貴金属の品質を証明する刻印
「ホールマークス」のお話。

 〜 ザ・ゴールドスミス・カンパニー 訪問〜

text : Ayako Iseki
photography : Alice Rosenbaum

現在のイギリスの代表的なホールマークス例。
左側は手打ち、右側はレーザーによる刻印で裏面の凹凸が少ない。好きなほうを指定できるそう。

ロンドンのセント・ポール大聖堂のすぐそばに位置する
ザ・ゴールドスミス・カンパニー
このたび、ほぼ日で販売がスタートする
「つばめのブローチ」とこの会社は、
じつは深い関わりがあるのです。

ジュエリーに限らず、
金、銀、プラチナといった素材100%でできた品物に、
その貴金属の種類や、純度を示す刻印が
入っているのを見たことがありますか。

イギリスでは、法律で定められたこれらの刻印を
ホールマークス(hallmarks)と呼び
なんと700年もの歴史があります。
ザ・ゴールドスミス・カンパニーは、
イギリスで最も古い貴金属の監査法人です。

時は1300年、
イングランド王エドワード1世の時代に遡ります。
当時、粗悪な金銀製品が出回っているのを
なんとかしなくては、と考えた王は、
1. 消費者を守る
2. 製造業者同士の公平さを保つ
3. 市場の安定と成長を促す
という3つの目的から、一定基準の純度以上の
金銀製品しか販売してはいけない
というおふれを出しました。

それを受けて
ザ・ゴールドスミス・カンパニーが設立され、
カンパニーの監査人たちはロンドンの工房をまわり、
金銀製品の純度をひとつひとつチェックしました。
検査に合格した製品には、その場で
イングランド王の印である
豹(ヒョウ)の顔のマークを刻印し、
不合格の製品は、厳しく廃棄・没収処分となりました。

1478年には、工房の数が増えて
監査人が一軒一軒出向くことはできなくなったため
ザ・ゴールドスミス・カンパニーの建物内に
アセイオフィス(Assay Office)と呼ばれる
鑑査室が設置されました。
それ以降、職人がアセイオフィスへ製品を持参し、
ホールマークスを刻印してもらう、
という手順に変わったということです。

アセイオフィスの刻印を持つ品は
品質のしっかりした製品として
安心して購入できるとともに、
その品物を制作した工房、貴金属の種類と純度、
検査を行った監査会社、時にはその検査年まで、
消費者へ明確な情報を与えてくれます。
「つばめのブローチ」にも、
ロンドンのアセイオフィスによる
こうしたホールマークスが刻印されています。

それでは実際に、ザ・ゴールドスミス・カンパニーを
ちょっと覗いてみましょう。


建物の入り口。ザ・ゴールドスミス・カンパニーは
イギリス君主からロイヤル・チャーター(勅許)を授けられた特別法人であるため、
紋章にイギリス王家の象徴であるユニコーンが使われている。

門の真上にはイングランド王のシンボル、豹の顔。

ザ・ゴールドスミス・カンパニー
アセイオフィスの技術教育責任者、デイビッド・メリーさん
──── はじめまして。
今日はアセイオフィスの見学をさせていただける
とのことで、ありがとうございます。
デイビッド どういたしまして。
今からいくつかの部屋をご案内しますが
質問があれば何でも遠慮なく聞いてください。
──── はい、よろしくお願いします。
あっ、ジャケットにつけていらっしゃるのは
「豹」の顔ですね。
デイビッド そうです。
これは、ザ・ゴールドスミス・カンパニーの社員章です。
ではまず、アセイオフィスの一般窓口を
ご覧にいれましょう。
こちらへいらしてください。

銀行の受付カウンターのように、写真の右側にガラス板を挟んで受付スタッフがいる。
防犯のためその部分だけ撮影はできないとのこと。
デイビッド 刻印を希望される製品はまずここへ持ち込まれます。
数は、1日平均12,000個ほどです。
──── そんなにあるんですか。
デイビッド はい、郵送による受け取りもしていますから
相当な数です。
バーコード登録ののち、すぐに仕分けされます。
そして、検査室へと運ばれます。

持ち込まれた貴金属製品の荷物を開封する職員。
デイビッド これは国によって違いますが、
イギリスでは、販売の際にホールマークスが
義務付けられている貴金属は現在
金、銀、プラチナ、バラジウムの4種類です。
プラチナは1975年から、
パラジウムは2010年から検査対象となっています。
ちなみに、1950年より前に作られた品であれば
ホールマークスが刻印されていなくても
違法にはなりません。
──── 先日、私のジュエリー職人からも、ここへ
この「つばめのブローチ」が持ち込まれ、
ホールマークスを打っていただきました。
(ブローチを見せる) 
デイビッド そうですか。では、せっかくですから、
そのつばめのブローチを使って、実際に
うちでどのように検査が行われ、刻印がなされたかを
説明していきましょう。
──── ありがとうございます。
デイビッド 次はこちらの廊下へ。
壁に、ホールマークス例の写真が貼られています。
デイビッド これらの記号は、「London Assay Officeにより作られた
925シルバー製の品で、2006年にロンドンで
検査合格している」ということを表しています。
左から、スポンサーズマーク(工房/ブランド印)、
銀であることを示すライオン、その純度、
検査が行われた都市のマーク、年号マークです。
イギリスのアセイオフィスは、現在
ロンドン、バーミンガム、エディンバラ、シェフィールド
の4都市にひとつずつあり、
豹のホールマークを刻印できるのは
ロンドンのアセイオフィス、つまり
ザ・ゴールドスミス・カンパニーのみです。
他3都市のアセイオフィスも、
バーミンガムだったら錨、エディンバラなら城
というふうに、独自のシンボルマークがあります。

