大瀧詠一さんと、トリロー先生の話を。-三木鶏郎を知ってるかい? PART2-
アイコン はじめに

ラジオに、舞台に、テレビに、CMに、
昭和の時代を明るい音楽でいろどった三木鶏郎さんについて、
いろんな話をしていこう、というこのコンテンツ。
前回のPART1での大瀧詠一さんと
糸井重里の対談につづいて、
このPART2では細野晴臣さんと鈴木慶一さんに
登場していただきます。

三木鶏郎さんについては、
この特集の Part 1 をごらんいただくと
ざっくりおわかりいただけると思います。
もう、お亡くなりになったかたですが、
最近ですと、「キリン・アミノサプリナイン」のCM
「タララ・プンカ・ポンカ・ピ」という曲が
使われているので、
耳にしたかたも多いのではないかと思います。

1947年生まれの細野さんと、
1951年生まれの慶一さんは、
ラジオから、テレビから、ふりそそぐように流れた
鶏郎さんの音楽を聞いて育った世代。
その二人が、鶏郎さんの事務所を訪ね、
鶏郎さんの晩年の助手である竹松伸子さんの案内で、
「知られざる鶏郎さん」をほりおこします。
同席したのは、鶏郎さんの弟子でもあった
CM音楽プロデューサーの大森昭男さん、
「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」
プロデュースをした、佐藤剛さん、
「ほぼ日」の担当は武井です。
全6回、めずらしい音源も登場しますので、
どうぞごゆっくり、ごらんくださいませ。


アイコン 第1回 80年代、トリローさんはコンピュータで 音楽を自作していた!


三木鶏郎さんの写真の前で
細野晴臣さん(左)と鈴木慶一さん(右)
細野 (席につくなり)
さぁ、帰ろう。風邪気味だし。こんな時間だし。
慶一 帰るの? もう???
── ‥‥いえ、いえ、ゆっくり、しゃべってください。
まだ午後1時ですし!
細野 こんなに早くから人と話したこと、ないんだ。
慶一 まだ眠い‥‥?
細野 もー、眠いどころじゃなくて、寝てます(笑)。
── いつも、もっと遅くに起きられるのですね。
細野 そう。いつもは、朝まで起きているんで。
── 今日は、慶一さんの都合もあり‥‥。
細野 慶一のせいか!
慶一 僕も普通、夕方5時まで寝ているんですけどね。
── おふたりとも、どうかと思います(笑)。
細野 んー!
── といいますのは、
鶏郎先生は早起きだった、という資料があるのです。
細野 そうだと思った!
── はい。ですから敬意を表して、さっそく、
鶏郎先生のお話をはじめさせてくださいね。
きょうは細野さんと慶一さんに
いらしていただいたので、
やはり音楽の話を
していただきたいなと思っております。
まず、“鶏郎先生がプライベートで
つくっていた音楽”を‥‥
細野 うん、うん。それはすごく興味深い。
── 慶一さんにはじつはMIDIファイルを
あらかじめお渡ししてありました。
細野 ずるいなぁ。こっちには来ない!(笑)
慶一 ウフフフ。
── ‥‥徹夜で解析してもらったんです。
細野 あ、そう! (CD-Rを指して)‥‥それ?
慶一 ええ、ここに入ってます(笑)。
「TOKKYU ROCK」とか‥‥
このへんから行きましょう。
竹松 これは鶏郎先生が87年に
マッキントッシュのコンピューターを入手して、
自分の“ベスト12”というのを選んで、
打ち込みをしたものなんです。
細野 ええ。
竹松 まず、コンポーザーというソフトで楽譜から入って、
打ち込みをして、それをMIDIで‥‥。
細野 ああ、そう。‥‥これが、アプリケーションだ。
竹松 そうですね。ユニコーン社の楽譜ソフト。
細野 これは珍しい!
竹松 マックが当時、35メガぐらいしか
保存できなかったときに、
まず楽譜を書いて、
それをパフォーマーというソフトに
変換して音を出して‥‥。
細野 なるほどね。すごい。
竹松 この、12曲をベストという形で残したものを、
この間、鈴木慶一さんに聴いていただいて。
それが‥‥保存名が、
もとのタイトル「ぼくは特急の機関士で」
「TOKKYU ROCK」(特急ロック)に
なっていたりとかするんです。
今日、お聴かせしようかなと思っております。
細野 是非、聴きたい。
竹松 どういう順番がよろしいでしょうかね。
慶一 「TOKKYU ROCK」、行きましょうよ。
竹松 私も初めてこれを聴いたときに、
「あっ、面白い。
 80年代ふうにアレンジしているんだな」
と、結構、驚いたんです。
ちょっと聴いてみてください。
細野 いつのだろう?
竹松 保存の日付は88年ですが
実際は87年にすべてをデータとして入れていますね。
細野 なるほど。
慶一 日付まで出ちゃいますからね。作った日付が。
‥‥死んだときに、怖いですね(笑)。
細野 そう‥‥データがね(笑)。
慶一 PCの中をちょっと、きれいにしていかないとね。


いつでも聴けるトリローラジオ
音が聞こえないときはこちらへ!

