──
『ダム・キーパー』で
「恐怖のワクワク感」を知ってしまったので
ピクサーを辞めた‥‥とのことですが
その決断は
「清水の舞台から」という感じでしたか?
堤
ピクサーでは
素晴らしい経験をさせてもらいましたし、
10年以上キャリアを積んで
自分たちの立場も、まあ、よかったです。
でも、この先、
どんなワクワクがあるんだろうと思うと、
なんとなく「見えて」きていて。
──
なるほど。
ロバート
ピクサーの外へ裸で出ていくってことは
とても怖いことではあったけれど、
同時に、
すごくエキサイティングだってことも
わかっていました。
──
『ダム・キーパー』の経験から。
堤
はい。だから、辞めるに関しては
「選択!」みたいな感じでもなかったです。
──
身体が自然に、そっちのほうへと。
堤
本当に『ダム・キーパー』の仕事って、
ぼくやロバートはもちろん、
関わってくれた人が、
すごく成長したプロジェクトなんです。
このことは、
きっと、誰でもわかってくれるって
思うんですけど‥‥。
──
ええ。
堤
自分たちの成長を実感することほど
ワクワクすることってないじゃないですか。
──
はい、たしかに。
堤
ぼくもロバートも、
「アートディレクター」という仕事を
あるていど長くやってきました。
ぼくは16年のキャリア中の7年、
ロバートは、大卒でいきなり
アートディレクターになった稀なエリートで
12年。
──
なるほど。
堤
それくらいやってくると
「自分自身がワクワクするほど
自分自身が成長している感じ」を、
最近では、
あまり実感できなくなってきていて。
──
でも、多くの場合は
そういうものかもしれないですよね。
経験を積んで、人脈もできるし、
いろいろうまくやれるようになると。
堤
もちろん、簡単じゃなかったですよ、
ピクサーの仕事は。
そのつど大きなチャレンジがあるし、
達成感も、やはり、ありましたから。
──
ええ、そうですよね。
世界中、たくさんの人が観るアニメーションを
つくってるわけですから。
ロバート
ただ、なんとなく
「ああ、これくらいがんばってやれば
これくらいできるな」
という予想がつくようになっていて。
──
ようやく自分は
仕事をコントロールできるようになったと
考えるか、
最近あんまりワクワクしないなと考えるか、
そこは、表裏一体かもしれませんね。
堤
ぼくは「ワクワクしないな」と思いました。
でも、『ダム・キーパー』は
本当に、まったく予想がつきませんでした。
──
予想。
堤
いま、ぼくらのつくっている作品が
どういうものになるのか、
まったく、見当もつかないんですよ。
ロバート
毎日のように、どこかで火事が起き、
その火を消したら、
今度は別のところから火が出て‥‥
ということの繰り返しだったんです。
──
たいへん‥‥。
堤
はじめは
『モンスターズ・ユニバーシティ』のあと、
3ヶ月の休暇をもらって
その間に完成させようと思ってたんですが
まったく仕上がらず、
未完成のまま、ピクサーに戻ったんです。
──
はい。
堤
そうしたら、また、
「安心・安全・安泰」の三拍子がそろった
毎日が訪れて、
先々の人生プランも立てやすいですし、
次はあの映画で、
お給料が出たら旅行でも行って‥‥と。
──
心配事が、まあ、少ない。
ロバート
そう、少ないというか、ほとんどない。
堤
だからこそ、
「ここでノホホーンとしていたら
自分の成長が
止まってしまうかもしれない」って、
ものすごく怖くなったんです。
──
なるほど。
堤
そして『ダム・キーパー』のときに感じた
あの「恐怖のワクワク感」を
また経験したい、
できれば、来る日も来る日も味わいたいと
思うようになって‥‥。
──
「堤さんってストイックだなあ」とは、
前から思ってましたが‥‥
「来る日も来る日も」って(笑)。
堤
ええ(笑)、で、辞めたんです。
──
聞いていると「冒険」って感じですね。
堤さんロバートさん自身が
「スケッチトラベル」みたいというか。
堤
さっきも言いましたけど、
ぼくには、まだちいさい子どもがいるし
ロバートは婚約中、
おまけにふたりとも家のローンがあるしで
ふつうに考えたら
冒険なんてしてる場合じゃないんですけど、
でも、ここでピクサーから出れば、
きっと、もっと成長することができる。
そう、根拠のない確信があったんです。
──
で、「トンコハウス」を、つくった。
堤
はい。
でも、このあいだ書類を整理していたら
立ち上げから半年くらい、
ビジネスの登録っていうのかなあ、
そういうのをしていなかったってことが
発見されまして(笑)、
いま、ここにいるゼンさんに
3人目の仲間に、なってもらったんです。
──
おそれながら、「ビジネスの登録」という
実にザックリした表現が
その間の事情を物語っていそうです(笑)。
でも、こうやってお話を聞いていると
アニメーションを中心としつつ、
この先、いろんなことをやるんだろうな、
という感じがします、何となく。
堤
そう、アニメーションのスタジオって
「トンコ・スタジオ」とか
「トンコ・エンタテインメント」とか、
たいてい、
そういう名前をつけがちなんですけど、
ぼくらが「ハウス」にした理由は
まさにそこなんです。
つまり、
「かならずしもアニメーションじゃなくてもいい」
と、思ってるんですよね。
──
ようするに、「ハウス」と名付けたのは
アニメーションの人だけじゃなく、
いろんな人が集まる場所にしたい、と?
堤
はい。いろんな分野のクリエイターが、
泊まりに来てくれる「家」みたいな。
──
哲学というと大げさかもしれませんが、
ピクサーではなく、
「トンコハウスがつくる作品」って、
どんな作品なんでしょう。
堤
やっぱり、ぼくたちトンコハウスでは
「何をつくるのか」
ではなくて
「なぜ、つくるのか」というところを
明確にしていきたいです。
──
動機が大事ってことですか。
堤
ピクサーでもなくディズニーでもなく、
「なぜ、トンコハウスがつくる」のか。
この部分が、どうでもいいなら、
ピクサーにいてもよかったと思うので。
──
なるほど。
堤
ぼくらはなぜ、ピクサーを辞めたのか。
なぜ、アニメーションをつくるのか。
そういう、
いろんな「なぜ」を繰り返しながら
作品づくりに取り組んでいきたいなと、
思っています。
<つづきます>