- ───
- これが今井さんの作品‥‥。
実物の迫力はすごいです。
- ヒグチ
- ねえ。
- ───
- ‥‥‥‥あ、すみません、見とれていました。
- きょうはあらためて、
今井昌代さんのことを
ヒグチさんにうかがいたいと思います。
- ヒグチ
- はい、あらためて。
- ───
- 順番に知っていきたいのですが、
いちばん最初にお会いになったのは?
- ヒグチ
- ええと、いつだったか‥‥
あれは6年くらい前かな。
わたしの展示にいらしゃったときに
話しかけられて、
それが「はじめまして」でした。
- ───
- お客さんとして今井さんがやってきた。
- ヒグチ
- ええ。
展示のなかに、
「アニメと漫画へのオマージュ」を
テーマにしたコーナーがあって、
わたしは楳図かずお先生のファンとして
「猫目小僧」の絵を展示してたんですね。
今井さんがその絵を
とても気に入ってくれたんですよ。
「猫目小僧が好きなんです!」
「わたしもです!」と話が盛り上がりました。
- ───
- 「猫目小僧トーク」で。
- ヒグチ
- そう(笑)。
でも、その絵は
わたしがファンとして描いたものなので、
とうぜん非売なんです。
今井さんは「ほしい」と
上品な感じで言ってくださったんですけど、
残念ながらお売りできなくて。
- ───
- なるほど。
- ヒグチ
- それで‥‥なんででしょうねぇ、
「いま思うと不思議だね」って
ときどき今井さんと話すんですけど、
そのとき私たち、
住所とか連絡先を交換しあったんですよ。
ふたりとも警戒心の強いタイプなので、
そういうことはめったにしないんです。
なのになぜか、
あのときはお互いの連絡先を交換しました。
- ───
- なにか感じるところがあったんでしょうか。
- ヒグチ
- どうなんでしょう(笑)。
名刺にベアの写真がついていて、
「わたしもものをつくるんです」
とおっしゃってました。
そのときは、へえーっと思ったくらいで。
- ───
- わりと、なにげない出会いだったんですね。
- ヒグチ
- そうですね、なにげなかった。
で、しばらくして今井さんから
展示の案内が届いたんです。DMが。
それを観に行きました。
何名かのグループ展だったんですけど、
会場に入ってすぐに彼女の作品があって。
‥‥ああ、いまでもくっきり覚えてます。
びっくりしましたよ。
実際に目の前にある作品が、ものすごくよくて。
かっわいいんです。
わたし、もう、その場で、
「ほしいーーー!」ってなっちゃって(笑)。
- ───
- 声が出た(笑)。
- ヒグチ
- 出ました。
ところが、売れちゃってるんです。
いや、あれは抽選だったかな?
とにかく、「ほしいー!」と言ったところで
簡単に手に入るものじゃなかったわけです。
- ───
- すでに人気があったんですね。
- ヒグチ
- ありました。
そのあと何回か抽選に申し込んだんですけど、
みごとに当たらなくて。
- ───
- 当たらなかった!
- ヒグチ
- 当たらないですよ。
平等の抽選ですから。
- ───
- 一点ものの作品ですものね、
その意味でも倍率は高くなりそうです。
- ヒグチ
- ええ。
あ、そう、それでね、
その展示会にお邪魔したときにわたし、
絵を持っていったんです。
- ───
- 絵、というと?
- ヒグチ
- 「猫目小僧」の。
- ───
- ああ!
- ヒグチ
- 開催のお祝いにプレゼントしました。
今井さん好みに描き直して、
あたらしい絵をさしあげたんです。
- ───
- それはうれしい!
- なるほどー、そうですか。
そうやってふたりはお友だちになりました。
その後、
いっしょに作品をつくる関係になります。
その理由は、
「仲がいいから」だけではないですよね?
- ヒグチ
- もちろん、作品がいいから。
わたしが口説き落としたんです。
いっしょにやろうって。
- ───
- 「口説き落とす」ことまでさせた、
今井さんの作品の魅力は?
