HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督 2018・はじめての3年目編
26 とちおとめ

ぽかぽか陽気のキャンプ最後の休日は、
加江田まで10分強の、
ローカル列車の旅。大柄なお姫様を訪ねました。

もともと群馬県で生産されているイチゴ、
「やよいひめ」に惚れ込んだイチゴ農家の長友さんご夫妻は、
姫をさらに成長させられないかと試行錯誤した第一人者です。
その結果、姫は大きなもので、
一粒80グラムを超えるようになりました。
ビジュアルでいえば、通常のイチゴのパックに
4粒入ったらみっちり、というド迫力です。
大きいことはいいことだ。しかし、大きいだけでは困ります。
そこにも、長友さんのチャレンジがありました。

ところで野球選手は食べることも練習の一部。
しかし「早く大きくなる」ことを焦るがあまり、
質より量に走ってしまうと、食べたものの蓄積によっては、
中身のない大きさになってしまいます。
巨大な身体がすなわち強い、とはいかないもので、
見せる筋肉と使える筋肉も違う。
大きすぎる筋肉が
プレーの妨げになることだってままあるのです。

一番それを意識したのは、アメリカにいた頃でした。
なにしろまわりがことごとく巨大です。
集団の中にいると埋もれてしまうのです。
日本のプロ野球界においても
決して大きなほうではなかった僕が、
茶色のTシャツを着て飛んだり跳ねたりしていたら、
ヨメが、
「ノミみたいねー」
と言ったくらいなのです。なんか、くやしい。

そりゃあ、大きな人はリーチも長かろう。
一歩も大きかろう。
ちょっぴり嫉妬心を募らせた僕は、ごくたまに、
大きいということだけを
アドバンテージにしている選手を見ると、
(見てくれだけやろ! お前は風船か!)
と負けん気を燃え上がらせていたのです。
(よっしゃ、俺も大きくなったらあ!)と思いつつも、
たくさん食べたら突然身長が伸びるわけでもなく、
結局大きさに対抗するものは何か、の答えは、
「見た目ではなく中身のしっかりした
バランスのいい身体」でした。
「急いで大きくならなければ」という焦りを捨てて、
非常に地味な基礎トレーニングを重ねた結果、
必要な部分に必要な筋肉がつき、
派手さはなくても実践向きの身体に変わっていったのです。
選手個々によってチームに求められることが違いますから、
守備の正確さ、スピード、一発のフルスイングなど、
自分の存在理由となる部分を特化することは、
プロとしての生命線を伸ばしてくれるような気がします。
大きな選手たちに囲まれなければ
気づかなかったかもしれません。

やよいひめを口に運び、
「大きくても甘い! めっちゃ甘い!」と叫んだ僕には、
(大きいんだから、大味やろう)という、あの頃の、
大きい選手に対する思い込みや、
ひがみのような気持ちがよみがえったのかもしれません。

「大きくて甘い」は長友さんのイチゴの特徴のひとつで、
加えて「身崩れしない硬さ」が重要になってきます。
熟成すれば糖度は上がるものの、
実が柔らかくなっていくのも然り。
そこを「熟成していても、
出荷先でぐずぐずにならない強さ」に
長友さんは姫を育ててきたのです。

この「やよいひめ」の出荷は1月に始まり、
6月にシーズンを終えます。
多くのニーズに対して営利目的のみで出荷を焦ったり、
急いで仕上げようとすれば、
商品として成り立たない
「みためだけ大きなイチゴ」になってしまうのです。
体力のないイチゴ、とでも言うのでしょうか。
もちろん、やよいひめを大きくおいしくするノウハウは
他にもたくさんあるのですが、
専門的なことは門外漢の僕にも、
「出荷時期を優先するがあまり急ぐのではなく、
じっくりと育てる」という長友さんのことばが
ずっと頭に残りました。

何かを育てるというのは、相手ばかりでなく、
自分自身との戦いでもあるのでしょう。
そして、一朝一夕ではいかないのだと。
野球のシーズンは6月以降がまさに正念場。
やよいひめを堪能したあとは、
我がチームが実りの時期を迎えるはずです。




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