次の世代に受け渡す森。
- ──
- はじめて檜原村に来ましたが、
見渡す限り、本当に緑ばっかりですね。
ここが東京だとは、思えないほど‥‥。
- 青木
- 島しょ部をのぞいた本州だけで言えば、
檜原村は、東京で唯一の「村」。
東京都は、じつは森林の割合が高くて、
36パーセントが森林なんですが
ここ檜原村は
「93パーセント」が森林なんです。
- ──
- え、じゃあ「ほぼ森」ってことですか。
人口的に言うと何人くらい‥‥。
- 青木
- 現在は、約2400人ですね。
ただ、戦後の最盛期には
2万人くらい住んでいたそうですし、
15年前でも3500人だったので、
今、すごい勢いで、人口が減っています。
- ──
- 青木さん率いる東京チェンソーズさんて、
木を育てて伐るだけじゃなく、
一般の人を巻き込んで、
森を楽しんでもらおうとされてますよね。
東京美林倶楽部の活動にしても、
木登りだとか、チェーンソー体験だとか、
さまざまなイベントにしても。
- 青木
- やはり林業って、最終的には
木を使っていただくことが目標なんです。
人が手で植えたものって、
人の手で使うために、そうしたわけで。
- ──
- ええ。
- 青木
- そのために「やっぱり、木っていいよね」
と、思っていただかなければならない。
これまでの林業体験系のイベントって
「いかに危険か、いかに大変か」
を伝えるようなものが多かったんです。
- ──
- なるほど。
- 青木
- でも、プロ野球のイベントで
選手が「いかに練習が大変か」なんてこと、
アピールしないじゃないですか。
- ──
- たしかに。
- 青木
- なので、まずは「いかに楽しいか」を
知ってもらって、
木や森のことを気にしていただこうと。
森に入って、木に触れて、匂いをかいで、
木に登ったりして、
「楽しいね」と思っていただければ、
「家を建てるときは、木の家にしたいな」
と思っていただけるかもしれない。
- ──
- 木を育てるのと同時に、
木の将来の可能性を育てているようです。
- 青木
- 一本の木が育つのに最低30年かかると
申し上げましたが、
いままでの林業は、
そのことをデメリットと捉えてました。
- ──
- ええ、時間がかかるってことで。
- 青木
- でも、発想を転換すれば、
30年かけて、ひとつのことをするって、
なかなかない体験だと思うんです。
- ──
- 以前、アニメーション監督の堤大介さんが
PIXAR時代に
「映画が公開される数年後を見据えて
毎日の仕事をしている」
とおっしゃっているのを聞いて、
すごいなあ、そのスパンで
毎日の仕事を考えているのかあって
思ったものですが、
林業の30年というのは‥‥なんだか、もう。
- 青木
- 東京美林倶楽部をはじめたときは
「5万円も入会金を払って
わざわざ木を植える人なんかいないよ」
とさんざん言われたものですが、
いざはじめてみたら、
「30年間、いっしょに木を育てる体験が
5万円でできる」
と、とらえてくださる方が多くて。
「5万円でいいの?」って
おっしゃる会員さまもいらっしゃいます。
- ──
- とらえかたひとつで、
考えって、ぜんぜん変わってきますよね。
- 青木
- たとえば、
木の枝を落とす「枝打ち」をするのには、
3つの理由があるんです。
1つは、若いうちに枝を落としてあげると、
伐り口が内部に入り込んでいくので、
将来、この木を柱に使おうというときに、
表に節が見えない柱、
いわゆる「無節の柱」であるということで、
高値で取引することができます。
- ──
- ええ。
- 青木
- 2つ目は、
枝から葉に養分がとられてしまう関係で、
枝より上の幹は、急に細くなるんです。
そこで枝打ちをして、同じ太さに育てる。
そうすると、
太さを最大限に使える木になるわけです。
- ──
- はい。
- 青木
- 3つ目は、枝を落とすことで
地面に太陽の光が当たるようになるので、
雑草が生えやすくなります。
そうすることで、
雨が降っても崩れにくい斜面になります。
- ──
- その作業って、昔から
ずっとやってきたことなんですよね。
- 青木
- そうです。でも、
こんなことするのは、日本くらいです。
一部、ニュージーランドでも
似たようなことをするらしいのですが、
まあ、それくらいで。
- ──
- へぇ‥‥他の国では、やらないんですか?
- 青木
- 日本の美的感覚から生まれた技術なので。
- ──
- では、その「節のありなし」だとか、
太さの一貫性だとか、
気にしない国では、ぜんぜん気にしない?
- 青木
- はい、気にしないんです。
ただ最近では、
日本でも、あんまりやられなくなったと
言われていますが、
伝統技術ですし、ぼくらは、やってます。
- ──
- なるほど。
- 青木
- 話がそれましたが、ようするに、
その「枝打ち」の仕事ひとつにしても
ただ木を育てるんじゃなく、
何十年もかけて、
一本の木を「仕立ててる」んですよね。
- ──
- あー、そうか!
- 青木
- 今日やる仕事ではあるけれども、
今というより、
未来に対してやっている仕事なんです。
結果として、森全体も、
いい木の生えた、いい森になりますし。
- ──
- 1日1日の仕事の積み重ねが
30年後の木の出来栄えや
森のよしあしにつながってると思ったら、
気が抜けませんね。
- 青木
- 古い山主さんのお宅にうかがうと、
森の整備記録が「巻物」だったりするんです。
- ──
- 巻物‥‥。
- 青木
- 先祖代々ナントカ左衛門の植えた木が
何本、植わっていて、
何年に「下草刈り」をして、
何年に伐採をして‥‥と書かれたものが
整備記録なんですけど。
- ──
- ええ。
- 青木
- その記録に‥‥巻物でできた整備記録に
「何年、
東京チェンソーズが杉を植えた」と。
- ──
- え、それは責任重大。
- 青木
- そうなんです。
もし今、適当な仕事をしてしまったら、
将来、整備記録をめくった誰かに
「あー、60年前に、
東京チェンソーズとかっていう
やつらが適当に植えたから、
こんなダメな山になっちゃったんだ」
と言われてしまうんです。
- ──
- 何十年後の人に、
自分の仕事を、見られちゃうんですか。
- 青木
- そうなんです。
- ──
- それは‥‥いい加減じゃ済まされない。
- 青木
- そういうふうな時間軸で仕事をするのが
林業の、こわいところでもあり、
おもしろいところでもあると思ってます。
- ──
- おもしろいです。
- 青木
- 緑の砂漠、と呼ばれる状態があります。
上空から見ると一面の緑なんですが、
間伐や枝打ちをしてないがために、
下の枝が、すべて枯れてしまうんです。
- ──
- 日光が届かなくて。
- 青木
- そう、当然、草も生えないので、
水も蓄えられず、土も流出してしまって、
生物も住めない状態。
木材としても使えませんから、
どんどん、荒れた山になってしまいます。
- ──
- 何らかの対策を講じないと。
- 青木
- 再生させるには、間伐が必要です。
でも、林業従事者も少なくなってるので、
間伐しても、伐った木を
そのまま放置するケースもあるんですね。
伐り捨て間伐、というんですが。
- ──
- え、もったいない。
- 青木
- そう、もったいないんですけど、
伐った木を森の外に運び出してやるのは、
非常に労力がかかるんです。
コスト的に採算が取れないって場合には、
その「伐り捨て間伐」をします。
- ──
- 森全体のことを考えて、
お金になるわけじゃないけど、伐る。
- 青木
- そうですね、ただ、
残った木の価値は将来、上がります。
- ──
- そうか。それも将来への投資ですね。
ひとつ、何十年も前に誰かが植えて、
こんなに太くなった木を
伐り倒すのって一瞬じゃないですか。
- 青木
- ええ、ほんの一瞬です。
- ──
- そのときって、どういう気持ちですか。
- 青木
- そうですね‥‥木というのは、
伐り倒したあとにも生きていますよね。
家や家財道具にかたちを変えて、
ややもすると、
今まで木として生きてきた時間以上に、
長く生きるわけです。
- ──
- はい。
- 青木
- だから、伐り倒すのは一瞬ですけど、
また別の生命になって
これから何十年も生きていくんだなあって、
そのことを、思いますね。
- ──
- 今日、お話をうかがって
林業のイメージが、けっこう変わりました。
一日一日の積み重ねが何十年もあったり、
伐り倒した後に、
また何十年もの生命が待っていたり、
きちんと木を育てるおかげで
森が水をしっかり蓄えておけることとか、
縦にも横にも、
広がりのある仕事だなあって思いました。
- 青木
- 今、飲料メーカーさんの飲料水のための
森林の整備も、
お手伝いさせていただいているんですが、
その場合の目的は、
木材じゃなくて水の生産だったりします。
- ──
- きれいな水をつくるのための、林業。
- 青木
- でもやっぱり‥‥自分たちのいる場所に
美しい森をつくりたい。
それが、いちばんやりたいことなんです。
人間の手によってうまく管理された、
可能なかぎり、
自然に配慮した森林を、つくりたい。
- ──
- それが、林業をやっている理由。
- 青木
- そこには、木だけじゃなくて、
鳥もいれば、動物もいる、昆虫もいる、
そのなかに人間も住んでいる‥‥
そんな森林を次の世代へつなぐことが
自分たちのやりたいことなんだあって、
思っています。
<終わります>
2016-10-20-THU