「あぁ、もう、ここまでできたんだ‥‥。
こうなると、ちょっと、うらやましいかも(笑)」
いきなりですが社長の登場です。
この日の帽子教室、
授業開始とほぼ同時にやってきた糸井重里は、
生徒たちが持ち寄った型紙や、購入してきた生地を見て、
そんなふうに言ったのでした。
いつもだったら、各生徒にツッコミを入れて巡回するのに、
モギなおこちゃんをちょっといじった程度でそれもやめ、
きょうはなにやら静かに教室を眺めています。
「なんて言うの? ほら、
友だちのヨシオくんがピアノ教室に通いはじめてさ、
“なんだよピアノなんて”とか“男のくせに”とかって
言ってるわけですよ、ぼくは。からかったりもしてね。
ところが、ある日ヨシオくんは、目の前で、
それはそれは、みごとなピアノを弾くんですね。
“あ‥‥うらやましいかも”って思っちゃうでしょ。
そのかんじなんだよ、いま」
へ? そ、そんな、
うらやましいと思われる状態なんですか? ぼくたち。
週にいちどのペースでのろのろと、
帽子作りを進めていたわれわれですが‥‥そうですか、
カタツムリの速度なりに進歩があったのでしょうか‥‥。
うれしく思います。
すべては、見捨てずに教えてくれたスソ先生のおかげです。
‥‥こんなことを申し上げるのは、
苦労をふりかざしているようで、あれなのですが、
もともと洋裁のこころえがない男子生徒は、
けっこう、がんばっていたと思います。
目に見えた遅れを取り戻そうと、
週末、会社にきて宿題をすすめたこともありました。
![](images/personal/yamashita08-01.jpg)
仮の帽子を縫っても縫っても、
なぜかしらピッタリ合わず、型紙を作り直すこと数回。
途方に暮れ、布を抱いてひざまずいたこともありました。
![](images/personal/yamashita08-02.jpg)
そうしてなんとか、
「これでかんぺき‥‥なはず!」と自分で思える
型紙まで、ブラッシュアップしたのです。
![](images/personal/yamashita08-03.jpg)
さあ、いよいよです。
いよいよこれを切り、縫い合わせ、
かぶった姿をスソ先生に見ていただくのです。
そして、
おのれが練り上げた
「命の型紙」がオーケイであると
先生にきっちり認めていただく!
その日がついにやってきたのです!!
と、勢い込んでおりますが、
ここはひとつ、落ち着こうではないですか。
落ち着いて、スソ先生が持ってきてくださった
豆などをいただくことといたしましょう。
![](images/personal/yamashita08-04.jpg)
にぎやかな帽子教室を遠巻きに眺めながら、
糸井重里も豆を食べます。
![](images/personal/yamashita08-05.jpg)
‥‥と思ったら、社長は急に立ち上がった!
「だめだ! こうやって見てるだけだと
うらやましくなるだけだ(笑)。
しかも、このうまい豆を食いつづけてしまう。
だから、おれは行く。
‥‥スソさん、こいつらをよろしくお願いします」
何かを断ち切るかのように、糸井重里は姿を消しました。
ぼくは、残された豆をひとつぶ、カリッとかじると、
豆が入っている器をズイッと左腕で横に押しのけ、
ひとつ、ゆっくりと深呼吸。
意を決し、声を絞り出しました。
「先生、宿題チェックをお願いします」
![](images/personal/yamashita08-06.jpg)
このような具合で型紙を作り直し、
最終的にできた仮の帽子が‥‥
![](images/personal/yamashita08-077.jpg)
こちらになっております。
![](images/personal/yamashita08-08.jpg)
い、いかがでしょうか‥‥。
スソ先生は、しばし黙って、まえ、よこ、うしろと
仮の帽子をチェックすると、
その待ちに待ったひとことを、おっしゃったのです。
「オーケーです、よくがんばりましたね」
‥‥‥‥‥‥ありがとうございます。
よ、よし、よし‥‥よおしっ!!
![](images/personal/yamashita08-09.jpg)
やりました、ついに合格となりました!
バンザーイ!! バンザーイ!!
![](images/personal/yamashita08-10.jpg)
バンザイなのに手が真上にいかず、
土俵入りのようなカタチになっているのは、
真上に思いきり手を上げるとシャツがもちあがって
へそが見えてしまうからです。
そんなことはどうでもよくて、
シェフさん! 武井さん! やりましたよ!
ぼくら中年、やすみの日にも頑張ってよかったですよね!
![](images/personal/yamashita08-11.jpg)
ん? あれ?
なんか微妙にひきつった笑顔に見えますが‥‥。
武井さん、宿題の提出は‥‥あ、終わった。
でも、ハサミで型紙を切っている‥‥。
そうですか、なにか問題があったんですね‥‥。
‥‥でも、申しわけないですけれど、
ぼく、よろこんでもいいですよね?
![](images/personal/yamashita08-12.jpg)
ひとあしさきに、よろこびますね? うれしいんで。
すみませんね。
もう一度、立ち上がって‥‥
よっこいしょと‥‥
ぃやったーーー!!
![](images/personal/yamashita08-15.jpg)
「勝訴」みたいなカタチになっているのは、たまたまです。
手に持っているのは、「かんぺきな型紙」です。
ひゃっほーい!!
と、そのときでした。
「あれ? これは?」
スソ先生が、いぶかしげな声でぼくにたずねます。
「これ、ここのところ、糸で縫っていませんけど‥‥」
![](images/personal/yamashita08-14.jpg)
すかさず、なんこが、あいだに入ってきました。
「あ! それ! 先生に言いつけようと思ってたんです。
それは、ホッチキスなんです!!
山下さんは、糸で縫うのがめんどくさいからって、
ホッチキスで布をとめてたんです!
週末の会社でこっそり。
わたし証拠写真を撮りました。ほら!」
![](images/personal/yamashita08-13.jpg)
い、いや、いやいやいや、あの、先生それは、
あくまで仮の帽子ですので、
確認ができればよいかと思って‥‥。
「ぼくもね、よしたほうがいいって言ったんですよぉ」
いつのまにか武井さんがそばにいました。
「なのに山下さん、悪びれることもなく‥‥ほら」
![](images/personal/yamashita08-16.jpg)
‥‥‥‥も、も、申し訳ありません!
いま思えばこれは、洋裁に対する冒涜でした。
つい、つい魔がさして‥‥‥‥
あれ? 先生、どうして笑ってるんですか?
![](images/personal/yamashita08-17.jpg)
「もう、ほんとに(笑)、
せっかくここまで頑張ったのになんでそんなこと(笑)。
みなさん予想外のことばっかりやってくださって、
ある意味、感心しています。
‥‥この先はいよいよ本番の縫いものになるので、
たのしく頑張ってくださいね」
は、はいっ!!
「でも、もうホチキスはだめです」
はい。
![](images/personal/yamashita08-18.jpg)
|
ホチキスの件は、まあ目をつむりましょう(笑)。
シンプルだけどむずかしいカタチの帽子、
がんばって型紙までたどりつきましたね。
‥‥でも、欲を言えば、
ちょーっとサイズがちいさいかも。
本番の型紙は、それを102%に拡大コピーして
つくるといいと思いますよ。
グッドラック! |
|