第1回 「言える」と「できる」。
糸井 ぼくは陸上のことはわかりませんけど、
「言える」と「できる」っていうスパイラルは
すごく思い当たるんですよ。
じぶんにとってその発見がおもしろいから
どんどん言いたくなるっていうのもよくわかる。
ただ、ひとつ大きく違うところがあって、
ぼくはそんなに追求しなくても平気なんですよ。
それは専門の領域がまったく違うから
しかたないと思うんですけど、
「これはいま言ってもわかんないな」とか、
「ここは曖昧にしといたほうが
 ダイナミックレンジが広くなるな」とか、
そういうことについては、案外、
「言えない」ことのまま、置いといてる、
みたいなことがぼくの世界にはあるんですね。
為末 ええ、ええ。
糸井 もちろん、為末さんは、
選手としての時間が限られているから、
「言いたい」「わかりたい」という気持ちが
ぼくなんかとはまったく違うというか、
切実なんだろうと思いますが。
為末 じぶんの時間が限られているからこそ
加速しちゃった、という感じはすごくあります。
競技とか、速く走るということって、
どんどんどんどん、こう、
中毒みたいになっていくところがありますから。
糸井 そうか、そうか。
為末 だからもう、考えて、やってみて、
わかったら言って、思いついたことも言って。
糸井 「言える」と「できる」がつながるから。
為末 はい。どんどん、言うんですね。
だから、結婚してからは、
うちのかみさんとかは、たいへんで(笑)。
グランドに行っては、
なにか発見して帰ってきちゃうもんだから
それをずっと言ってて‥‥。
糸井 え、奥さんに言いますか。
為末 やっぱり、話してましたけどね、それは。
糸井 それは、でも‥‥聞いてくれますか?
為末 いちおう、聞いてましたけどね。
聞いてるふりかもしれないけど(笑)。
糸井 ご家族は、もともと陸上やってた方ですか。
為末 いや、ぼくの妻は、陸上はぜんぜん。
スポーツもそもそも関係ない人間なんですけど。
糸井 それは聞いてくれるのは、いつまででしょうね。
為末 はははは。
糸井 はははは。
え、でも、ほんとですか、聞いてくれますか。
為末 そうですね。
だから、こう、たとえば、ある日発見して、
「地面をこのへんで踏むと思ってたけど、
 踏むっていうのはじつは
 もうちょっと早いタイミングだったんだ」
みたいな話を、延々と、
1時間くらい話すんですけど、
黙って聞いてくれてましたけどね、そのときは。
糸井 それは‥‥「愛」ですね。
為末 (笑)
糸井 例えば、逆に、奥さんが
何かについて発見したっていう話を、
為末さんにとうとうと話すことがありますか。
為末 ‥‥あんまりないですね。
なんか、自分の興味がある分野について、
まとめてしゃべったりすることはありますけど、
ぼくがあんまりそこに興味がなかったりすると
聞き流してるっていうか。
糸井 ははははは。
為末 糸井さんは、家では?
糸井 ぼくはそこは、ほとんどしゃべらないですね。
為末 そうなんですか。
糸井 たまにどうしても言いたいっていうときには、
こう、まるで囲碁を打つかのように、
言いたいところからすごく遠く離れたところに
碁石を置いていって、なんとか囲い込んで、
「あ、そういえば、アレがさぁ」っていう(笑)。
為末 ははははは。
糸井 「‥‥なんだよなぁ」って言って、
聞いてくれてなくても
いいような角度でしゃべりますね。
為末 なるほど。
独り言との境界ぐらいの感じで。
糸井 そうそう、むしろ、独り言に近いぐらいで。
そうすると、向こうも、
聞いてるんだか、聞いてないんだか、
ぐらいの感じで、ななめに、否定もせずにいる。
為末 なるほど。
糸井 っていうのは、もう、
最高のケースといっていい。
為末 (笑)
糸井 いやぁ、そうですか。
それは、しかし、すばらしいですね。
奥さんが聞いてくれる、っていう。
為末 いやー(笑)。
だから、なんていうんでしょう、
ちょっと話がずれちゃうかもしれないですけど、
ぼく、ツイッターとかで何か言ってるときって、
じぶんは誰に話しているんだろう?
って感じるんですよね。
その、相手がよくわからないというか。
糸井 ああ、わかんないですよね。
為末 対象を誰にして話してるのか、
っていうのが、最初は戸惑うし、
ある意味では、そこがおもしろいし。
糸井 やっぱり、漠然と、
「誰っていうことじゃない友だち」というのを、
仮想してるような気がしますね。
為末 あー、なるほどね。うん、うん。
糸井 親しい、会ってる会ってないじゃなくて、
ある親しさを感じてる人が、漠然とそこにいて、
「飲み屋」とか「喫茶店」とかいう
言い方をぼくはしてるんだけど、
そこでみんなで集まってて、
「思ったんだけどさぁ」っていう。
で、その意味では、じぶんのツイッターなんかは
「自分のお店」だと思ってますから、
何かあったら足をすくってやろう、
みたいな悪意を持った人が店にいると、
なんかじぶんもお客さんも
互いに力が発揮できないというか、
場そのものがつまんなくなるんで、
そういうのは、もう、いなくなってもらって
構わないって、考えてますね。
為末 ああ、はい。
糸井 その点、為末さんは、なんというか、
きちんと答えてらっしゃいますよね。
こう、ぎりぎり、線のこっち側に、
そういう人もいていい場所をつくってる。
ああいう対応を見ていると、
やっぱり、この人は、教育者になれるなぁと。
為末 そうですか(笑)。
糸井 ぼくはもう、
老い先長くないせいかしれないけど、
それは無理だって思ってるから。
為末 でも、ぼくもまぁ、ぜんぶじゃないですから。
わかりあえない人たちもいるから、
それがなるべくこう、
ぶつからないようにしているという面と、
おっしゃるようにギリギリのところにいる人に
なんとか答えてみたり。
でも、やっぱり、手間というか、
時間はかかりますよね。
糸井 かかります、かかります。
だから、為末さんも、
いまだからできるのかもしれないですね。
ほんとに競技にかけてる時期だったら、
その手間は、やっぱり、
頭の中が荒れるような気がするんですよ。
為末 それはそうだと思いますね。
だから、スポーツの選手たちって、いま、
ソーシャルメディアを、
ファンとのコミュニケーションのツールとして
みんな使いましょうって、
どちらかというと
推奨している感じだと思うんですけど、
その、向いてる人と、向いてない人がいて。
糸井 はい、はい、はい。
為末 そのへんのバランスは、スポーツマンにとって
難しいなというのはありますね。
糸井 その人なりのつき合い方がありますよね。
同じツイッターをやるにしても、
たとえば、ダルビッシュ選手と
田中マーくんとでは、
距離感みたいなものがぜんぜん違いますし。
為末 そうですね。
で、この人はやってないだろうな、
という人はやっぱりやってない。
イチローさんとか、やんなそうですもんね。
糸井 そうですね。
イチローはしちゃダメでしょうね。
為末 ね(笑)。
(つづきます)
2014-09-01-MON