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── 日々譚さんが、古着のシャツを使って
かっぽう着をつくりはじめた
きっかけからうかがえますか。
日々譚 きっかけというと、
いろんな要素があるんですが、
直接のきっかけは、一冊の本なんです。
森南海子さんという
昭和の服飾デザイナーの方の本で。
── モリナミコさん。
日々譚 森南海子さんは、ミシンが全盛期のときに
手縫いのよさに着目して、それを広めた方で、
既製服を別の形に仕立て直すことを
「リフォーム」と名づけた人でもあるんですけど、
その方の本に、
「ワイシャツをリメイクしたかっぽう着」
というのが載っていたんです。

その本を見たのが、ちょうど自分でも、
古着を利用してなにかできないかなと
思っていたときで、
シャツもあるし、これをつくってみようかな、と。
それでなんとなく自分流にアレンジして
1着つくってみたのが最初なんです。
── 日々譚さんにとって、
かっぽう着は身近なものだったんですか?
日々譚 いえ、ぜんぜん(笑)。
もともと、かっぽう着そのものへの思い入れが
あったわけではなくて、
シャツをなにかにつくりかえるということに
興味があってはじめたことなんです。

もう少しさかのぼってお話しすると、
わたしは服飾の勉強をしたんですけど、
ファッションって、すごくサイクルが早くて、
大量生産で大量消費、みたいなことに、
ずっと疑問を感じていたんですね。
ものづくりは好きだけど、
それは自分の進むべき方向と違うというか、
気持ちがしっくりこなくて。
── 流行を追って、ということではなく。
日々譚 そうなんです。自分自身は、もっと、
ものを大事にしたいという思いもあって。
そういう自分の生活のなかでの思いと、
ファッションを仕事にした場合の
ものづくりが一致してこない感じがして、
そのままファッションの道に進むかというと、
そうじゃないな‥‥って。
それで古着に関心が向かっていて、
その流れのなかでたまたま出会ったのが
かっぽう着だったんです。
── なるほど、なるほど。
日々譚 それまではわたし、かっぽう着どころか、
エプロンもあまりしてなかったんですが、
せっかくつくったんだから、と思って
着てみると、おどろくほど着やすくて。
それに、着るだけで
なにか自分の気持ちが変わったんです。
それが、すごくおもしろくて。
── 気持ちが変わった、というと?
日々譚 家事に対してやる気がでるというか(笑)。
── へぇー(笑)。
日々譚 気持ちが引き締まるというか、
なんでも来い、みたいな気持ちになって(笑)。
着るだけで、気持ちが仕事に向かうのが不思議で、
かっぽう着って、いいなと思っていたんですね。
── ええ、ええ。
日々譚 最初はそうやって実験的につくったものを
家で来ているだけだったんですが、
その頃、ドーナツやさんを
お手伝いをすることになって、
もう1着、お店用のかっぽう着をつくったんです。
── 2作目のかっぽう着を。
日々譚 はい。それを着て仕事をしていると、
お客さんの目にとまって、
「それ、つくったんですか」とか、
「いいね」とか、声をかけてもらうようになって。
── あぁ、わかります。
かわいいし、ほかにない感じがするから。
日々譚 「もっとつくったら売れるんちゃう?」
とかいってもらったりして(笑)。
それから、人のためにつくる、
自分が着る以外のものをつくることに
考えが移っていったんです。
── じゃあ、それから本格的にかっぽう着を。
日々譚 本格的につくるようになったのは、
まだ1年くらい先なんですけど、
しばらくして、自分の個展で
かっぽう着を何着か展示したんですね。
そのとき、かっぽう着に
関心をもってくれる人が多くて、
今度は、かっぽう着だけの展覧会を
友人のちいさなお店でやることになったんです。

それが今から2年ちょっと前のことなんですが、
たくさんの人が来てくださって、
展示したかっぽう着も、完売みたいな状態になって。
── すばらしい。
日々譚 ないので今度はオーダーしてくれる人が出てきて、
それがいまもずっと続いている感じなんです。
── いまは、かっぽう着が
メインのお仕事になっているんですね。
日々譚 そうなんです。
わたし、服飾を勉強する前に、
もともとは美術を、彫刻を勉強していたんですね。
彫刻といっても、
パフォーマンスみたいなことをやっていたんですが、
その頃は、作品というと、
自分をどう表現するかとか、
自分からなにかを発信する、ということで、
人に求められてつくるとか、
そういうことはあまりしてこなかったんです。

それが、かっぽう着をつくるようになって、
人とキャッチボールしながらものをつくる感じが、
自分自身すごくたのしくて‥‥。
こちらがなにかを出して、それに対して反応があって、
それにまたわたしが返していくという、
呼吸をしながらつくるような状態がとても心地よくて、
いまもずっと続けている状態なんです。
── 彫刻とパフォーマンスとファッションと‥‥
日々譚 けっこう長いこと学生をしていたんです(笑)。
服の勉強をしているときも、
アートとファッションのあいだで
模索しているようなところがあって、
オランダに4年間留学して。
── ファッションの勉強はオランダで?
日々譚 はい。なぜオランダだったの? って、
よくいわれるんですけど、
オランダって、パリやイタリアみたいな
華やかさはないんですけど、
斬新な考え方をするところで、
古いものを再構築するというか、
わりと新しい考え方をするところなんです。
── 「古いものを再構築」って、
日々譚さんのかっぽう着もまさにそうですね。
かっぽう着という昔ながらの日本のものが、
デザインの力で、洋服みたいに
おしゃれに生まれ変わるのが
すごく新しい気がします。
日々譚 奇抜なことはなんにもしていなくて、
たぶん、どこにでもあまっているだろう服を使って、
みんなが知っている服の形で。
そういうところに逆に驚きがあるというか、
おもしろさがあるんじゃないかと
自分では思ってるんですけど‥‥(笑)。
見る人が、自分の日常とつなげて考えられるっていう。

かっぽう着に限らず、
奇抜なことって、パッとおもしろいけど、
日常とかけ離れてしまうとやっぱり‥‥
── 生活のなかには
入ってこないかもしれないですね。
日々譚 そうなんですよね。
わたしのつくったかっぽう着を見て、
あ、着たいなと思ってもらえるなら
もちろんうれしいし、そうでなくても、
家にあるシャツをこうしたらいいのかな、って
アイディアにしてもらったり、
なにかをつくるきっかけになるのでも
うれしいなと思うんです。
── かっぽう着を拝見しながら、
すこしデザインのことをうかがえますか。
いろんな柄、デザインがあって、
ひとつひとつ表情が違うのが、
とても魅力的なんですけど、
きっと、基本のデザインというのが
あるんですよね。
日々譚 そうですね。
つくりはじめて最初の10枚くらいは、
いろんな形でつくっていたんですけど、
だんだん、着やすさと、
つくりやすさとのバランスで
いまの形に進化してきたんです。

基本のデザインというか、構造は、
ベースになっているシャツを、
腰のあたりで切って、
下の部分を180度回転させているんです。
── あ、一枚のシャツを途中で切ってるんですね!
気づきませんでした(笑)。
日々譚 もともとはシャツの形をそのまま使っていたんですけど、
座るときに、後ろにスリットが入っていたほうが
座りやすいんですね。
それで、シャツの下の部分は前後を逆にして、
別の生地でエプロンをつけてるんです。
ここは布が二重になっているので、
水がはねたりしても服までしみにくいんですよ。
── 水仕事をするときに助かりますね。
エプロンは、ひもで結んで?
日々譚 このかっぽう着は、
前が開くようになっているんですけど、
かぶる形のものと、前が開くものと
2種類あるんです。
もともとは、かぶる形のものだけだったんですけど、
年配の方はかぶるのがしんどかったりするので、
前が開くようにつくる、いい方法がないかな、
というのは、しばらく前から考えていて、
最近、あ、これなら、という形ができたんです。
── なるほどなるほど。
で、袖口にはゴムが入っていて‥‥
日々譚 シャツって、生地はしっかりしていても
カフスや衿元が汚れたり
すり切れたりしていることが多いので、
袖口は、カフスをとってゴムを入れて、
衿は、切り落としたり、
そのシャツによって
元の衿をいかしているものもあります。
── タグのところに入ってる数字はなんですか?
日々譚 つくった順番で、通し番号を入れてるんです。
── あ、作品番号ですね。
これは、317番め‥‥
いまは何番くらいまでいってるんですか?
日々譚 いちばん新しいもので、330番くらいですね。
── はぁー、すごいですねぇ。
で、背中にはループがついていて。
日々譚 台所とかで、ちょっと掛けておくときに
便利なんですよ。
── 実用の面でもいろいろ使いやすそうですが、
ステッチとかアップリケみたいな、
ちいさい手仕事の部分が、また素敵ですね。
日々譚 ものすごい手仕事の、
というものでもないんですけど、
ぜんぜん奇抜なことをしていないのに、
人が「いいな」と思ってくれたり、
着る人が喜んでくれるというのは、
こういう、ちょっとしたちいさなことだったり。
── グッときます。
日々譚 そうですか(笑)。
わたしもほかのものを見ていて思うんですけど、
人が時間をかけてつくったものとか、
その人の考えがそこにあらわれているようなものに
なにか心惹かれるというのは、ありますよね。
── ほんとにそうですね。
オーダーでかっぽう着をつくるときは、
これを基本の形にしつつ、
また、オーダーする人のリクエストをきいて
つくられるんですか?
日々譚 全体のイメージは、
お会いできたときは、その方の印象とか、
ふだんどういう服装をするかを聞いて考えます。
あとは細かな、
エプロンの丈はどれぐらいにするかとか、
ひもがついてたほうがいいですかとか、
ポケットはどうしましょうか、とか、
そういう好みを聞いて、ですね。
── そうすると、服をオーダーするときのように
生地を選んでとか、そういうことではなく、
全体のデザインはおまかせで。
日々譚 そうですね。
ある程度、雰囲気をわかって
オーダーしてくださっているというのと、
素材ありきのものでもあるので、
青いシャツで、とか、赤いこんなので、
という希望にすべて添うのは、
むずかしかったりもするので。
── たぶん、オーダーをする人のほうでも、
「服をオーダーする」というより、
「作品を買う」という気持ちに近いんでしょうね。