- ヒグチ
- そうですね‥‥。
わたしはもともと、
お人形だったりぬいぐるみというジャンルに
興味がなかったんですね。
まったく意識してませんでした。
だから余計に衝撃だったんです。
こんな作品があるんだ! って。
今井さんのぬいぐるみって、
ちょっと悪そうな顔してるじゃないですか。
- ───
- してますねぇ、この目つきとか。
- ヒグチ
- 悪いこと考えてそうだけど、
なんかこう、憎めない感じ?
いたずらしそうなんだけど、
ちょっとさみしそうでもあって。
でも媚びてる感じがしない。
- ───
- わかります、その感じ。
- ヒグチ
- 彼女は、つくりかたも特殊なんです。
球体関節のベアをつくっている作家さんって
今井さんだけらしいんですよ。
- ───
- 球体関節‥‥ああ!
ほんとだ、関節がボールに。
- ヒグチ
- この技術は真似しようと思っても
なかなかできるものではないと思います。
- ───
- すごい。
- ヒグチ
- 『カカオカー・レーシング』に登場する
メインのコたちは
球体関節じゃないんですけどね。
これはたしかに彼女の特徴です。
- ───
- そんな今井さんと、
いちばん最初に取り組んだ作品は?
- ヒグチ
- 「いっしょにやりたいね」みたいな話は
出会ってからずっとしてて、
最初にそれができたのは、
「病院のクマたち」でした。
彼女が、お医者さんと看護師さんと患者さんの
ベアをつくって、
わたしがそれを入れる箱の絵と取説を描いて。
透明なフタの箱に、
3体が並んでるんです。かわいかったですよ。
- ───
- ふつうのクマさんですか。
- ヒグチ
- いや、悪い感じの(笑)。
お医者さんたちの白衣にちょっと血がついてて、
患者のクマはあきらかにダメな手術をされて、
ツギハギだらけだったりするんです。
けっこう残酷な面があるものでした。
- ───
- おお‥‥。
- ヒグチ
- わたしも今井さんも、
残虐なものやホラーなものがわりと好きです。
でも、より残虐なほど
たのしいかといったら、そうでもないんですよ。
その匙加減っていうのが、たぶん難しい。
私と今井さんの、そのあたりのさじ加減が
ぴったり合っているのかっていったら、
これもまた、そういうわけでもないんです。
- ───
- でも、近いですよね?
- ヒグチ
- 近いことは近いかもしれないですね。
ただなんかこう、
なんていえばいいんだろう‥‥。
あの、多くの作家さんがそうだと思うんですが、
たとえば絵を志して、
美大を出たらスッと仕事をもらえて、
安定してどんどん売れていく、
っていうことはまずないじゃないですか。
- ───
- ええ、そんな順調なことはなかなか。
- ヒグチ
- 幼少期からみんなそれなりの苦労をして、
なんとかいま「描けている」んだと思います。
わたしが仲良くしている方たちは、
絵描きでない人も含めて、
子供時代に苦労をしている人が多いんです。
つまりその‥‥
いろいろ生きづらかった人たち(笑)。
- ───
- ああ‥‥。
- ヒグチ
- 今井さんもそういうところがあるのかな、と。
なので、そういうところの共通点は
あるんじゃないかなっていうのは、思いますね。
- ───
- そうですか。
- ヒグチ
- 仲良くしてもらっている羽海野チカさんも、
今井さんの作品が大好きなんですよ。
「かわいいかわいい! すごいすごい!
このコはきっとこういうストーリーを
持っているに違いない」
って、ぐーっと深く入り込みます(笑)。
- ───
- ニャンコ、いいなぁ。
椅子に座ってます(笑)。
- ヒグチ
- そのコとは別に、初代ニャンコがいるんですよ。
きょうはつれてこなかったんですけど、
絵本をつくるきっかけになったぬいぐるみ。
わたしが作ってとお願いしたわけじゃなく、
ある日突然、今井さんがニャンコをつくったんです。
- ───
- ‥‥え?
