糸井重里に、ときたま会っては
音楽関係のおもしろい情報を伝えてくれる
磯田秀人さんという方がいらっしゃいます。
磯田さんと糸井は頻繁に会うというわけではないのですが、
出会いはずいぶん古いようです。
「おれにRCサクセションを教えてくれたのが
磯田さんなんだよ」
と、糸井は言います。
「磯田さんに、おもしろいバンドがあるから
ぜひ観てくれって言われてね。
日比谷の野外音楽堂にバイクで行ったんだ。
そしたら、かっこいいギタリストが客を煽っててね、
これが『キヨシロー』かと思ったら、
じつはそれはチャボ(仲井戸麗市)だったんだよね。
チャボに紹介されて、ステージに
おさるさんみたいな男が飛び出してきて、
それが忌野清志郎だった。びっくりしたねー」
当人の記憶が定かではないのですが、
どうやらそれは1980年ごろのことです。
つまり、いまから30年以上前。
「磯田さんとは、たまにしか会わないんだけど、
会うとかならずなにか教えてくれるんだよ」
世間的にはまったくの無名だった綾戸智恵さんを
糸井に教えてくれたのも磯田さんだったそうです。
クレイジーケンバンドも、
磯田さんに教えてもらって、聴くようになったのだとか。
さて、昨年の9月のこと。
磯田さんから、久しぶりに連絡がありました。
糸井のもとに届いたメールは、
こんなふうにつづられていました。
糸井重里様
お久しぶりです。
お元気ですか?
見て頂きたいライブがございます。
日本で最長老の現役ロック・バンド、
センチメンタル・シティ・ロマンスのリーダー
告井延隆(つげいのぶたか)君のソロ・ライブです。
彼は3年ほど前から
ビートルズをアコギ一本で演奏しています。
単にビートルズの曲をコピーしているのではなく、
ビートルズの持っていた
グルーブ感を見事に再現しています。
ビートルズ研究家のK氏も、
こんな演奏が出来るギタリストは
世界にもいないと太鼓判を押して頂きました。
まさにライブ会場にビートルズが降臨します。
都内でのライブは少ないのですが、
11月7日(水)夜19:00から
武蔵小山のライブ・ハウスでライブがあります。
お忙しいこととは存じますが、
もし、お時間がとれるようでしたら、
ぜひご覧頂きたくご連絡を差し上げました。
よろしくお願い致します。 |
センチメンタル・シティ・ロマンスというのは
1973年に結成された日本のロックバンドで、
日本のロック黎明期に詳しい人なら
知ってるかもしれないけれど、
一般的には知らない人のほうが多いと思います。
時代的にいえば、
はっぴいえんどが解散したのが1972年。
はちみつぱいを母体として
ムーンライダーズが結成されたのが1975年ですから、
1973年から現役で活動している
センチメンタル・シティ・ロマンスは
なるほど、日本最長老バンドです。
センチメンタル・シティ・ロマンスは、
自分たちのアルバムをリリースする一方で、
加藤登紀子、岡林信康、竹内まりや、
中島みゆき、EPO、遠藤京子、
伊勢正三、小坂忠といった、
数多くのミュージシャンのサポートを務めています。
その洗練されたセンスと演奏は、
衰えるどころか、さらに熟練を極めています。
(お時間がありましたらyoutubeなどで
演奏をご覧になってみてください。
かっこいいですよ)
その、センチメンタル・シティ・ロマンスの
リーダーを務めるギタリスト、
告井延隆(つげい・のぶたか)さんが
ソロ活動として、アコースティックギター1本で
ビートルズのナンバーをカバーしている、というのです。
述べたように糸井重里は磯田さんの紹介するものに
厚い信頼をおいていましたから、
それではということでライブを観に行くことに決めました。
