2012年のインタビューはこちら
おおすぎ・やすのぶ

1977年 神戸に生まれる。
1996年 岡山県備前陶芸センター入所
1997年 備前焼作家・正宗悟氏に師事
1999年 伊賀土楽・福森雅武氏に師事
2006年 丹波市山南町に登り窯を築く
2007年 初窯






2014年のインタビュー(その1)今の環境、ありがたいな。

「ほぷらす」に出させてもらったのは、
前回、2012年がはじめてでした。

そのあと、
いろいろなところから仕事いただいたり、
台湾のギャラリーからも注文があったり。
「ほぼ日」効果。(笑)



そういうところから、またさらにつながって、
僕のうつわを置いてくれるところはふえてます。
少しずつ、つながっていくことが、ありがたいです。

このへんのお店でも、
喫茶店とか、レストランとか、
僕のうつわを使ってくれてます。

展示会もふえました。

神戸で展示会をやったときに、
ガラスの作家さんと知り合ったんですよ。

僕より3つぐらい下の人やけど、
よくよく話、きいてみたら、
小学校時代の同級生の弟やったんです。



そこからちょっと仲良くさせてもらって。
で、この間、展示会やったとき、
「ちょっと、フタ作ってくれへん」言うたら、
「いいよ」って。

それで、ガラスのフタのうつわが、
できたんです。

なんか、そんなふうに、
つながって、ひろがっていくのが、
うれしいですね。



夏に、震災ボランティアみたいなことで、
東北へ行ったんです。

宮城の名取市の、閖上(ゆりあげ)地区。
津波で、大変だったところです。

陶芸教室を、やったんです。
2日間で、仮設住宅を3か所回ったんです。

実際行ってみると、やっぱり違うな、と思って。
津波の来たところと、来てへんところの差がすごい。
車で10分行ったら、もう普通の町やし。

大勢で行ったボランティアを、
迎えてくれる世話役の人がいるわけです。
その人たちと、
晩に慰労会というか、
集まってお酒飲みながら話しました。



すごいなと思ったのはね、
世話人さんで、
津波で奥さんと娘さんが
亡くなった方がいたんですよ。

大変やと思うんです。
いきなり、独り身になったわけですよね。
そんな人が、
明るくみんなを盛り上げたりしてる。

そんなすごい人と出会えたのも、 
ええ経験やったな、と思ってます。



今の生活、ありがたいな、と。
やきもの作れて、
それを使おうと思って買うてくれる人がおって、
で、また作りたいものを作れる、
そういう環境はありがたい。

作るものは、いまのところ、
変わってないですけどね、そんなに。

ただ、いろんなことがしたいなと、
いろいろ、試してみたいな、とは思ってます。
思考錯誤中、です。



(次回につづきます)
2014-02-25-TUE


  次へ  
メールをおくる ツイートする ほ+トップへ
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN