ほぼ日刊イトイ新聞 フィンランドのおじさんになる方法。

第58回 「これが、田舎の幸せだよ。」 ──タパニさんとマイリスさんのこと。──

タパニさんとマイリスさん夫妻の仕事は、養豚業。
25キロの子豚を預かり、125キロになるまで、約100日。
1日に約900gずつ大きくなる豚たちの世話を、
1回に640匹、それを1年に3回くりかえし、
年に2000匹近く育てあげるという仕事です。
夏は、それに加えて、100ヘクタールの農地で
オーツ麦や大麦など、飼料用の作物を育てています。

「夏はね、太陽が出ている間は、
 ずっと働いているんだよ」
という、おふたり。
冬はそれがないぶんちょっとラク、といいますが、
いのちあるものを育てる仕事、
きっとたいへんだろうと思うのです。

取材をさせていただいたのは、ちょうど、その端境期。
豚たちが巣立ったばかり、ということで、
豚舎はからっぽの状態。
ふたりもちょっと一息、というような頃でした。

それにしても──、「らしくない」のです。
そもそもフィンランドの人って、
たぶん日本の人よりもずっと、
職業を離れたときの顔こそが「その人そのもの」。
趣味に生きているときに、
その人がどんな職業なのだろうかとか、
そもそも、まったく想像ができないのです。
そんななかにあってタパニさんとマイリスさんは、
とりわけ、わからない。
ある意味都会的だし、
と思うと田舎大好きという感じでもある。
奥さまのマイリスさんときたら、まわりの人から
「きみの奥さん、イタリア人?」
って言われることがあるくらい、
とびぬけて明るい人だったりして、
ご主人のタパニさんにいたっては、
力仕事があまり似合わなそうな
(なんて言ったら失礼ですけれど!)
やさしくおっとりした印象。
このふたり、職業的な疲れであるとか、苦労であるとか、
そういうものから
まったく無縁のように思えるのです。

「農家には休みがない?
 そんなことは、ないよ。
 フィンランドには、
 年間、50日、代理の人にまかせて
 休むことができる制度があるんだ。
 その代理の人を“ロミッタヤ”といってね、
 ちゃんと専門教育を受けたプロが
 住み込みで来てくれて、家畜の面倒を見てくれる。
 4軒の農家で、ひとりのロミッタヤを頼んでいるから、
 そのひとも、1年を通して仕事がある。
 賃金は、あらかじめかけている
 農家用の保険から出してもらう。
 だから、そうだな、月に4、5日は
 まとめて休みをとって、
 ふたりで出かけることにしているんだよ」

たとえば、ローマで誕生日を祝うだとか、
ブルガリアに小旅行に出かけるだとか、
さすがヨーロッパ、そんなことも可能なんだそうです。
じっさい、その“ロミッタヤ”のかたが
家に来てくれるときは、
ふたりとも、家にいたことが、ないのだとか。
もちろん、お出かけはふたりでいっしょに。

「そうして数日家を離れて戻ってくると、
 とっても元気になっているものなんだよ」

ふたりが出会ったのは、
タパニさんが17歳、
マイリスさんが15歳のときのことです。
タンペレ生まれのマイリスさんに一目惚れをした、
キヒニオ生まれのタパニさん。

「彼女の目に、魅かれたんだ。
 そのときの気持ちを今でも覚えているよ‥‥」

「彼は、わたしみたいな宝物を、
 うっかり見つけてしまったのね」

‥‥あの、そんなに、のろけられても‥‥。

「ちなみにわたしの両親はキヒニオ出身なの。
 祖母は農家だった。
 そんな縁もあったのかもしれないけれど」

タパニさんの家も、さかのぼると、
なんと1648年から母方の係累がこの地にいたのだそう。
たしかにキヒニオがむすんだ縁なのかもしれません。
で‥‥ふたりはどんなふうに、むすばれたのですか?

「もちろんアプローチは、彼のほうからよ!
 わたしは、最初は‥‥ふふふ」

「彼女、最初はまったくなびかなかったんだよ!
 いちど断られて、
 1年たって、またアタックして、
 ようやくOKの返事をもらったんだ」

なるほど、押しの一手だったんですね。
そして結婚したのは、タパニさん25歳、
マイリスさん23歳のとき。
ふたりで学校に通い、短期コースで
畜産農業の勉強をし、
ふたりでキヒニオに居をかまえました。
そこから50代の現在にいたるまで、
ずっと畜産農家ひとすじです。

「もう3年したら、引退を考えているんだ」

というタパニさん。
フィンランドの農家は、
後継者がいることを条件に、
56歳になったら引退をすることができるんだそうです。
それからは社会保障も受けられて、
いわゆる「第2の人生」が待っている。
「定年」という考えかたが
農業の人たちにもきちんとあるのですね。

後継者は、娘さん。
いまはクオピオというまちで、
青年指導員をしているご主人と暮らしているそうです。

「娘は、ちいさいころから手伝っていたし、
 いずれ継ぐことはわかっていたんだけれど、
 同時に、二世代で仕事をする必要はないだろう?
 ぼくらが引退するまでは社会に出て、
 いろんな勉強をすることで、
 また、ちがった目で見られるようになるしね」

タパニさんとマイリスさんの畜産は、
なんと、ブリュッセルのEU本部から視察がくるほど、
優秀なものなんだそうです。
フィンランドの代表として、
8万軒の農家から、たった4軒選ばれた、そのひとつ。

「畜産の仕事でいちばん大切なのは、
 “ようすを、ずっと、見ること”なんだ。
 いまの時代、給餌はコンピュータ制御だけれど、
 健康管理に気をつかい、
 掃除をきちんとして清潔にたもち、
 おやつに干し草をあげたりする、
 そういうことは、見ていないと、わからないからね」

ふたりは、仕事の話をするのでも、
家族の話をするのでも、
幾度となく顔をあわせて、にこにこ。
仲がいいなあ‥‥!

タパニさん、マイリスさん、
フィンランドの人は、定年後、
あたたかな南ヨーロッパに移住をしたりするひとも
多いと聞きますけれど、
おふたりは、どうですか?

「定年。まるで青春が戻ってくるみたいだよね」

「たしかにふたりで
 旅行をするのも楽しいでしょうね。
 けれど、基本的には、
 この自然のなかでゆったりしていたいな」

「そうだな、おじいちゃん、おばあちゃんとして、
 孫に自然のすばらしさを教えてあげたいよね」

「そうね‥‥ずっと健康でいられれば最高よね」

「そう。年をとるにつれて、
 ちいさなことで、幸せを感じるようになるんだよ。
 太陽がのぼる。
 おいしいコーヒーが淹れられた。
 鳥のなき声がする」

「白夜が来た」

「8月になると、それがおわり、月が出る」

「そう、夜が戻ってくる。
 ロマンチックよね」

「そして春になると
 つばめがもどってくる。
 これが、田舎の幸せなんだよ」

なんだか、あてられっぱなしの取材でした。
次回は、カラヨキという北の町で出会った
「ミッコさん」というおじさんを紹介します!

2012-05-27-SUN
takei

とじる

ヴェシラハティ ヴェシラハティ タンペレ キヒニオ タンペレ キヒニオ オリヴェシ オリヴェシ ピエクサマキ ピエクサマキ