第22回 まつうらさん。
糸井 オレの場合は思い出すまでもないね。
子どものころ、前橋の街で
有名人に会ったことは、ない。
断言(笑)。
糸井 そもそも可能性がないよ。
伸坊の場合は「誰かに会ったかなあ」って
思い出そうとする行為が
できるだけで、さすがだよ。東京だよ。
そうか。
糸井 ぼくんちの近所なんて、
『お富さん』の関係者がいたくらいだよ。
『お富さん』? 歌の?
糸井 そう、そう。
「粋な黒塀 見越しの松に
 婀娜(あだ)な姿の 洗い髪
 死んだはずだよ お富さん」
よく覚えてるねぇ。
糸井 「生きていたとは お釈迦様でも
 知らぬ仏の お富さん
 エーサホー 玄冶店(げんやだな)」
ぜんぶ言っちゃったな(笑)。
糸井 ‥‥っていう歌があったんだから。
うん。覚えてるよ。
糸井 それでね、
うちの200メートルくらい先、
いや、もっとかな、
300メートルくらい歩いたところに
「まつうらさん」っていう家があってね。
うん。
糸井 ちゃんと庭のある、立派な家なんです。
うん、うん。
糸井 午後になれば、ピアノの音が聞こえてくるんです。
うん、うん、うん。
糸井 そこは音楽教室でもあるんだけど、
『お富さん』の作詞家の家だったんだよ。
ほほぅ。
糸井 それだけなんです。
けど、そのころのぼくにとっては、
もう、それだけで「すっげー!」って。
うん(笑)。
糸井 だって、『お富さん』の作詞家の方ですよ?
『お富さん』はものすごく有名だったからね。
糸井 その作詞をした人だからね。
もう、たいへんなことですよ。
もう、そこの家
は「『お富さん』の家」
っていうことになっててさ。
「まつうらさん」なのに。
糸井 「まつうらさん」なのに(笑)。
で、そこの息子が、オレの1コか2コ上の
「まつうらくん」っていうやつで。
「まつうらさん」だからね。
糸井 うん。だから、むすこは「まつうらくん」。
「まつうらくん」はかけっことか速いし、
近所ではちょっとヒーローだった。
ふーん‥‥。
糸井 ‥‥そんな話なんだけどさ、
そんな話でも、十分すごかったんだよ。
ビアガーデンで石原裕次郎が
ビール飲んでた、みたいな話が
ありえないような場所ではさ。
ああー。
糸井 石原裕次郎がビール飲んでた、
っていう話がいかにすごいかわかっただろう?
しかもビアガーデンだからね。
もう、都会っぽさがビールの泡になって
グラスからあふれまくってるよ。
水びたしだよ。東京の夜は。
なにを言ってるんだ(笑)。
糸井 そのころ、オレは前橋で『お富さん』を
ちびちびちびちび飲んでたわけだよ。
ははははは。
糸井 しかも、『お富さん』を
歌った人じゃなくて、作詞家だぜ?
春日八郎さんならともかく、
作詞家の「まつうらさん」だからね?
わかった、わかった(笑)
(誰に会ったことある? つづきます)


2010-06-24-THU