その5
進化する「伝統」。
岩立
こんなに大勢の人が
私たちの話を聞きに来ているんです。
それが、まだ手仕事には未来があるという、
何よりの証拠だと思いますよ。

なぜみんなが谷さんのところに来ると思います?
みんなこんなに一所懸命に。
それは、みんな、谷さんのやってらっしゃる
お仕事が好きだから。
これだけの人が、「谷さーん」って言って、
こんなに集まるってことは、すごいことですよ。

先ほども言いましたが、谷さんが
この仕事を嫌いになっちゃったら、
もう無理だと思うんですけどね。
でも、たまに連絡してお話しすると、
なんか自分が愛着があったり、
やった時の満足感とか何かね、
一緒にやってよかったなって、
今日はすごくいいのができたとか、
そんなふうに、おっしゃるじゃないですか。
そういうことが原動力かなと思うんです。

それでも、ああいうところでこれから先、
今までの15年間と同じことができるかっていうことを
現実的に考えたら、
私だとしてもやっぱりそれは思う所がありますね。

年配の方だけが、民族衣装というか、
手織りのものを身に着けている。
若い人たちはみんな、
違うものを着てるっていうのは、
現実としてありますよね。

私、最初はそういうことをすごく責めていたんです。
何で、あんないいものがわからないのかしら、
と思っていたんですよ。

ところがね、
ちょっとそういう考えが変わるようなことが、
あったんです。

パキスタンの山奥のカラーシャ谷っていうところに、
周りが全部イスラム教徒なのに、
自分たちだけは昔からの宗教を持って、
谷あいに3000人ぐらいで
いまだに自分たちの慣習で
暮らしてる人たちがいるんですね。


▲パキスタン カラーシャの女性    1986年10月 
撮影:岩立広子
それはもう、とても固有の服装。
黒地に、裾に黄色や赤の刺繍があるようなものを着て、
頭に貝の飾りをしてるんです。

その民族衣装はいつも自分たちで作るんですよ。
売っているものではないですから。
それで、ベースの色は黒。
それがきまりのようなものだったんです。

そうしたら最近、
白が出現したんですね。地が白ですよ。
私もね、いろいろなところで
衣装の色が変化するのは見てきたけど、
まさか黒が白になるとは思わなかった。

それは、若い女の子たちが作ってるんですよ。
彼女たちはスマホや何かを持つから、
いろんな情報が入ってきたんでしょうね。
布地も、スマホで注文して取り寄せてる。

服の色が白になったら、
今度は刺繍にそれにマッチする色、
パープルだとか、中間色が入ってくるんですね。
えっ、あの人たちに中間色!

ああ、こういうふうに
変わっていくのかなと思ったんですが、
作ってる若い人たちって嬉々としてやってるんですよね。
次から次に違うのを作ってくるんですよね。
これだったらどうだろうというふうな
挑戦すら見えるんですね。
そのアクティブな様子を見てね、
伝統っていうのも大事だけど、
こういう姿もすごいなと、ふと思ったんですね。

伝統っていうことを、
私たちはそういう人たちに
押しつけていたのかなと思ったんです。
もちろん、おばあさんたちが着てる、
手紡ぎで手織りの無地の布なんて、
それはもう、素晴らしいんですよ。

でも、その若い人たちの積極性ね、
朝、目が覚めるたびに次の、
違う彩りの模様が生まれるっていうのが、
次から次に出てきたんですよ。
あれはちょっと興奮するんじゃないかなと、
ふと思ったんですね。

その人たちにとっては、
伝統の衣装っていうのは
アイデンティティーなんですよね。
それを脱いだら、もうその民族ではないと
言われるような人たちでも、
そうやって変わっていくっていうのを考えると
谷さんのところだって同じじゃないかなとも思うんですね。
レンテン族の布というのは、
男も女も生まれてから死ぬまで
身につけることに耐えうるものとして、
長い年月の間に出来上がってきたものです。
彼らの日々の労働に耐え、
暑い日も寒い日も身に付けるものなんですよ。
私はもう16年もルアンナムターにいますが、
この布に関して、知れば知るほど、発見があって、
ますます驚かされています。

レンテン族の人たちがつくる布は、
経糸(たていと)が1センチに18本。
筬(おさ)の羽と羽の間はとても細くて、
この細かい筬だけでも、
ふつうの村の人の手で作ったとは
信じられないほどです。

筬が少しでもカサカサしていたら
その間を動く手つむぎの糸は
すぐに痛んで切れてしまいますよね。
でもレンテン族の筬はそんなことはありません。
そして糸の紡ぎ方、糊の付け方、織機の構造など、
ひとつひとつの細かい工程のなかに
たくさんの工夫があります。
こうしましょう、ああしましょうって決める人が
いたわけじゃないんだと思うんですけれども、
長い時間をかけて、できあがってきたものなんですね。

例えば、レンテン族がつくった糸だけ手に入れて、
ほかの人がまねしてやろうとしても、できません。
ほかの織機では経糸が切れて切れて切れて切れて、
まったく織れないんです。

この布を16年間、身に着けて思うことは、
とにかく着心地がよいということです。
私が手に持っている布は
いま一緒に仕事をしている人たちの
おばあさんの世代が織ったものです。
経糸も緯糸もみっちり入っていて、
織りがしっかりしていますが、
優雅なしなやかさもあります。
レンテン族の人たちは、
現代の人たちも織物が上手ですけれど、
この布を見せると
「もうこんな布はできないよ」と言います。
その理由は、一つ一つの工程の
手間暇のかけかたがものすごくて、
時代に合わなくなってしまっているから。

時間に追われた生活をしていくことで、
こういうものがなくなってしまうことは
ほんとうに残念なんです。
それこそ人類にとっての
一大事じゃないかなと思うぐらい、
残念に思うんですね。
こういう布こそ、何とか残したいと強く思っています。

だから、岩立さんがおっしゃって下さったように、
それをその民族が固有のものとして守るとか、
そんなんじゃなくて、
こういうものがほんとうにいいなと思った人たちが、
深く深くそれを見つめて、
底の底まで深く思いながら使ってくれたら、
どんなにいいかな、と思います。
岩立
民族全体とか、地球規模のことを考えたら
このすごく着心地のいい布、
そういうものは誰かが残してほしいと思います。
何百年も受け継がれて、編み出された知恵。
それが消えるっていうことは耐えられない。
‥‥耐えられないですね。

それなら、受け継ぐのは、
なにもその村の人じゃなくたっていいっていうふうに、
私は考えるんです。
好きな人が受け継げばいいんじゃないか。
その着心地のものを着たいっていう人がやれば。

だけど、それにはやっぱり
本当の姿を知ってる人がいなきゃダメでしょう。
谷さんは、それができる人だと思うんですよ。
谷さん、しっかりね。
それでも地球は回っているのよ。
岩立さん、ありがとうございます。
鈴木さんも、
きょうはほんとうにありがとうございました。
鈴木
いえいえ。
──
お時間が来てしまったようです。
「手仕事」について深く考える
よい機会をいただきました。
谷さん、岩立さん、鈴木さんのご活躍、
ますますたのしみにしています。
どうもありがとうございました。
2016-02-16-TUE
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN