- 糸井
- 浦沢さんが、
「地上最大のロボットの巻」をリメイクして
「アトム」に挑むマンガを
自分で描くことになったとき、
それがぜったいにできないことだったら、
ほんとうにははじめないわけですよね。
- 浦沢
- そうです。
- 糸井
- 少なくとも
「できるんじゃないかな」と
思ってたんですよね。
- 浦沢
- はい。
小学校の頃から、手塚先生が
どういうふうに描いているのかを、
ずっと分析してきましたから。
- 糸井
- えぇー?!
- 浦沢
- たとえば、ちょっとやってみましょうか。
「かけあわせ」も、
手塚先生はこう入れるんです。
小学生のぼくは、それはもう、
じーっと見て真似しました。
- 浦沢
- この「かけあわせ」、
手塚先生はとてもきれいに描くんです。
かけ方によっては、モアレ模様みたいなものも
浮かんでくるんですよ。
- 糸井
- こりゃ、おもいっきり手作業ですね。
- 浦沢
- はい。手塚先生に憧れて
小学生のぼくはこれをずっと練習したんです。
あと、手塚先生がすごいのは、
アシスタントに指示してると思うんですが、
マンガの背景に、こんなふうに
うねった模様を入れることがあるんです。
- 糸井
- ああ、見たことある。背景でね。
- 浦沢
- これ、人物が悩んでいる雰囲気を出すんです。
こういうのを、
小学校のときに見て、
「どう描いてるんだろう」と観察して
練習して‥‥。そんなことをずっとやってました。
- 糸井
- 世界中にそういう子どもが、
何人かはいたんでしょうね。
- 浦沢
- たくさんいたと思いますよ。
- 糸井
- たくさんはいないと思います(笑)。
スクリーントーンを使うという発想は、
なかったんですか?
- 浦沢
- スクリーントーンは、
大学時代、新人賞を取った原稿で、
はじめて使いました。
スクリーントーンの点々がいったいいくつあるか
1センチ四方で数えて、数を割り出して使いました。
- 糸井
- これまた、アナログな‥‥。
- 浦沢
- 印刷物は120パーセントで描かれた原画を
縮小して刷ります。
それを計算に入れて、点々を数えて算出し
「この数なら71番かな」と思って使ったら、
正解は61番でした。
- 糸井
- 原始的な方法で(笑)。
- 浦沢
- さらに、雲などで、
点々をかすれたようにする部分は、
ホワイト筆を使って、ていねいに消しました。
そしたら、編集者の人が
「浦沢くんさ、これ、カッターで削るんだよ」
と教えてくれました。
「うっわー、カッターで削んのか!」
「うっわー、削れる!」
- 糸井
- そこでもまた、浦沢さんは
お客の目をしてるんですね。
見よう見まねでやっていた少年に
プロの知識が入ったってことだから。
教えてもらった技術を入れて、
またガーッと進化する。
- 浦沢
- そうです、ぼくはつまり、
マンガファンなんですよね。
- 糸井
- いままでぼくは、浦沢さんと自分は
まったく違うタイプだと思ってましたが、
ふだんぼくが会社で話してることって、
こういう話が多いんです。
文章書くとか、何かを企画するときは、
「いちばん前にいるお客さんになれ」と言っています。
自分がコピーライターをやってたときは、
依頼があったうえで仕事をしていました。
そういうときは、
依頼した人にとって
いちばんいいことをしがちなんです。
それではダメ。
依頼人の言いたいことを
いちばん前の列で聞いてる人がいるから、
その人の立場で考えるんです。
浦沢さんは、自分で描くごとに、
客席にサッと回って
「すげぇ」と言っている状態ですよね。
- 浦沢
- 客としての自分が描いてほしいものを描きます。
「かっこいい!」と思ったら、
ほかの人のテクニックも
そっくりそのまんまいただきます。
例えば、手塚先生の影とか‥‥。
- 糸井
- 影ですか。
- 浦沢
- 手塚先生の絵には
影がこんなふうに入るんです。
これは「かっこいい!」と思います。
こういう影にすると、
この男がどんなふうに地面に立ってるか、
立体空間が出てきます。
こういうことは一所懸命、真似しました。
- 糸井
- じゃ、浦沢さんのマンガにも、
この影響、ずばり出てますか?
- 浦沢
- もろに出ています。
影ってやっぱりすごいんですよ。このね‥‥
たとえば、この子ね。
- 糸井
- ああ、いいねぇ。
- 浦沢
- これだけで、かなり寂しい絵になりますね。
これも、影の表現なんですよ。
- 糸井
- これからはその目で、
浦沢さんのマンガを見てみることにします。
この手法のおおもとは、
やっぱり手塚さんにもらったものですか?
- 浦沢
- そうです。
- 糸井
- 手塚さん、あげた覚えないんでしょうけど。
- 浦沢
- はははは。
- 糸井
- ぼくにもおんなじようなことがあります。
ぼくは文章で、「ま、」と書くことが
たまにあるんですよ。
「今日は浦沢さんに会った。
ま、前にも会ったことのある人だから」
という感じでね。
これはコピーライターの
土屋耕一さんにもらったものです。
ぼくも、勝手にもらったんです。
浦沢さんと同じく、この書き方を
ひとりのファンとして「いい!」と思ったんです。
「ま、」が入るだけで、
本気で書いてない感じが出るんですよ。
- 浦沢
- 言葉の最後にマルをつけるのも、
コピーではよくありますね。
- 糸井
- あれも、広告で、
単語ひとつ載っけて
「乾きに。」というのがあったんです。
それも土屋耕一さんです。
- 浦沢
- マルをつけるだけでかっこいいですよね。
- 糸井
- はい。マルを打つことによって
「これは誰かが書いたものですよ」
という文章になるんです。
「不思議大好き」も、
「。」を打たないと、言葉は部品のままです。
どう使っても、どこにはめてもよくなる。
でも、「不思議、大好き。」となったら、
「これひとつのことで、
全部のこと言いたいのです」
という感じ方になるんだと思います。
これも、土屋さんから勝手にもらったと思う。
手塚さんの影は、
浦沢さんがちゃんと見てて
浦沢さんのところにDNAとして残って
伝わったけど、
浦沢さんが見逃してたら
そのまんまだったかもしれない。
(つづきます)
2016-08-08-MON
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN