前川 ぼくは、親父やお袋から、
九州電力に勤めろ、と言われてました。
だけども、学力が足らないもんですから。
糸井 勉強はしなかったですか。
前川 しないですよね、
発声練習もしないし、
勉強もしません。
一同 (笑)
前川 学生時代は
野球をやったりしてましたが、
九電は、努力が嫌いなまま
行けるところではありませんでした。
そして、歌の道に入りました。

ですからいまでも、意識の中には、
「ぼくにはちがう仕事があるんだ」
という気持ちがあります。
100パーセント、歌が仕事ではなくて、
九電とか、そういう会社に
どこかで入らないといけない、
と思っているんです。
糸井 ‥‥見事ですねぇ。
前川 ここ10年ぐらい、最近になってやっと、
自分の仕事として歌を歌ってるんだ、
ということを感じてきました。

もともと、歌い手さんというのは、
のど自慢に出たり、
自分はお客さんの目の前で歌いたいんだ、
という思いで
がんばる人が多いでしょ?
ぼくの場合はちがう、
お客さんは、いなくていいんですよ。
糸井 あっ‥‥そうか。
前川 クール・ファイブというのは、
もともと‥‥あの、
クール・ファイブって、
みなさんわかります?
糸井 大丈夫、わかると思います。
前川 いるんです、
そういう老人が。
一同 (笑)
前川 まぁ、ぼくも老人なんですけど(笑)、
そのコーラスグループが、
42、3年前、長崎のキャバレーで演奏してました。
キャバレー全盛時代でした。

ぼくはクール・ファイブに入れてもらって、
キャバレーで歌ってました。
キャバレーのオーナーから許しを得て、
休憩時間に、
ほかのお店で歌うアルバイトもしてました。
ダンスホールや
ちっちゃなスナックです。
こっちは10分、あっちは20分、
走りながら、回りました。
それが小遣いになるわけです。
糸井 短い休憩時間のあいだに。
前川 そうです。
たとえお客さまがいなくても、
歌っているとお金がもらえます。
糸井 ジュークボックス流してるような感じ?
前川 そうです、そうです。
ですから、ぼくの歌のスタートは、
お客さまに聴いてもらいたい、という
気持ちではないところからなんですよ。
糸井 ‥‥はじめて聞きました。
前川 いまは、意識が
少し変わってきましたよ。
糸井 少し変わってきたそうです。
一同 (笑)
前川 歌を聴いてくださったみなさまから
「はげみになった」「命が延びた」と、
お手紙をいただいたりして、
変わったという部分はあります。
だけど、つい最近までは
ほかの歌い手のみんなみたいに
歌が好きで好きでという状態、
「あそこまで好きになれる自分は
 やっぱりいないな」
と思うことのほうが多かったです。

べつに、いやいや歌ってるわけじゃないんです。
ぼくもできれば
たのしんで歌いたいと思います。
糸井さんを見てると、
それができそうな気もする。
ぼくから見ると、ゆとりがあって、
仕事というものをたのしんでらっしゃる。
苦痛には思ってらっしゃらない。
糸井 いや、いつも
愚痴ばっかり言ってますよ。
前川 愚痴もね、おそらく
たのしい愚痴ですよ。
自分なりの納得した愚痴であってね。
糸井 嫌なことしたくない、というのは、
ものすごい共通点だと思います。
きっとぼくは、嫌なことが、
前川さん以上にできないんですよ。
たとえばこういう対談だって、
「こうしてああして」という段取りがあったら
つまらなくなってしまうでしょう。
ですから、嫌じゃないように
やろうとします。
会社に出掛けるのは、めんどうです。
家でああだこうだ文句つけて寝てるほうが
そりゃあいい。
だけど、来てしまえば、もう、
それはそれで働きます。
前川 そうですか、糸井さんも‥‥
そういうもんですよね。
家を出るまで嫌ですよ、そりゃ。
だけど、このままでは自分がダメになる
という気分になって、
一歩うちを出て、たどり着くと、仕事する。
糸井 そういうことですよね。
前川 ほとんどそうです。
普段もそうです。
歌いたくないんです。
一同 (笑)
糸井 じゃ、最初の「発声」の3曲分は
そのあたりの気持ちを、
ご自分の中でやりとりしてるんですね。
前川 正直言ってね、
ステージに出る直前の、
1ベルのあとの
5分間、大嫌いです。
糸井 わかります。
ぼくも嫌いです。
前川 そしてね、そのときに
眠ーくなるんですよ。
一同 (笑)
前川 ぼくは、不眠症なんですよ。
薬がないとダメなタイプです。
糸井 そこまでですか。
前川 なのに、
1ベルのあとは眠くなる。
一同 (笑)
前川 例えば、大阪まで
新幹線に乗って行きます。
まぁ、2時間ちょっとかかりますよね、
そのあいだで、
名古屋あたりで眠くなればいいかなぁ、
なんて思ってると、
京都で眠くなるんですよ。
一同 (笑)
前川 京都から大阪まで
なんでこんな短いんだ!
糸井 わかる。
わかる、わかる(笑)。
前川 そういうこと、あるでしょ?
同じように、
「5分前です」って言われると、
眠くなるんですよ。

そういうとき、なにでがんばるか?
どういうわけか、
金、金、金、と思って
一所懸命になるんです。
糸井 ほおぉ、そうか。それで、金。
前川 オレは食うために歌ってるんだ!
好きじゃないんだけども、
仕事として一所懸命歌ってる。
そういう自分が、がんばりはじめるんです。
(つづきます)

2010-07-06-TUE