この、ベースになっているシャツは、
どうやって集めているんですか?
日々譚 展覧会のときなどに、回収を呼びかけて、
不要なシャツを持ってきていただいたり、
多少、古着やさんで
購入しているものもあります。
── シャツはメンズ、レディス、どちらもでも?
日々譚 どちらでもできるんですけど、
かっぽう着って、服の上から着るものなので、
すこしゆったりしているほうがいいんですね。
なので、大きいサイズの、
男もののシャツとかが多いです。
── なるほど、男性のワイシャツとか。
日々譚 隠れコンセプトというわけじゃないんですが(笑)、
ワイシャツって、
いわゆるビジネスマンのイメージがありますよね。
外での仕事を象徴するような。
それが、正反対のことというか、
かっぽう着という
家のなかのことを象徴するようなものになって、
キリッとしていたものが、
急にやわらかいものになるという、
その切り替えがおもしろいなと思って。
── うんうん、ほんと、おもしろいですね。
外での仕事着と、家での仕事着と。
あの、かっぽう着というと、
着る方はやっぱり女性が多いんでしょうか。
日々譚 そうですね‥‥
わたしも女性を想定はしてるんですけど、
ただ、気持ちとしては、
女性だけじゃなく、男性にも
着てほしいなと思ってます。
── 男性にも似合いそうな
デザインのものもありますね。

でも、自分の着ていたシャツを、
こういうふうに生かしてもらったら、
うれしいでしょうね。
思い入れのある「このシャツ」で
かっぽう着をつくってほしいとか、
そういうオーダーもあったりしますか?
日々譚 そういうこともあります。
ひとつ、うれしかったのが
亡くなられた方のシャツで
ご家族のかっぽう着をつくったことがあって、
それを着たときに、
「みんなが軽い気持ちになれた」と
いっていただいたんですね。
みんなが悲しい思いでいるときに、
その人のものがよみがえることで、
軽くなれるということがあるんだなぁと思って、
それがすごくうれしかったです。
── あぁ‥‥いいですね。
日々譚 また別の方ですけど、
亡くなられたお父さんのシャツで、
ご本人とお母さん、お嫁さんと妹さん、
女性4人が、初盆のときに着る
かっぽう着をつくってほしいと
オーダーをいただいたことがあって。
── それも素敵ですね。
日々譚 そうなんです。で、そのとき、
10着シャツを持ってらっしゃったんですね。
ふつうだったら、4つのかっぽう着をつくるのに
必要なシャツは4着なんですけど、
もう、10着全部使いたい、と思って、
ふだんは別の生地を使うエプロンの部分にも、
そのときはじめて、シャツを使ってみたんです。
それでいま、エプロンの部分にも
シャツを使ったりしているんですけど、
そんなふうに、自分から発想するだけじゃなくて、
頼まれたことで、新しいアイディアに
つながるということがけっこうあります。
── そうですか。
日々譚 わたしのやってることって、
基本は組み合わせているだけなんですね。
あるものをどういうふうに組み合わせていくか、
どこになにを配置して、組み合わせていくか。
ものとの出会いで、生まれてくるというか。
それは素材のことだけじゃなくて、
人に対しても同じことがいえるんです。
人との出会いがあるからこそ
生まれてくるものがあって、
全部自分でつくりあげていくというよりは、
人と、素材と、わたしと‥‥
それぞれを配置していくという感じなんですね。
やりながら自分でも発見があるし、
こういうものづくりの方法は、
自分に向いているなとあらためて思います。
── さいごに、「日々譚」という名前の由来を
うかがえますか。
日々譚 「日々譚」というのは、
生活に根づいたものづくりを大事にしたいと
思ってつけた名前です。
「譚」って、「物語」という意味があって、
自分の毎日の暮らしのなかから
生まれるものづくりでもあり、
それぞれの日々の物語の一部になるような
ものをつくっていきたいという思いを込めて。
── かっぽう着も、
日々の生活を大事にするためのものですね。
日々譚 わたし、自分が生きていくうえで、
「食」がとても大事だなと思っているんですね。
ただ単に、食べて栄養を摂る
ということだけじゃなくて、
食べることは全部につながっているという感覚があって、
「食」を大事にしたい。
だから、かっぽう着も
「食」にかこつけたいなと思っているんです。
── 日常的に大事にしていることと、
作品がリンクしているんですね。
日々譚 そうですね。かっぽう着は、
たまたま出会ったものではあるんですけど、
結果的に、彫刻や服飾の勉強をしながら
自分がこれまでやりたかったことが
ここにある、というのはすごく思ってるんです。
服のなかでも、より日常に近いもので、
外に出ていくおしゃれのためのものというよりは、
生活をたのしむためのもの。
これを着ることで、気分が切り替わるんだけど、
おしゃれをして別人のようになってみるとか、
そういう切り替わりじゃなくて、
逆に、自分自身でいられるというか。
着てくださる方にとって、
そういう服になったらいいなと思っています。


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