へ電話をかけたようですよ。

糸井 もしもーし。こちらは「おはようございます」です。
矢野 そうかそうか。
糸井 いまなにしてるとこ? 夜の11時くらい?
矢野 今ねえ、昔の書類の整理してた。
糸井 いつもはもう寝てるんじゃないの。
矢野 とんでもない。いまぐらいがいちばん忙しいよ。
日本と連絡とれだすのがこれくらいから2時くらいまで。
糸井 じゃあ、意外と夜型なんだ。
矢野 もう完全夜型。
もう子供たちを学校に送りだすとかなくなったから
このごろは3時に寝て、
8時半とか9時に起きるって感じ。
ギョーカイの人みたいでしょ?
糸井 働き者のギョーカイの人だねそれは。
3時のほうはフツウだけど8時半のほうに
働き者、入ってるね。
昔の電通が入ってるね。
矢野 (笑)電通と違うのは、朝起きて働いて、
昼ご飯食べるとどうしてもひと眠りしちゃうとこ。
糸井 シエスタがあるわけだ。
ちょっとうらやましいなあ、あの環境なら。
それ都会でやってると感じよくないじゃん。
矢野 なまけものだよね。
ここだったらいいのかな。
いまの季節は気持ちいいよ。
糸井 ぼくはどうせどこからも一歩も出ない人ですから。
ほんとにひどくなったよ最近、ますます。
矢野 ほんと? やだねえ。
糸井 本屋寄ってからレコード屋へ行って、
なんて考えてても、本屋に行っただけで面倒になって
もういいや、って帰ってきちゃう。
矢野 で、なに、家でゲームなんかやってんの?
糸井 ゲームやってないよー。仕事だよ、だいたい。
でも似たようなもんか……。
ええと、ほかのかたがたへのインタビューは
いつものように雑に済みまして、
それぞれが面白いと思ったのは、
今は仕事をしてますね、まだ。
矢野 そうでしょう。わたしもだもん。
でもねえ、やっぱ、責任の一端を担うものとしてね、
このままじゃイカン! っていうんで、
今週くらいからプッシュしようかなあと……。
糸井 そのつもりは全員あるみたいで、
いまやってる仕事はいつごろ片づくから
こうかなあ、みたいな心積もりはあるみたいですね。
みんな、追い込まれないとやらないタイプだね(笑)。
矢野 そう……だよね。それもあるし、
何とかなるだろうというのも思ってるよね。
糸井 思ってる。
矢野 やなことじゃないから、
これから楽しいことがあるんだなあみたいな。
「もうすぐ遠足だ」みたいなね。
糸井 それ!
矢野 そういう気持ちを大切にしないとね。
糸井 ウチの子供が「旅行どこにする?」って
相談しているみたいなものだよ。
どこになった? というと、「まだ決まってない」って。
矢野 行きたい気持ちがね。
気持ちは行ってるの。
糸井 みんなある種の緊張感があるのが面白いね。
いわば、宮沢君、奥田君は
客席で見ていた世代じゃないですか。
だからなんとなく
「俺がそこにいることになるんだ!?」
みたいな。
それ、味わってみたい気分だよね。
矢野 そうかなあ。
糸井 だってそういうことって僕ら、ないもの。
あっこちゃん武者修行好きだから。
矢野 無茶っていうかね。
糸井 無茶修業好き。
矢野 それもいい。
糸井 ちっちゃいときから人んちのジャズバンドに
乱入したりしてたでしょ。
矢野 そうそう、そういう人生なんだよね。
アメリカ来てもずっとそうだし。
いつでも自分を音楽で紹介していくみたいな。
渡る世間に鬼も……いる、けどいいや、って。
糸井 渡る世間に歌はある?
矢野 うん。
糸井 あっこちゃんってどっちかって言ったら
引っ込み思案が入ってるじゃないですか。
矢野 そうよ。社交性ないし、社会性ないのにね、
そういう形で自分をあらわしていく事は平気。
糸井 そこだけ一本違う道が通ってるんだね。
矢野 かといって図々しいかっていうと
ぜんぜんそんなことなくてね。
糸井 それを知っているだけにさ、
「どうしてピアノ付きになると
 そんなに大胆になるわけ?」
って。
矢野 そうだよねえ。なんかヘン。
糸井 俺も今はじめてそのことに気がついたよ。
当たり前のようにそういうことをしてるし、
でも普段のあっこちゃんは
そういうことをしている人ではないし。不思議だなあ。
ピアノがあると気持ちが変わるということなの?
矢野 ピアノの前に座ってると世界一自由、
というのは、ほんとうにそうなんだよね。
それで自分をわかってもらおうとか
人をねじふせてやるぞとか
そういう気持ちとかはなんにもなくて、
いちばん自由な気持ち。
糸井 よくさ、アフリカのドキュメンタリーとか見てるとさ
ひとりが「アダダダダルーダッ!」とか歌いだすと
みんなが追って歌いだすじゃない。
あの中にスッと入るときみたいな
……そんなようなことかね?
見当つかないね、僕らにはね。
誰かが広告作ってるとこのそばに俺が立っててさ、
「じゃあ俺がコピー書くよ」
って、そういうのもあまりないもんな(笑)。
……あ、わかった!
草野球見てたら『巨人の星』の星飛雄馬が
入ってた、みたいな!?
矢野 (笑)自然に?
糸井 自然に。
運動系のやつらって、やったりするじゃん。
もっとカラダなものなんだな。
矢野 あのさ、ヤな言葉なんだけど
「自然体」ってやつでしょう?
本来の意味でのナチュラル……ナチュラルボディ。
糸井 それ、まんまやんけー(笑)。
外国にいる人の言葉じゃないじゃない。
なまじさ、技量とかってことについて
批評的な目はすでにあるわけでしょう?
どれくらいの腕を持ってるかな、っていうのは、
それをやっている人どうしの判断って
あるじゃないですか。
「おお、コワイ!」
とかそういうのはなかったの?
矢野 ………………ないね。
糸井 おお(笑)。
矢野 勝とうとか、そこに勝負がぜんぜんないから、
だからいいんじゃない? 何にも力入ってない。
糸井 勝負の要素がないんだ、ぜんぜん。
矢野 ないんだよこれが。
そこに、自己顕示欲も、じつは、ないの。
糸井 自分は消えてて、自分の演奏があるみたいな?
矢野 音楽を発する素、みたいなものがあって
それがピアノの前に座ってるんだよ。
糸井 音そのものは発しているんだけど、
誰のものでもない、と。
矢野 そうだね。私のなかから出てくるんだけど、
出てきたものは、本来、矢野顕子に
誉れが帰するものではない何か、みたいな。
糸井 かっこいいなあ!
矢野 そうとしか言いようがないんだよね。
糸井 いまちょっとわかった気がしたよ。
俺ね、たまにね、これ誰が書いたんだろ、いいね、
って言ったら自分だったりするときがあるんだよ。
矢野 うんうんうん。
糸井 それって、すっげえナマイキな言い方に聞こえるけど、
俺がつくったつもりないんですよ。
で、ふと日常の自分にかえって
「あ、俺だよ、えらいな俺」
なんて誉めるんだけど、
思った瞬間はぜんぜん思ってないんだよ。
どうでもいいわけ。
でも、この言葉があってよかったなあ、
って喜ぶじゃない?
そんなとき、自分がない感じ。
矢野 結果としてはね。
でも、もっともっともっと、何か、
根源的なもののような気もする。
たとえば釣りをしててさ、
糸を投げる前まではさ、
今日は釣れるといいなとか、
あのへんに向けて投げようとか
とりあえず考えるわけでしょ?
で、キャストしてポチャンって入って
しばらく何も考えない時あるじゃない?
糸井 ある。たしかに。
矢野 あれ。
糸井 はあ!
矢野 引いてくると脳がとたんに動いて
自然にそこからは「こう来たらこう引くか」
とか出てくるけれど、その前までは
釣りをしている自分というのは……
糸井 瞬間、誰でもないっていうふうになってるよね。
矢野 実はあれなんですけどね。
糸井 いいねえ。それ音楽でできるのってね。
人と会うのって、戦いか仲間か、みたいな色分けが
最初からできているけど、
音楽って、自分を殺しちゃだめだし、
わがままに出したまんまで仲良くできるっていう
そういう力がある。それが、
今回のBeautiful Songsのテーマでもありますね。
あっこちゃん的に、今回のテーマになっている
「ソング」ということを説明するとしたら?
矢野 うーんとねえ、えーと……
人の話を聞くときにさ、聞く方法の一つとして
アクティブ・リスニングってあるじゃない?
ただボーッと向こうから来る音声を聞くんじゃなくて、
積極的な気持ちで、
「この人なに言ってるんだろう?
 次に何を言うんだろう?」
とか、そういう気持ちで、心を傾けて聞くと、
「それはこういうことなんでしょうか?」とか、
マジメにいい質問ができるじゃない?
そうすると向こうも、
この人真剣に聞いてくれてるなと思えば、
もっと真剣に話すっていう、
人の話をよく聞こう、という。
このコンサートでは、
お客さんにそれが要求されていると思うんだけどな。
金払ってそうしてもらおうという(笑)。
でもいま提供されている音楽の中では
それはぜんぜん行われていないでしょう?
垂れ流ししているのを耳にしていればいいわけだけど、
でも、今回の5人でやるコンサートはそうじゃない。
糸井 アクティブ・リスニングという言葉を
僕はいま初めて聞いたんだけれど、
とってもいいね。
あのね、僕、音楽だけじゃなくて、
ポピュラーミュージックもそうだけど
ポピュラリティーのあるものって全部
人がバカだ、っていう前提で
物として売っているような気がするんですよ。
つまり文章はちゃんと読んでくれないと思って書くし
こういうのは違うと思うけどみんなは好きだろうなと
思って売ったりしてるし。
矢野 うーん、悲しいねえ!
糸井 僕はそういう感じがするんですよ。
矢野 とくに日本がそうなんじゃないの?
だってアメリカでね、あんまりそれ感じない。
そういう人はいるよ。ある種の業界はそうだけど、
でもアメリカの底力って、
そうじゃない人たちが必ずそこにいる、
それがちゃんとわかることなんだよね。
糸井