ついでに、会社内のビートルズファンを誘ってみるか、
ということで、声をかけられたのがぼく、永田でした。
この時点で、正直、ぼくは、
「あ、ビートルズのカバーですか、いいですね」
くらいの気持ちでしかいませんでした。
武蔵小山のライブハウスは、
ライブスペースと呼ぶほうがしっくりくるほど
こぢんまりとした場所でした。
お客さんは、うん、ほぼ関係者といった感じ。
やがて告井さんがふらりと現れ、
関係者と談笑しながらセンターに座り、
ギターを手にとりました。
1曲目は、
『サージェント・ペパーズ・
ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』。
曲中の「ペパー軍曹」を自分の名前に置き換え、
「サージェント・ツゲイズ・
オンリー・ワン・クラブ・バンド」として
告井さんは歌いました。
しかし、ボーカルが入るのは、けっきょく、
オープニングのこの1曲のみでした。
その後、立て続けに初期の数曲が演奏され、
ぼくはびっくりしてしまうことになります。
まず驚き、しだいにわくわくして、
しまいには、ところどころで
声をあげて笑ってしまうことになります。
おそらく糸井も同様の反応だったかと思うのですが、
なにしろ、ぼくはライブのあいだ、
告井さんの演奏に釘付けでしたから、
そのあたりは詳しい覚えがありません。
「ビートルズって、いいなぁ」としみじみするのでもなく、
「すごいテクニックだ」と感心するばかりでもなく、
「おおおおおっ!」と勢いで拳を突き上げるのとも違う、
楽曲そのもののよさを堪能しながら
技術や理屈もじっくりと味わい、
総合的には人の求道心や
身体的な可能性にわくわくするという
まったく予想していない経験をした、という感じでした。
ビートルズが好きな人であれば
間違いなく、
おもしろい時間を過ごすことができると思います。
そして、ビートルズを
まったく知らない人でも‥‥‥‥
といいたいところですが、
正直にいって、ビートルズをまったく知らない人は、
うまく、たのしめるかどうか、確信がもてません。
磯田さんのメールにもありましたように、
告井延隆さんは、アコースティックギター1本で
ビートルズの曲を再現します。
それは、「コピー」というよりやはり「再現」に近い。
ビートルズというのは4人組のバンドです。
当たり前ですが、シンプルな曲であっても
おおむね、4つの楽器と、
ボーカルとハーモニーがあります。
ギターそのものも鳴ってますし、
ドラムやタンバリンだって鳴ってたりします。
それを、告井さんは、アコースティックギター1本で、
「再現」してしまう。どういうわけか。
後日の打ち合わせの席で、
糸井重里は告井さんにこう訊きました。
「つまり、告井さんは、
『自分には、この曲は、こう聞こえている』
というふうに演奏しているわけですか?」
告井さんは即答します。
「そうです、そうです。
ドラムとベースがビートを刻んで、
ギターがこう入ってきて、
歌とコーラスがこう流れていく‥‥
ぼくにとってこの曲はこう聞こえる、
というのをギターで再現しているんです」
その作業を告井さんは
「詰め将棋に近い」と例えてくださいました。
「最初は、できるわけない、と思うんだよね。
で、ちょっとやって、無理だと思ってやめる。
ところが、しばらくすると、
できるようになってるんだ。
練習を重ねて、指が動くようになって
できるようになるっていうんじゃなくて、
やってみると、もうちょっと先までできる。
すると、だんだんやる気になるんだ。
こう弾けばいいっていうのが、わかってくる。
その、詰め将棋が、解けるみたいに」
いかがでしょうか?
告井さんの演奏の特別さが
ちょっとずつ、伝わってきたでしょうか?