「絵本をつくるきっかけ」とおっしゃいましたが、
つまりそれは、あの絵本をつくる前のことですか?
▲『ふたりのねこ』(祥伝社)
- ヒグチ
- そうです、絵本の前に。
順を追って話すと、
まず、うちの息子がだいじにしている
ネコのぬいぐるみがあります。
- ───
- はい。
- ヒグチ
- もともとのぬいぐるみは、
何百円かで買ったぺろぺろしたものです。
息子がそれをだいじにしているのを見て、
今井さんがニャンコを突然つくったんです。
- ───
- 最初にぬいぐるみができた‥‥。
- ヒグチ
- そうなんです。
今井さんのぬいぐるみを、わたしが絵にした。
息子がかわいがっているもともとのぬいぐるみには
それをつくったデザイナーさんが
いらっしゃるわけだから、
そのまま描くわけにはいきません。
なので、今井さんのぬいぐるみを描いたんです。
模様とかも、もとのぬいぐるみとは変えて。
- ───
- それ‥‥しらなかったです。
- ヒグチ
- 絵本のニャンコ、
頭のうしろにファスナーがついてますでしょ?
- ───
- ついてます。
そういうお話でした。
▲編集者私物・絵本『ふたりのねこ』より。
- ヒグチ
- 息子は今井さんのことが大好きなんですね。
で、ある日、
うちに遊びにきてた今井さんが
帰ろうとしたとき、幼稚園の息子が
「帰らないで、もう、帰らないでぇ!」
ってなっちゃったんですよ(笑)。
- ───
- あらら(笑)。
- ヒグチ
- でも今井さんは帰らなくちゃいけない。
そしたら息子が、
「じゃあ‥‥これをあげるよ」って、
自分がエンピツで描いた絵を
今井さんにプレゼントしたんです。
紙ナプキンに描いた絵を。
- ───
- 紙ナプキンを。かわいいなぁ。
- ヒグチ
- それからしばらくして、
初代ニャンコを今井さんがもってきました。
その頭のうしろにファスナーがあって、
そこをあけたら、なんと、
その紙ナプキンが貼ってあったんです。
やぶれないようにちゃんと加工されて。
- ───
- へええー! いいなぁ(笑)。
- ヒグチ
- いいでしょう?
粋な演出をね、彼女がしたんです。
- ───
- そういう実生活でのことがあって、
ヒグチさんが描く、あの絵の世界ができた。
- ヒグチ
- そう。
だから絵本の奥付には
彼女のぬいぐるみが載ってるんです。
とくに説明はしてないんですけど。
▲編集者私物・絵本『ふたりのねこ』の奥付。
- ───
- なるほどー。
今井さんがそのぬいぐるみをつくってなかったら、
ニャンコのファスナーの話にはならなかった。
いや、それどころかニャンコが誕生しなかった。
- ヒグチ
- そうなんです。
もっというと、『せかいいちのねこ』の
アノマロも今井さんです。
▲『せかいいちのねこ』(白泉社)※ニャンコのとなりにいるのがアノマロ。
(アノマロ=アノマロカリス:5億3000万年前、
古生代カンブリア紀に存在した最強最大の捕食生物)
- ───
- アノマロも今井さん、というのは?
- ヒグチ
- 今井さんが息子に、
アノマロのぬいぐるみをくれたんですよ。
「はいあげる」って。
「わたし、同じのもうひとつ持ってるから」って。
その日から息子は、ニャンコとアノマロ、
ふたつをだいじに抱えるように(笑)。
- ───
- 今井さんがくれなかったら、
アノマロは物語に登場していなかった。
- ヒグチ
- はい。
- ───
- 今井さんに出会って、作品に惹かれて、
ふだんもよい関係があって、
それが「いっしょになにかやろう」につながる。
- ヒグチ
- そうですね。
ポーラ(ミュージアムアネックス)でも
そうでしたけど、
「ギュスターヴくん」っていうのをやりたいから
立体をつくっていっしょに展示しようって、
わたしが誘いました。
ギュスターヴくんが8本足になったのも、
今井さんの案なんですよ。
- ───
- え?! そこでも今井さんが?
