第16回 スタッフの話(その4)
Tシャツ発送野郎と化している木村です。どうも。
さて今回も現地インタビューをお送りします。
まず登場は、前に登場してくださった
放送作家の藤岡さん。現場を前に一言。
「これからだなって思います。
いよいよはじまるかな、って。
これで穴の跡でも見つかれば
どんどん掘れていくわけですから、
スタートとしてはこんなもんかな、と。
でも、この寒さ、風。
やっぱ何か5年ぶり、なつかしいな、
という感じがします。」
ディレクターの恩田さん。
「現場に来て一つ気づいたのは、方面です。
今回発掘する場所のひとつ、
旧街道あとに面した土地がここですが、
見ると、それが斜面になっていますよね。
埋蔵金を守ってたって言われる家があるのですが、
ここから見るとその家とされているお寺が見えるんです。
ということは、お寺からもこの現場が見える。
(見張りにはちょうどいい場所なのかもしれない)」
次は、TBS制作局の那須田さんにききました。
「 徳川埋蔵金に関しては
いろいろ調べ直しているわけだけど、
ちょっと視点をね、国際政治とか
当時のことを考えて調べなおしてみると、
どんどんおもしろいことがわかってくるんですよ。
で、やっぱり埋蔵金計画ってあったんだなって思います。
それは番組の中ではっきり言いますけれども。
前に1回終結宣言はしたけれど、
でもまだ終結してなかったみたいなところが、
かなりありまして。
確かに終結宣言をした時にはそういう結論だったんだけど、
もう少し作業できたらなあ、とは思っていたので、
今回こうやって再開できたのは嬉しいですね。
あの時よりも今のほうが割と
いろいろなディテールは見えてきたし、
埋蔵金をずっと見て下さっている視聴者に対しては
「こういうことだったんだ」っていうのを
見て欲しいし、そして結果がよければなお良し、ですね。
いろいろ調べてみるといろいろなことがわかってきて、
2000年までにかたをつけられればなあと思っています。
埋蔵金にまつわるディテールがみえてきて、
いい結果になればいいなと思いますね、今は。
このプロジェクトの魅力っていうと、
これだけのシャベルカーを一杯使って
穴掘って見つける、本気で発掘するという
塵芥戦術的な荒っぽい体育会系の乗りと、
あと一方では歴史を掘り返すという点でしょうか。
徳川埋蔵金ってそんなに古いわけではないですよね。
古いことは古いのですが、めちゃくちゃ古くはない。
それで、もうちょっと新しくなれば
かなりはっきりわかっているというちょうど合間の、
近代のあけぼののあたりですから、
調べててすごくおもしろいんです。
普通の歴史番組だと、どうしても、
お勉強っぽくなってしまうところがありますよね。
そして、そういう歴史番組だとリアリティとしては何か
「物語」のような感じになってしまいますけれども、
埋蔵金では、幕末の日本を調べていくと同時に
実際のリアルな場所との対比をしていけるから、
何ていうかな?そういうおもしろさが、
歴史ものの番組とはまったく違っていて、
でも歴史を探る独特のおもしろさを出せる。
そういうのと体育会系の要素との
組み合わさり方がすごくおもしろいと思います。
自分でこの番組を見ててもおもしろい。
普通の報道的なドキュメントとも違うし、
テレビでしかできないドキュメントの
スタイルを満喫できるので、番組として好きです。
「素晴らしい穴」を追いかけた時もそうですけれど、
自分たちが予想もしなかったことが
どんどん目の前で起こっていくわけじゃないですか。
やっぱりその時でも、現場で作っている人間が
一番おもしろかった。先の読めないものというか、
ほんとに文字通り「素晴らしい穴」を
見せていただいたという、なかなかそういう経験って
ちょっとないじゃないですか。普通は、ドキュメントを
作るにしても、ある程度の予想をしているでしょう。
だから、こういうほんとに予想もつかないもの
っていうのは、おもしろいですよね。
今回も、すごくこう、おもしろくなるんじゃないかな。
前に終結宣言を出した時、悔しいというか、
「もうちょっと探してたら出てくるんじゃないか?」
というのがあったし、
それに、物理的限界っていうのもあったんですよ。
例えば探査装置とかでも、
当時では最新のすごいものを使っていました。
みんなそれを万能だと思ってたのですが、
でも今はそれよりも技術が発達してるから、
その探査結果をかなり期待できるわけです。
……ということは、今回やっているような機械では
見えなかったというある程度の限界があったわけ。
僕らも実際自分たちで探してはじめてわかってきたんですが、
当時、ハイテク機械にも限界がありましたし、
穴掘るのでも安全に掘る限界ってあります。
深く掘るには広い敷地を確保しなくちゃならない、とか。
掘ってみてわかる現実的な限界が当時はあったわけで、
その面でも悔しかったからね。
何年か経ってより準備万端でできるんじゃないか、
と、今思うんですね。あの時は、もっと、
「調べきっていないんじゃないか?」
みたいなのがあったし、
最近こうして調べてみるとその時には
考えていなかった結びつきとかが見えてくるし。
----今こうして赤城山に来られた気分は、どうですか?
東京にいて机のうえで考えてるのと、
こういうとこに実際に来るのとでは
かなり感じが違いますね。
調べものばっかりしてないで
こういうところにちゃんと来ると
見方も違うし、何か「ある」と思いますよ。
結論としてどうなるかはまだわからないけれど、
昔から噂として言われている場所のなかで
地図を眺めたりしていろいろと洗い出しを行ったうえで、
今のところ、最終的な場所はどこか、というと、
地元では長井小川田というところなのではないかということがが
一番言われています。今回そのところを眺めてみようと。
生番組の構成はまだ決まっていません。
これからどうなるのか予想もつかないわけですから。
現在調査中のものもありますし。
ただ、いろいろ調べていたなかで
割と固まってきたかな、と思うのは、
埋蔵金に対する新しい解釈ですね。
「埋蔵金というものをもっとマクロな視点で、
幕末の国際政治との絡みで見つめなおしてはどうか」
と糸井さんは言うけれど、そうしてみると、
確かにいろいろなおもしろいことが出てきたんですね。
極端に言うと日本を小栗上野介が救ったというような。
そうすると、徳川幕府が単純に
御家再興のためにお金を隠して、みたいな
そういうものよりはもっとちゃんと見えてきたというか。
やっぱりその頃のフランスやイギリスとの力関係のなかで
どうやって日本を守りたてなおしていくのかみたいなのと、
日本を守るための計画があったのではないか、と。
その埋蔵金の存在が対外的なブラフだったのか、
そうでなかったのかという結論はこれからになるんですけれど、
ともかく、金蔵の金を隠しておこう、とられないように、
ということだけじゃないんだということが見えてきたので
おもしろいし、そうやって視点を変えていくと、
今までよりもいろんなことがわかってくるという、
その辺も、今回は見ていただきたいなと思います。」
(つづく)
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