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糸井 |
オレの場合は思い出すまでもないね。
子どものころ、前橋の街で
有名人に会ったことは、ない。 |
南 |
断言(笑)。 |
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糸井 |
そもそも可能性がないよ。
伸坊の場合は「誰かに会ったかなあ」って
思い出そうとする行為が
できるだけで、さすがだよ。東京だよ。 |
南 |
そうか。 |
糸井 |
ぼくんちの近所なんて、
『お富さん』の関係者がいたくらいだよ。 |
南 |
『お富さん』? 歌の? |
糸井 |
そう、そう。
「粋な黒塀 見越しの松に
婀娜(あだ)な姿の 洗い髪
死んだはずだよ お富さん」 |
南 |
よく覚えてるねぇ。 |
糸井 |
「生きていたとは お釈迦様でも
知らぬ仏の お富さん
エーサホー 玄冶店(げんやだな)」 |
南 |
ぜんぶ言っちゃったな(笑)。 |
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糸井 |
‥‥っていう歌があったんだから。 |
南 |
うん。覚えてるよ。 |
糸井 |
それでね、
うちの200メートルくらい先、
いや、もっとかな、
300メートルくらい歩いたところに
「まつうらさん」っていう家があってね。 |
南 |
うん。 |
糸井 |
ちゃんと庭のある、立派な家なんです。 |
南 |
うん、うん。 |
糸井 |
午後になれば、ピアノの音が聞こえてくるんです。 |
南 |
うん、うん、うん。 |
糸井 |
そこは音楽教室でもあるんだけど、
『お富さん』の作詞家の家だったんだよ。 |
南 |
ほほぅ。 |
糸井 |
それだけなんです。
けど、そのころのぼくにとっては、
もう、それだけで「すっげー!」って。 |
南 |
うん(笑)。 |
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糸井 |
だって、『お富さん』の作詞家の方ですよ? |
南 |
『お富さん』はものすごく有名だったからね。 |
糸井 |
その作詞をした人だからね。
もう、たいへんなことですよ。
もう、そこの家
は「『お富さん』の家」
っていうことになっててさ。 |
南 |
「まつうらさん」なのに。 |
糸井 |
「まつうらさん」なのに(笑)。
で、そこの息子が、オレの1コか2コ上の
「まつうらくん」っていうやつで。 |
南 |
「まつうらさん」だからね。 |
糸井 |
うん。だから、むすこは「まつうらくん」。
「まつうらくん」はかけっことか速いし、
近所ではちょっとヒーローだった。 |
南 |
ふーん‥‥。 |
糸井 |
‥‥そんな話なんだけどさ、
そんな話でも、十分すごかったんだよ。
ビアガーデンで石原裕次郎が
ビール飲んでた、みたいな話が
ありえないような場所ではさ。 |
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南 |
ああー。 |
糸井 |
石原裕次郎がビール飲んでた、
っていう話がいかにすごいかわかっただろう?
しかもビアガーデンだからね。
もう、都会っぽさがビールの泡になって
グラスからあふれまくってるよ。
水びたしだよ。東京の夜は。 |
南 |
なにを言ってるんだ(笑)。 |
糸井 |
そのころ、オレは前橋で『お富さん』を
ちびちびちびちび飲んでたわけだよ。 |
南 |
ははははは。 |
糸井 |
しかも、『お富さん』を
歌った人じゃなくて、作詞家だぜ?
春日八郎さんならともかく、
作詞家の「まつうらさん」だからね? |
南 |
わかった、わかった(笑) |
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(誰に会ったことある? つづきます) |