「スケソウダラ、スケソウダラ、 スケソウダラ」
戦後、「配給だより」というラジオ放送があり、
配給物資の入荷量、配給量、配給方法などを伝えていた。
「配給だよりの時間でございます。
麹町一班から九班までスケソウダラ。
練馬の三班から五班までスケソウダラ。
板橋の一班から七班までスケソウダラ。
東京中スケソウダラ」
は、鶏郎が母屋「日曜娯楽版」本体に筆を広げ、
その第一作として書いた
「ラジオダイジェスト」の中で放送された。
当時の食糧事情を表す代表的傑作。(竹松)