取材されてるときでも、
「それ聞いてどうするの?」と思って聞いてるときって
お互いをバカにしているような気がするし
しかも大衆をバカにしているような気がするし
ひとりひとりを、読者とか送り手とか
バカにしあって成立しているメディアとか、
あるんですよ。
日本が、って言われると、たしかに日本って、
すごいよね。

矢野 それのいちばん顕著に出ているものが
……比べようがないことなんだけど、
私がたまに来日すると、国全体の印象が
すごくそれだと思うよ。
糸井 あるよねえ。
矢野 だからかわいそう、みんな。
糸井 俺もいま言葉にまとめてよくわかったけど、
ずっとそのことをね、いらだっていたような気がするんだよ。
この人にはちゃんとしゃべろうという人が、
そんなにいい質問をしてくれるわけではないんだよ。
聞こうとしててわかろうとしているということが
交流してるってことであってさ。
それさえあれば、「何食べたの?」でも
楽しいんだよね。
だから、簡単なことでもやり取りできるし
難しいこともやり取りできるんだっていう
前提が、今回のテーマに見えてきたよ、今!
矢野 それはよかった。
でね、すべてが薄っぺらい交流しかない、
交流とも呼べないような文化の中で、
若者たちが気の毒で気の毒でさ。
今の子たちは無気力でなんだのかんだの、って
いくらでも言えるけど、
私のコンサートに来ている人たちの顔を見ていると
けしてそうとは思えないんだよね。
糸井 思えない。
矢野 彼らは、ちゃんとおいしいものを食べれば
「うまいなーっ!」って言える気持ちは絶対あるの。
だけど、ほんとに不幸なことに、
そういう良いものを見るチャンスも、
教育もされてなくて、
そのためにまずいもんで我慢しなくちゃいけない。
それはかわいそうなので、今回、Beautiful Songsで、
「うまいもんって、こんなにおいしいんだよ」って。
糸井 ひとりひとりの子と会うと
みんなちゃんとしてるのに
大勢で会うと急に商品化させられてしまうというか
単なる客にさせられてしまって
切符モギってポンと渡せば済んだ、
みたいな形になりますよね。
その構造を変えるのが今の時代にいちばん重要なんだろう。
僕が「ほぼ日」やっているのも
その気分なんだと思うんですよ。
大勢の人が大勢じゃなくて、
一人ずつの集まりなんだ、そういう気分なんだね。
今回のコンサートもそれだよね。
で、なによりも集まった5人が、
それを完全にできるっていう自信があって
集まっているから、楽しみだね。
矢野 そうだね。
糸井 たまたま最近カリカリ怒ってることがあって、
その怒りのもとは「読者をなめんなよ」なんだよ。
おまえの態度が読者をなめてるし
読者がバカになっていくし
それの循環になるじゃねえか、
っていうので怒ってるんです。
怒りっぽくなってるんだ最近。
矢野 いやあ、わかるよ。
私も日本に行くといつも怒るのね。
それと同時に無気力になっちゃう。
悲しいっていうか、力、抜けちゃう。
糸井 とくにメディアがらみがだめだよ。
おっきいメディア使ってるひとたちが。
これちゃんとしゃべって録音したほうがいいんじゃないの、
と言っても、うなずいておしまいにしようとしちゃう。
矢野 愛がないのよ、ほんと。
糸井 それって自分を愛してないんですよね。
自分が安いんですよ、すごく。
だからいいやいいやでごまかしちゃう。
これは啓蒙コンサートではないけれど
その気分だけは、何だか知らないけど味わえた、
ってなると、いいなあ。
矢野 そうだね。
糸井 コンサートそのものではなくて
もうちょっと具体的に楽しみなことってありますか。
矢野 やはり、糸井新曲ですね。
糸井 は、はい!
矢野 曲をつける瞬間がいいなあ、と思ってるんです。
糸井 言いわけをしますと本当はできてるんです。
そのままになってるんです。
やります。
今の言葉は人をジャンプさせるものがあります、
ありがとうございます(笑)。
矢野 なるほど(笑)。
糸井 具体的だったなあ。
ほ、ほかにないですか?
矢野 みんな一緒に歌うっていうのも、
私はほぼほかの4人と経験しているんで
それ自体楽しいっていうのわかってるんですけど
わたしピアノ弾きとしても演奏するの楽しみです。
糸井 なんか、わくわくしてくるね。
会場ごとにぜんぶ違う日になりそうだね。
矢野 やってるうちにね、
「この曲もやらない?」
とか、そういうのも絶対出てくるとおもうんだ。
それも楽しみだな。
絶対やってくうちに、みんな昂揚していきますよ。
糸井 面白い組み合わせだなあ。
じゃ、ま、そういうことで。
僕は非常に面白かったですから
この会話をそのまま、大勢の人に伝えたいと思います。
矢野 うん。
糸井 それじゃ、ね。

2000-06-01-THU

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