話を、ぼくらが最初に訪れた
武蔵小山のライブハウスに戻しましょう。
初期から中期にかけての名曲を
告井さんが見事に再現して、
お世辞にも多いとはいえない観客たちは
心からの拍手を贈りました。
そしてぼくは、
それらの曲を聴いてわくわくしながらも、
つぎのような好奇心を抑えることができませんでした。
それは、ビートルズがコンサート活動をやめてからの楽曲、
すなわち、1967年以降に発表された、
多重録音やテープの逆回転などを駆使した
サイケデリックな楽曲は、
ギター1本で再現できるのだろうか? ということでした。
しかし、ライブ後半のパートで、
告井さんはあっさりとそれらの楽曲を披露したのです。
『アイ・アム・ザ・ウォルラス』
『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』
『フール・オン・ザ・ヒル』
『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』などなど‥‥。
途中、リクエストを募り、
「それはまだうまく弾けないんですが‥‥」と
少し言い訳しながらも、見事に再現してみたり、
「この曲はビートのとりかたにコツがあります」と
ディープなファンも知らないような
演奏者ならではの知識を語ってくださったり。
そのようにして、あっという間に、
小さなライブスペースでの演奏は終わりました。
ぼくらを招待してくださった磯田さんは、
ライブ後の雑談のなかでこうおっしゃいました。
「彼は、ビートルズの曲を演奏したいんじゃなくて、
ビートルズになりたいと思ってるんだよ」
告井さんも笑顔でそのことばを引き継ぎます。
「当時は、みんな、そうだったよ。
ビートルズのコピーをやってたけど、
それは、曲が演奏したいからやってたんじゃない。
ビートルズになりたくてやってたんだ」
そう、告井さんの弾くビートルズは、
「ビートルズのコピー」じゃなくて、
「ビートルズそのもの」の表現なんです。
糸井とぼくはたいへん満足し、
後日、別の場所で開催されたライブにも
出かけることになりました。
そしてぼくらは、必然的に、
この「ひとりビートルズ」が、
限られた人にしか知られていないのは
たいへんもったいないことだ、
とういうふうに感じるようになりました。
くしくもそのころ、
告井さんの「ひとりビートルズ」は、
それまでの活動をまとめるかたちで、
1枚のCDにパッケージされることが決まっていました。
CDのタイトルは『THE BEATLES 10』。
その名のとおり、
ビートルズを代表する10曲がおさめられています。
大手レコード会社からではなく、
いわゆるインディーレーベルからのリリースとなります
(2013年2月2日発売)。
告井さんの演奏にすっかり魅了された我々は、
この『THE BEATLES 10』を応援することに決めました。
どう応援するかは、話し合うまでもなく、
答えが出ていました。
この演奏のすごさ、おもしろさを知ってもらうには、
実際に観て、聴いてもらう以外にない。
2月7日(木)午後9時から
告井延隆さんの演奏を、
ユーストリーム、
およびニコニコ生放送で生中継いたします。
また、大手ショップでは流通量が限られている
『THE BEATLES 10』の注文も受け付ける予定です。
どうぞ、お時間を確保しておいてください。
なお、このライブには、
何人かの「豪華な観客」を招く予定です。
述べたように、告井さんの「ひとりビートルズ」は
ビートルズが好きであればあるほどおもしろいので、
ビートルズを大好きな人たちを呼びたくなったのです。
ミュージシャンの鈴木慶一さんや
『MOTHER』の音楽を担当した田中宏和さん、
ほぼ日でのライブでお馴染みの
サカモト教授といった面々を
(あくまでもただの観客として)
当日の観客席にお招きする予定です。
そしてもちろん、観客代表の糸井重里も。
演奏はもちろん、ビートルズ談義だけでも、
そうとうな濃さになるのではないかと思います。
さて、ずいぶん長く書いてしまいました。
最後に‥‥
(というか、これだけ観ていただければ
これまでの説明は要らないのかもしれませんが)
先日、打ち合わせに来た告井さんにお願いして、
その場で、弾いていただきましたので、
その映像をご覧いただきたいと思います。
どの曲を弾いていただこうかと話していたとき、
糸井重里は告井さんにこう訊きました。
「いままで演奏したビートルズのなかで、
いちばんむずかしかった曲はなんですか?」
告井さんは、少し考えてから答えました。
「『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』かなあ」
ビートルズのデビューアルバムの冒頭を飾る1曲。
シンプルなロックンロールのなかに、
4人全員の持ち味が表れるからこそ、むずかしい。
あの曲を、アコースティックギター1本で弾くと、
どんなふうになると思いますか?
どうぞ、じっくりご覧ください。
(ちなみに、『アイ・ソー・ハー‥‥』演奏後、
糸井がリクエストしたほかの2曲も
サッと演奏してくださいました。)
そして、2月7日の夜を、おたのしみに!
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