都市ごとのアセイオフィスのシンボルマーク。
──── ロンドンは他3都市のアセイオフィスを
統括する本部なのですか?
デイビッド いいえ、おのおの独立した経営形態をとっています。
法人組織としてのつながりはありません。
ですが、法律に基づいて同一基準による
貴金属検査を行っています。
──── なるほど。
デイビッド さあ、では貴金属の検査室へ参りましょう。
デイビッド つばめのブローチを貸していただけますか。

つばめのブローチを持つデイビッドさん。
デイビッド 当社では、職人と機械の両方で金のクオリティを  
チェックします。まず、職人の手による原始的な
検査方法を説明しますね。 
ここに、黒い石があります。
まずこれに、製品をこすりつけて線をひきます。 
──── 何という名前の石ですか?
デイビッド ベイサナイトという岩石です。
このように、金がすこし削れて石に付着します。
デイビッド そして、ここにある、いろんな純度の金の棒の
中から、近い種類と思われる1本を選び
同じくこれをベイサナイトにこすりつけて
隣に線を引きます。
このブローチは9カラットくらいのようですから
9カラットの金の棒で線を引いてみましょう。
デイビッド これら2本線に、今から9カラット用の薬液を
ひとしずくずつ垂らします。

右奥に並んでいるのが、濃度の異なる薬液。
デイビッド それから、紙で薬液を拭き取ります。

デイビッド 見てください。
9カラットの金の棒の線は完全に消えましたが
つばめのブローチの線のほうは残っていますね。 
これは、ブローチが、9カラットではあるけれど
当社のスタンダードよりもやや高い純度であるため
完全には薬液に反応しなかったことを意味します。
こうやって、まず手作業の段階である程度
素材を見分け、確認するのです。
──── なるほど。
でも、金の棒と薬液のチョイスには
経験が必要ですね。
金といってもぱっと見ただけでは
本当にいろんな色がありますし、
古さによっても。
      
デイビッド そういうことなんです。
次は、機械による検査方法もご紹介しましょう。

デイビッド これは、X線を金の表面にあて、
発生したエネルギー強度から元素を分析する機械です。
つばめのブローチを中央の検査カメラの上に
置いて機械の蓋を下ろします。

機械の右隣のモニター。左上につばめの翼が写っている。
その下には、自動的に計測された金の成分の内訳が表示されている。
デイビッド さきほどの薬液での結果と同じように、
こちらの機械の数値を見ても
やはり通常の9カラットの金より、
金の純度がすこし高めになっていることがわかりますね。
   
──── つばめのブローチを制作したジュエリー職人から
聞いたのですが、アセイオフィスの厳しい検査に
確実に合格するために、貴金属の純度は
基準値より若干いつも高めにして
品物を制作している、とのことでした。
デイビッド ええ、プロの職人の方々は
その辺りはしっかり調整されてから
製品を持ってこられますね。
では、最後にホールマークの刻印作業の様子を
ご覧にいれましょうか。
彼女に担当してもらいます。うちのスタッフの
キャンディス・ディヴァインです。      

キャンディスさんと、デイビッドさん。
若い職人が少ないなか、キャンディスさんはロンドンのアセイオフィスのホープなのだそう。
──── はじめまして。
キャンディス はじめまして。
ブローチと刻印を拝見するかぎり、
実際、私が打ったものだと思います。
──── そうでしたか!
キャンディス では、どうやって刻印するのかをお見せしますね。
こんな感じです。
キャンディス つばめのブローチは、レーザーではなく
伝統的な手打ちで刻印を入れさせて
いただいています。
──── 力加減がものすごく難しそう‥‥
キャンディス 訓練で、できるようになります。
  
──── すごいですね。   

改めて見せていただいた刻印のディテール。
──── 今日は丁寧に解説をしてくださり、
本当にありがとうございました。
とても勉強になりました。
デイビッド どういたしまして。
楽しんでいただけたようで何よりです。
玄関までお送りしましょう。
──── (別室を通り過ぎる途中で)
あのう、この壁に貼ってあるイラストの横姿は
エリザベス女王ですよね。
デイビッド ええ、そうなんです。
2012年のダイヤモンド・ジュビリー
(エリザベス女王の即位60年記念)には
その年限定でこのホールマークを
イギリスのアセイオフィスの皆で使ったのですよ。
      
──── そうでしたか。そんな刻印が入ったものは
特別な品になりますね。

建物の玄関まで送ってくださったデイビッドさん。
右は今回の取材をアレンジしてくださった、ザ・ゴールドスミス・カンパニーの
マーケティング・マネージャー、シャーロット・ターナーさん。
──── 改めて、ありがとうございました。
デイビッド こちらこそ。
イギリスのホールマークスを日本の皆さんに
紹介していただけるのは嬉しいことです。
記事を楽しんでいただけますように。

 
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