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第5回手塚治虫から勝手にもらった。

糸井
浦沢さんが、
「地上最大のロボットの巻」をリメイクして
「アトム」に挑むマンガを
自分で描くことになったとき、
それがぜったいにできないことだったら、
ほんとうにははじめないわけですよね。
浦沢
そうです。
糸井
少なくとも
「できるんじゃないかな」と
思ってたんですよね。
浦沢
はい。
小学校の頃から、手塚先生が
どういうふうに描いているのかを、
ずっと分析してきましたから。
糸井
えぇー?!
浦沢
たとえば、ちょっとやってみましょうか。
「かけあわせ」も、
手塚先生はこう入れるんです。
小学生のぼくは、それはもう、
じーっと見て真似しました。
糸井
おお、すごい。
浦沢
この「かけあわせ」、
手塚先生はとてもきれいに描くんです。
かけ方によっては、モアレ模様みたいなものも
浮かんでくるんですよ。
糸井
こりゃ、おもいっきり手作業ですね。
浦沢
はい。手塚先生に憧れて
小学生のぼくはこれをずっと練習したんです。
あと、手塚先生がすごいのは、
アシスタントに指示してると思うんですが、
マンガの背景に、こんなふうに
うねった模様を入れることがあるんです。
糸井
ああ、見たことある。背景でね。
浦沢
これ、人物が悩んでいる雰囲気を出すんです。
こういうのを、
小学校のときに見て、
「どう描いてるんだろう」と観察して
練習して‥‥。そんなことをずっとやってました。
糸井
世界中にそういう子どもが、
何人かはいたんでしょうね。
浦沢
たくさんいたと思いますよ。
糸井
たくさんはいないと思います(笑)。
スクリーントーンを使うという発想は、
なかったんですか?
浦沢
スクリーントーンは、
大学時代、新人賞を取った原稿で、
はじめて使いました。
スクリーントーンの点々がいったいいくつあるか
1センチ四方で数えて、数を割り出して使いました。
糸井
これまた、アナログな‥‥。
浦沢
印刷物は120パーセントで描かれた原画を
縮小して刷ります。
それを計算に入れて、点々を数えて算出し
「この数なら71番かな」と思って使ったら、
正解は61番でした。
糸井
原始的な方法で(笑)。
浦沢
さらに、雲などで、
点々をかすれたようにする部分は、
ホワイト筆を使って、ていねいに消しました。
そしたら、編集者の人が
「浦沢くんさ、これ、カッターで削るんだよ」
と教えてくれました。
「うっわー、カッターで削んのか!」
「うっわー、削れる!」
糸井
そこでもまた、浦沢さんは
お客の目をしてるんですね。
見よう見まねでやっていた少年に
プロの知識が入ったってことだから。
教えてもらった技術を入れて、
またガーッと進化する。
浦沢
そうです、ぼくはつまり、
マンガファンなんですよね。
糸井
いままでぼくは、浦沢さんと自分は
まったく違うタイプだと思ってましたが、
ふだんぼくが会社で話してることって、
こういう話が多いんです。
文章書くとか、何かを企画するときは、
「いちばん前にいるお客さんになれ」と言っています。

自分がコピーライターをやってたときは、
依頼があったうえで仕事をしていました。
そういうときは、
依頼した人にとって
いちばんいいことをしがちなんです。
それではダメ。
依頼人の言いたいことを
いちばん前の列で聞いてる人がいるから、
その人の立場で考えるんです。
浦沢さんは、自分で描くごとに、
客席にサッと回って
「すげぇ」と言っている状態ですよね。
浦沢
客としての自分が描いてほしいものを描きます。
「かっこいい!」と思ったら、
ほかの人のテクニックも
そっくりそのまんまいただきます。
例えば、手塚先生の影とか‥‥。
糸井
影ですか。
浦沢
手塚先生の絵には
影がこんなふうに入るんです。
これは「かっこいい!」と思います。
こういう影にすると、
この男がどんなふうに地面に立ってるか、
立体空間が出てきます。
こういうことは一所懸命、真似しました。
糸井
じゃ、浦沢さんのマンガにも、
この影響、ずばり出てますか?
浦沢
もろに出ています。
影ってやっぱりすごいんですよ。このね‥‥
たとえば、この子ね。
糸井
ああ、いいねぇ。
浦沢
これだけで、かなり寂しい絵になりますね。
これも、影の表現なんですよ。
糸井
これからはその目で、
浦沢さんのマンガを見てみることにします。
この手法のおおもとは、
やっぱり手塚さんにもらったものですか?
浦沢
そうです。
糸井
手塚さん、あげた覚えないんでしょうけど。
浦沢
はははは。
糸井
ぼくにもおんなじようなことがあります。
ぼくは文章で、「ま、」と書くことが
たまにあるんですよ。

「今日は浦沢さんに会った。
 ま、前にも会ったことのある人だから」

という感じでね。
これはコピーライターの
土屋耕一さんにもらったものです。
ぼくも、勝手にもらったんです。
浦沢さんと同じく、この書き方を
ひとりのファンとして「いい!」と思ったんです。
「ま、」が入るだけで、
本気で書いてない感じが出るんですよ。
浦沢
言葉の最後にマルをつけるのも、
コピーではよくありますね。
糸井
あれも、広告で、
単語ひとつ載っけて
「乾きに。」というのがあったんです。
それも土屋耕一さんです。
浦沢
マルをつけるだけでかっこいいですよね。
糸井
はい。マルを打つことによって
「これは誰かが書いたものですよ」
という文章になるんです。
「不思議大好き」も、
「。」を打たないと、言葉は部品のままです。
どう使っても、どこにはめてもよくなる。
でも、「不思議、大好き。」となったら、
「これひとつのことで、
 全部のこと言いたいのです」
という感じ方になるんだと思います。
これも、土屋さんから勝手にもらったと思う。

手塚さんの影は、
浦沢さんがちゃんと見てて
浦沢さんのところにDNAとして残って
伝わったけど、
浦沢さんが見逃してたら
そのまんまだったかもしれない。

(つづきます)

2016-08-08-MON