『TOKKYU ROCK』

作曲:三木鶏郎

再生して音が出るまでにしばらく時間がかかります。
一同 ほぉー!
細野 うん、面白い! なんか‥‥
覗いている感じがする。密室を。
慶一 ひとのデータは面白いですよ。
覗いている感じで。
細野 これは、ライブラリーみたいなもので
出版するんですか?
竹松 いえ、全然、そういう予定はないんです。
この当時、本人が作っているときも
べつに出版の予定とかがあったわけじゃなく、
ほんとに趣味でつくっていたんです。
細野 それはそうだろうね。聴けば、そういう感じ‥‥。
竹松 発表の場があったわけじゃないので、
とにかく、晩年のライフワークみたいな形で、
クラシックとともに自分の集大成みたいなことで、
コンピューターでやろうということだったんですね。
細野 なるほどね。‥‥これは、なに?
慶一 これは、「クラリネット五重奏曲」。
細野 へぇー、すごい。そういうのもあるんだね。
竹松 はい。この間、鈴木慶一さんに新しい音で‥‥
細野 あっ、やり直したということ? 自分で?
慶一 ええ。音色は今の。
細野 聴いてみたいですね。
── 聞き比べてみましょう。
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オリジナルの『クラリネット五重奏曲』

作曲:三木鶏郎

再生して音が出るまでにしばらく時間がかかります。

細野 すごいね! すごい、すごい。
竹松 第一楽章は、鶏郎先生が
戦時中に諸井三郎先生に師事していたときに、
卒業制作として書き上げていたものなんです。
それで、晩年に、第二楽章以降を、
コンピューターを手に入れたことによって
完成させようとして、作ったんですね。
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慶一さんが音色を置き換えた
『クラリネット五重奏曲』

作曲:三木鶏郎

再生して音が出るまでにしばらく時間がかかります。

細野 これがやり直したやつ?
慶一 昨日、焼いたやつ。
細野 すごいよね。
ミヨーとかプーランクとかのようでね。
慶一 うん。そうね。
細野 すごい、すごい。
竹松 ええ。きれいですねー!
当時の音源に比べると、ほんとに。
── 僕らが知っている鶏郎先生とは
随分違う鶏郎先生がいたので、
びっくりしましたね。
竹松 そうですね。
細野 なんか共通点を感じるよね。
われわれもこういう面があるからね。
陰でやってたりするじゃない。
自分も、こういうのは一杯持っているからね。
慶一 ええ。私も‥‥陰で‥‥。
細野 やっているんでしょ? 聴いてみたいよ。
一同 フフフフ
細野 死んでからじゃないと、
そういうのは出てこないのかな(笑)。
慶一 死んでからじゃないと、出ませんなぁー!(笑)
‥‥細野さんは、じつは交響曲とか
作っているんじゃないの?
細野 交響曲‥‥!(笑)
うちにベートーベンの彫像があるんだけど、
怒られちゃうから。
一同 アッハハハ!
細野 にらまれてるから。
慶一 眼光鋭いしね、あの彫像は(笑)。
細野 うん。一回、そのベートーベンの霊が降りてきて
シンセが勝手に演奏しだした、
ということがあるんだよね。
竹松 エーッ!?
細野 ほんとに。慌ててDATに録ったの。
あるよ、それ。
‥‥死んでから発表しますから(笑)。
一同 アッハハハハ!!
竹松 すごい!
慶一 それって、自分のものじゃなくて
ベートーベンのもの‥‥(笑)???
細野 ベートーベンをスタジオに置いてあるわけよ。
石膏をね。お祖父さんの形見なんですけどね。
で、それにいつも睨まれながらやっていたのよね。
「なんか、誰か見ているなぁー」と思ったら、
あるとき、勝手にシンセが鳴りだしちゃったの。
終わらないのよ、それが。
一同 エーッ!
細野 延々とやっているんだよ。
何と言ったらいいかな‥‥
シェーンベルグとか‥‥
そこまで行かないか‥‥
シュトックハウゼンぐらいかな‥‥
そんなような感じ。
慶一 ヘぇー。
細野 ワァーン、ワァーンと高音が鳴っているかと思ったら、
急に、ダッダダーン、といったり。
ああいうのは初めてなんだよね。
慶一 MIDI暴走じゃないの?
細野 MIDI暴走って、もっと滅茶苦茶でしょ?
そうじゃないの。ちゃんと秩序があるの。
慶一 秩序があるって!(笑) すごいね。
細野 間があって‥‥
ドキドキしちゃうような間があるわけよ。
‥‥ま、鶏郎先生のこの音楽は、
そういうような音楽に、ちょっと、近い(笑)。

(つづきます!)

2006-09-06-WED
デザイン協力:下山ワタル
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