第6回
「やりたいからやる」
- 新井
- 東日本大震災のあと、「ほぼ日」は
ほぼ日手帳をなくした方々に
無償で手帳をさしあげてましたよね。
あの行為は、一見わかりにくいんですが、
実は、人びとの記憶は、
いちど流されたところから、書き足していくことが
大事だったような気がするんです。
あれはすばらしいことだったと思います。
- 糸井
- あれはぼくが考えついたんじゃないんですよ。
「手帳を流されて悲しいです」という声がいくつか
「ほぼ日」に届いたからなんです。
大事な写真が流されたのと同じように
手帳を流されることが
ほんとうに寂しいことだと、
いただいたメールによってわかりました。
自分たちの作ってきたものが、
そういう性質のものだとわかり、
「ありがとう」「気づかなくてごめんね」と思って、
なくした人にさしあげることにしました。
自分たちが「さぞかし悲しいだろう」と
想像するより先に、
「流されて悲しいです」が来たんです。
- 新井
- うん、それは
メディアの正しいあり方のように思います。
- 糸井
- その「なくなって悲しいです」という声は、
外側のお客さんの声なのに、
まるで内部から聞いたようでした。
「ほぼ日」を伸ばしたいとか残したいという
気持ちがぼくにあるとしたら、
それは、お客さんまで含めて
「ほぼ日」だからです。
そのメールは、読んだそばから
すでにコンテンツであり、
ぼくらの作ってるものに対する、すばらしい批評です。
こんな恵まれている仕事を、つぶしてはいけない。
「ほぼ日」が、ぜんぶぼくが考えたものなんだったら、
めんどくさいし、どうなろうと自分の問題だけど、
そうじゃないんです。
- 新井
- 1998年から続けられているなかで
無意識のうちに興った
ブランドなんだと思います。
- 糸井
- 知り合いのベテラン編集者が、
「どの雑誌の編集長にも、
なれと言われればなれるかもしれないけど
『ほぼ日』は無理です」
という話をしてくれたことがあります。
そう言われる理由がよくわからないけれども、
うれしい気もします。
「SWITCH」もそうですね。
「SWITCH」も「なれない」の側にあると思います。
- 新井
- というより、
なりたくないんじゃないでしょうか(笑)。
「SWITCH」という雑誌が
ようやく食えるようになった理由は、
いかに無駄なことを、しかも、
無意識のうちにやっているか、
というところだと思います。
好きでずーっとやってきて、
取材先に企画書持ってっては「ダメだ」と怒られて、
でもまた持っていく、みたいな、
よくわかんない運動のような(笑)ことを
し続けて‥‥。
ふつうは、効率や経済を考えるけど、
経済なんか考えてたら
こんな無駄なことはできないです。
しかもぼくはここまで
「雑誌がやっちゃいけない」と言われることを
たくさんやってきました。
ロゴ変える、紙を変える、もう、いろいろです。
「変えたらどういうふうになるんだろうな?」
と思ってたわけだけど、それは別に
売りたくないからじゃないんですよ、
売りたいから、変えてきました。
- 糸井
- もっとなにかできるはずだ、と。
- 新井
- そうです。毎回失敗してるんですけどね。
雑誌のいいところは、
何か失敗しても、新しい号が出て、
次があるという気持ちになれること。
昔から寄り道好きだったこともあって、
おかげで「無駄」をいろいろやってきました。
- 糸井
- そういうことがやりたくて生きてるんだから、
つぶれないでやれてることじたいが、
もう「俺には楽しいんだよ」ということですね。
- 新井
- 「楽しいんだよ」までは
言えないんですけど(笑)、
楽しい「かも」みたいなことかな?
周りを巻きこんでるから‥‥。
- 糸井
- うん。巻きこんでますね。
- 新井
- でも、自分だけが楽しいというわけではないんですよ。
比較するわけじゃないけど、
ふつうの大手の会社に入った場合、
無駄なことをやる必要はないでしょう。
ノウハウも学べるし、ちゃんと教えてくれる。
だけどうちは「教えてくれない」ところから考えます。
- 糸井
- それは逆に、
かなり楽しいことになると思います。
- 新井
- ぼくが「ほぼ日」が気になる理由は、
「これが売れるからやる」という発想ではなく、
「やりたいからやる」ということが
第一義のような気がするからです。
ぼくたちも、雑誌を今日まで続けてこられたのは、
「やりたいからやる」
そのこと以外ないんです。
- 糸井
- 「やりたいことをやる」に
「しかも売れるぞ」が
雷のようにやってきたときの
うれしさは、ありますね。
- 新井
- それはまだぼくにはないです(笑)。
味わいたいです。
- 糸井
- でも、キョンキョンの本は
売れたでしょう?
- 新井
- 売れました。
- 糸井
- ぼくが、もし新井さんと同じ会社にいて、
「こういう本やろうよ」
「じゃあ和田さんが装丁してくれるよ」
なんていって、
配本をこうしようとか話をしてたら、
「最高のものができるね」
「新井さん、これ、しかも売れるね」
と言っていたと思いますよ。
- 新井
- いや、その言葉が出せない、
自信のなさがまだ‥‥(笑)。
- 糸井
- 売れるかもしれないのに
そう言い出せないような本や商品があったとします。
そういうときって、
「だってやっぱり危ないし」
「でも、売りたいんだろう? 売ろうよ」
という話になります。ぼくはそのとき、
「いちばんまずくいくとどうなる?
返品や予想される在庫は、原価でいくら?
いいよ、それ、かけていいよ」
というふうにぼくはみんなに言います。
- 新井
- 糸井さん、
最初からそうでしたか?
- 糸井
- ほとんどスタートのときからそうでした。
もっと言えば、スタートの頃の「ほぼ日」は、
全部タダでやることがルールになっていました。
そうすると、リスクはゼロに近くなりますが、
自分の労働力とアイディアで
なんとかしなきゃいけない。
- 新井
- アイデアと、関係性ですよね。
- 糸井
- そうですね。
無理に安くするよりも、
製品が良くなることなんだったら、
そのとおりにお客さんに説明して
わかってもらうほうがいい。
- 新井
- それは「ほぼ日」がクライアントではなくて、
読者のほうを向いてる強さだと思います。
雑誌がややもするとつまらなくなるのは、
読者ではなく、クライアントや代理店の要請を聞いて
そうせざるを得ないことが出てくるからです。
その原因は、読者がどういうものかが
わからなくなっているからです。
「ほぼ日」は直結してる強さがあるし、
それがブランドになっている。
つまり、つながりの信頼感です。
糸井さんは「心」という形でおっしゃってましたけど、
それは、信頼性だろうなと思います。
- 糸井
- でも、「SWITCH」も、
ぼくみたいにハッキリとは言ってないけど、
みごとに読者につながっていると思いますよ。
- 新井
- まだ、そこまで声高に言えないのは、
「なったらいいな」というレベルです。
手探りで失敗ばかりしてて、
ゼロに戻ればいいんですけど‥‥。
ぼくは「Coyote」という旅の雑誌もやっていて、
いちど休刊したこともあるんです。
(第7回につづきます)
2016-09-16-FRI
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN