糸井 | 引退してから変わったこと、 たくさんあると思いますけど、 意外だったことって、なにかありますか。 |
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為末 | 感覚とか記憶の違いというのは、 おもしろいなと思いましたね。 あの、ぼくはヘルシンキというところで メダルをとったんですね。 (2005年世界陸上ヘルシンキ大会、 400mハードル銅メダル) そのとき、大雨の中、満員の競技場で 走って、ゴールして、メダルをとって、 その風景をすごく憶えているんですけど、 先日、そのヘルシンキの競技場に行ったら、 思ってたよりぜんぜんちっちゃくて(笑)。 |
糸井 | ああー。 |
為末 | じぶんの中では、もう、 10万人ぐらい入ってた気がしたけど、 4万人しか入らない競技場だったんです。 だから、見たものを記憶してるんじゃなくて、 見たときのじぶんの気持ちとか、 じぶんを取り巻く関係とかも含めて 記憶してたんだんだなぁと思って。 |
糸井 | こころを記憶してるんですね。 |
為末 | そうなんですよね。 そう考えると、同じものを見ても、 どんな気分で見てるかとか、 それとじぶんがどういう関係にあるのか、 ということによって、 記憶ってずいぶん違うんだろうなぁって、 引退したあと、あらためて思いましたね。 |
糸井 | でも、その2つを比べられる人って、 なかなかしあわせですよね。 つまり、競技のときのじぶんと、 そこを離れたじぶんと。 |
為末 | そうかもしれないですね。 |
糸井 | その記憶そのものが、得がたい財産ですよね。 練習していた時間だとか、 悔しがってた時間も含めて。 それはもう、ぼくらには、 絶対に味わえないものですから。 ゴールしたときに、 なにをどんなふうに感じるか、とか。 |
為末 | そうですね‥‥。 いいレースを走ったときは、 勝ったよろこびもあるんですけど、 走ってる瞬間に、なんかこう、 わーっと湧き出るものがあったりして。 |
糸井 | ほーー。 |
為末 | 最後の直線に入ってくるときって、 大袈裟にいうと、 「思いっきり大きい声を出してる」 っていうような感じなんです。 こう、「わあーー!」って言ってる感じ。 走りながら、最後は、 「ああぁぁーーーー」って 息が続かなくなって、 小さくなって、最後に、 「うんんんーー‥‥」っていう感じで なんとか辿り着く、みたいな。 |
糸井 | はーー。 尽きる、という感じでしょうか。 |
為末 | なんというか、苦しいことなんですけどね。 でも、振り返ってみると、 あの感じって、すごく、 「生きてる」っていうか、 気持ちよさがあったなぁと思うんです。 たしかに、そういうものって、 なかなか、引退したあとは‥‥。 |
糸井 | ないでしょう。 |
為末 | そうですね(笑)。 |
糸井 | スポーツで努力してちゃんと上まで行った人は、 そこを大事にしてますよね。 その、得がたい感覚を。 だから、為末さんのこころのなかには、 やっぱり、グラウンドというか、 トラックがあるんですよ、たぶん。 |
為末 | そうかもしれません。 |
糸井 | 引退したとしてもね。 なんか、それは、いいなぁ。 |
為末 | それで思い出したんですが、 有森(裕子)さんが 引退した選手を対象にした講演のなかで、 こんなふうにおっしゃってたんです。 「現役時代にみなさんには、 すばらしい思い出と感動が あったと思いますが、 引退後の世界には、 もう、そんなものはありません。 それを受け入れることから、 引退後の人生をはじめましょう」って。 それは、たしかにそのとおりだなと思いました。 競技のなかであれほど強烈な興奮を味わったら、 引退後の人生でも探してしまって、 そのまま、ここでもない、ここでもない、って 流浪の旅に出ちゃったりしますから。 そうなってしまうよりは、 「そんなものはもうないんだ」って 割り切ることを伝えてあげるほうが、 やさしさなのかもしれないな、って。 |
糸井 | それほどのことなんですね、引退するって。 やめるとき、会見とかで 涙する選手も多いですけど、 為末さんはどうでした? |
為末 | うーん‥‥そうですね‥‥。 子どものころ、ぼくはレゴとかで、 夢中になって遊ぶ子だったんですけど、 ずーっとひとりで遊んでると、 ご飯のときに下の階から呼ばれても、 その声が聞こえない感じだったんですね。 すごく大きい声で呼ばれてはじめて 「あ、晩ご飯ができたんだ」 って気づくような感じで。 そのときの感覚と同じ感じでしたね、 引退した瞬間って。 |
糸井 | あーー、そうですか。 |
為末 | 「なんだ、もう終わりの時間か」 っていう感じで。 |
糸井 | はーー、 もう聞くだけです、そういう話は。 |
一同 | (笑) |
為末 | ははははは。 |
糸井 | 聞くだけだなぁ。 いやぁ、そういう話が聞けて、うれしいです。 |