▲『ギュスターヴくん』(白泉社)※両手を含めて、8本足です。
- ヒグチ
- 最初にわたしが描いたのは2本足でした。
2本足で、ワニの尻尾がついてる。
「ギュスターヴ」は「ナイルワニ」のことですから。
それを彼女に「立体化して」っていったら、
一体めは2本足だったんですけど、
次につくってきたのが6本足になってたんです。
びっくりしたんだけど、
「バランスいいじゃん!」となって、
この姿に落ち着いたという。
- ───
- それはもう、
完全にいっしょにつくった作品ですね。
- ヒグチ
- だから‥‥これは強めにいいたいんですが(笑)、
わたしがぬいぐるみ作家さんと
いっしょにやっていることに対して
「なぜ?」って言われると、
「え? なぜって、なぜ?」という感じなんです。
- ───
- あまりにも当然のことだから。
- ヒグチ
- はい。
- ヒグチ
- 「ギュスターヴくん」のときには、
つくりたいものをつくってもらいました。
まず、私が描いて、
できたものを彼女に「はい」っと渡して、
そのなかから好きなものをつくってもらう。
- ───
- 自由に。
- ヒグチ
- そしたら彼女、描いてないものもつくるんです(笑)。
もう、おもしろくて。
今度はわたしがそれを絵にして、描き込む。
- ───
- 互いにフィードバックするように。
- ヒグチ
- そうです、そうです、
「すごいじゃん、それすごいじゃん!」
とか言いながら互いに。
- ───
- 今回の「カカオカー・レーシング」は、
『ギュスターヴくん』の
この見開きが元ですよね。
- ヒグチ
- ここに、カカオカーが。
- ───
- これを今井さんが立体化した。
- ヒグチ
- そう、彼女がカカオ大好きなんで。
ほんとに好きなんですよ!
彼女がうちに遊びにくると、
置いてあるカカオを毎回吸うんです。
鼻を突っ込んで、すっごい吸い込む(笑)。
おかげでうちのカカオ、
ぜんぜん匂いがなくなりましたもん。
- ───
- もっていかれちゃった(笑)。
- ヒグチ
- もっていかれちゃいました。
そのくらい彼女はカカオが好きです。
さらに今井さんは「F1」が大好き。
- ───
- ねえ、うかがいました。
意外なご趣味が。
- ヒグチ
- だから、カカオの車を運転してるコを描けば、
彼女は立体化するにちがいない、と思ったんです。
そしたらまんまと。
- ───
- まんまと(笑)。
かわいいカカオカーをたくさんつくって、
それが書籍にまでなりました。
- ヒグチ
- おめでたいし、うれしいです。
わたしも気合をいれて背景を描きました。
- ───
- ほんと、すてきな一冊に。
- お話をうかがって、
ヒグチさんと今井さんが
いっしょにつくる意味がとてもよくわかりました。
それは、すごく当然のことである。
仲がいいからという理由だけではなくて、
ごく自然に影響し合い、なにかがうまれる、
その流れが見えたような気がします。
- ヒグチ
- いくら友だちでも、
そしてその友だちが良い作品をつくる人でも、
互いのものを並べたら、
消し合ってしまうこともありますからね。
- ───
- つきなみな言い方で恐縮ですが、
とても相性がいいふたりなんだと思いました。
- ヒグチ
- ああ、そうですね、そうなんですよ、相性。
- ───
- ありがとうございました。
TOBICHIグランプリ、たのしみにしています。
- ヒグチ
- わたしもたのしみです。
今井さんはナイーブな人なので、
おなかが痛くならないかだけが心配ですが(笑)。