黄昏 た そ が れ  日光・東北編       南伸坊さんと、糸井重里。昔なじみのふたりが、始終しゃべりながら小旅行。前回は鎌倉の名所をめぐりましたが、今回は日光、松島、花巻あたりを回ります。ゆっくと変わる風景と、めくるめく無駄話。いったいいつまで続くのかな‥‥? そしてこの不思議な企画は、なんとすべてをまとめて本になるのです。いえ、ほんとの話です。
第26回 ヘレン・ケラーを知ってるかい?
糸井 日光の金谷ホテルには、
ヘレン・ケラーも泊まったらしい。
へぇ。
糸井 で、うちの社員のひとりが、
ヘレン・ケラーのことをぜんぜん知らなくて、
笑いものになってたんだよ。
「なんか、戦争系の人でしたっけ?」
とか言ってるからさ。
「戦争系」(笑)。
そりゃ、ナイチンゲールだ。
糸井 あげく、
「ヘレン・ケラー? ケレン・ヘラー?」
とか言ってるからさ、笑われるわけよ、
常識の欠けた人としてさ。
うん(笑)。
糸井 けどね、オレは、思うわけ。
みんな、ヘレン・ケラーについて、
いったいなにを知ってるんだと。
笑ってる人も、笑われてる人も、
知ってることにそれほど違いはないだろうと。
うん?
糸井 だからさ、要するに、
みんながヘレン・ケラーについて知ってるのは、
「三重苦だったんだけど、
 それを乗り越えてがんばった偉い人です」と。
そのくらいのことでしょう?
うん。
糸井 そこまでを知ってる人っていうのはね、
そこまでしか知らない人でもあるわけ。
そういう人がね、ただそれだけの知識から
「知ってる」という立場に立って、
「知らない」人を笑い飛ばしていいものかと。
ははははは、妙な理屈だね。
糸井 だって、ヘレン・ケラーが、
三重苦を乗り越えたあとにどうなったか、
知ってますか?
え?
糸井 だからさ、しゃべれるようになるでしょ?
家庭教師がいるんだよね。
糸井 そうそう。
家庭教師の名前はサリバン先生だよ。
で、ヘレン・ケラーが
最初に言った言葉が「水」だよ。
そうそう、「ウォーター」ね。
「ウォーター」ってことばと、
水の触覚が一致したんだよ。
糸井 そこから、努力して、
ノーベル賞をもらったんでしたっけ?
ノーベル賞はもらってないんじゃない?
糸井 ほんとですか?
え、もらってるかなぁ‥‥。
糸井 ほら、あやふやじゃない!
一同 (笑)
糸井 要するに、みんな、三重苦のところと、
サリバン先生の「水」のところしか、
知らないんだよ。それでね、
「ヘレン・ケラーも知らないの?」
っていうことを言うのはどうかなと。
そんなに怒ることないんじゃないかな。
糸井 ヘレン・ケラーは日本にやってきて、
金谷ホテルに泊まったりしてるけど、
みんな、知らないじゃないか。
そんなに怒ることないんじゃないかな。
糸井 サリバン先生がどういう人かとか、
よくは知らないわけでしょう?
タリバン先生は、
いろいろ爆破したりして、
迷惑をかけるんだ。
糸井 それ、違う(笑)。
違うね。
糸井 「もっと光を」もヘレン・ケラーだっけ?
「もっと光を」はゲーテですね。
糸井 ほら! かように、あやふやなわけですよ!
ははははは、自分を根拠に(笑)。
糸井 だからね、そういう、偉い人に関してはね、
不用意に「知らないの?」とか
言わないほうがいいんじゃないかと、
まぁ、そういうことだね、オレが言いたいのは。
思うんだけど、ヘレン・ケラーとか、
野口英世とか、そういう偉い人たちのことを
みんなが知らなくなったのは、
伝記コーナーが
なくなっちゃったからじゃないかな。
糸井 ああ、なるほど。
昔はさ、学級文庫みたいなのがあってさ、
そこに必ず、伝記コーナーが。
糸井 あった、あった。
ヘレン・ケラーも、野口英世も。
シュバイツァーとかさ、キュリー夫人とかさ。
糸井 つまり、伝記コーナーの減少が、
こんにちのヘレン・ケラー認識不足に
つながっていると。
そう。こんにちの。
糸井 南さんはそれを憂えておられる。
あ、いや、たしかに憂えているけど、
オレはね、みんなが偉人の顔を
知らなくなっちゃうのが不満なのね。
糸井 ふはははは、それは、つまり、
「顔マネ」という自分の商売に
差し支えると(笑)。
そういうこと、そういうこと。
苦労して、リンカーンとかのマネしてもさ、
「なにそれ?」って言われちゃうんだよ。
糸井 ははははは。
ほら、いっしょにおもしろがるためにはさ、
「リンカーンはこういう顔ですよね」
っていう共通認識がないとダメでしょ。
糸井 似てるにせよ、似てないにせよね。
そう! 顔を知らないと、
「ぜんぜん似てねぇよ」
とも言われないわけだから。
糸井 そりゃ、まずいね。
まずいんだよ!
(おもしろいねぇ。つづきます)

2009-10-29-THU

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