ほぼ日WEB新書シリーズ
「教育」をテーマに
誰かと対談することになったとき、
糸井重里の頭に浮かんだのは、
アーティストの横尾忠則さんでした。
「誰になにをどう教わったら
 横尾さんみたいになれるんだろう?」
糸井の素朴な質問をキーにして、
横尾さんの豊富な経験が
愉快に、ひもとかれていきます。
もちろん、しょっちゅう脱線しながら。
第9回
今できることって何だろう
横尾 ぼくは、「どういうふうに上手に生きて死ぬか」
については、あんまり考えていない。
死んでから先、そこには時間はなくて、
空間だけがあると思うのね。
今のように物理的な世界で流れてる時間はなくて、
いくつものディメンションの空間がある。

なんとかして向こうの世界からこっちを見たい。
向こうで死んだ死体となって、
こっちを見たいっていう心境なんですよ。
糸井 はぁ・・・。
横尾 ぼく、うまくしゃべれないんだけど、
そういう感じなんですよ。
糸井 それはうまく受けとめられないんだけど、
でも、あっちとこっちの視点の違いはいいですね。
横尾 多分、向こうに行っちゃってから、
今までの自分の人生を顧みると、
なんてくだらないことに情熱をかけてたんだとか、
もっとちゃんとやらなきゃいけないところに
目を向けてなかったとか、
そういうことがわかると思うんだよね。
だから、その視点から人生を見たい。
糸井 うん、見たいですね。
横尾 そう見ようとしてる自分のことを、
「今、いいなぁ」と思ったりするんですよ。
糸井 向こうの世界に行ったら
何にも手を出せないだけにね。
視点しかないから。
横尾 「あの人に悪いことしたから謝りたい」
といったって・・・。
糸井 できないんです。
横尾 今だったらできる、電話一本ですむ。
そしたら、それを今いる間にやっときゃいい。

そうすると、この現実が幻のように見えてくるよ。
例えば欲望とか、執着とか、
いろいろあるじゃないですか、
向こうに行ったときに、
「結構つまんないものに目を向けてたんだなぁ」
と思えるんだよ。
俗人として俗界でいかに生きればいいかということに
終始してたんだなあというのが
わかってくるような気がするわけ。
それがこの世界のリアリティだけど、
向こうの世界のリアリティとは違う。
糸井 あとで後悔するような気がしますよね。
横尾 あとで後悔する。
ぼくは向こうのほうが絶対本体だと思ってるから。

例えば、今見て触れることのできる物質は
確かでしょう? 
こんな確かなものはないから、
ぼくらはこれが唯一現実だと思ってる。
でももし向こうへ行って、
これよりもっと精妙な物質があった場合は、
向こうのほうがもっと確かになるんだよ。

言語を我々は道具として使ってるけど、
向こうへ行ったら、
言語なんて道具としては使う必要は
一切ないかもしれない。思いだけでいい。
外人であろうが、動物であろうが、
言葉なしで会話できるような気がするんです。
糸井 時間も空間も全部、
自由に織り込まれちゃった世界ですよね、
そこからこっちを見返せるというのは
おもしろいです。
横尾 ぼくは今まで、受動的に生きるのは、
けっこういいと思っていたの。
そうしてきたところもある。
糸井 流れてにまかせて生きていく。
横尾 だけど、それだけじゃだめで、
それがわかれば、
それを能動的に生きたほうがいい。
能動的というのは、
「やったろうじゃないか」みたいなね。
「捨て身的な気持ちになったろうじゃないか」
みたいなことを一回言ってしまえば楽なんですよ。
糸井 以前の横尾さんとは
また違う次元になりましたね。
横尾 うん。矛盾してるし、
すごいぐるぐる回ってるよ。
糸井 いつも横尾さんって、何かを考えてますね。
ひとりの時間がどうか知らないですけど。
横尾 いや、考えてはいないです。
ふだんは考えないようにしてる。
そのかわり、見るようにはしてるんです。
糸井 やっぱり絵かきさんだからかもしれないけど、
空間認識がとてつもないですね。
いつでもぼくらとは違うものが
見えてるんでしょうね。
横尾 いや、同じものしか見えてないけれども。
糸井 見え方が違うのかな。
横尾 うん。きのう、富士山が見えたんだよ。
ちょっと太陽が落ちて、シルエットになっていた。
ずっと富士山を見ていると、すごい強い光が一瞬
ピヤーッと走ったのね。
そのときぼくのほかに3人いて、
富士山を見てたんだけど、
みんなは光を見てないんですよ。
「なんであんなに光ったのが見えなかったのかなぁ」
ということがあったよ。

ところで糸井さん、
ティッシュペーパー持ってなかったっけ?
糸井 あ、昔は持って歩いてましたけど、今はもう・・・。
こちらに箱のティッシュがありますよ、
お使いになりますか?
横尾 あ、はい。
注射したから風邪ひかないと思うんだけど。
糸井 インフルエンザの?
横尾 うん、インフルエンザ。してないの? 
しなきゃだめよ。
糸井 注射に行こうと思ってる時期に軽い風邪をひくから、
億劫になっちゃうんです。
横尾さん、そういうことは結構まめなんですよね。
横尾 ぼくね、病院行くの好きなの。
何もなくっても行っちゃうからね。
先生の顔見た途端にもう治ってたりする(笑)。
糸井 先生の顔見て、「何だっけ?」
横尾 ハハハ。近くだからすぐ行っちゃう。
看護婦さんがね
「ここに来ないで、先生の写真を撮って
 うちに飾っておきなさい」って。
糸井 拝んでろ(笑)。
横尾 歯の治療をするときに、
プラチナがいいか、
金歯がいいかって聞かれるじゃない? 
それで、口あけてるところを
家に帰ってカミさんに見てもらったの。
その場所が人から見えるんだったら、
変なもの入れないでおきたいから。
「どの歯? ちょっとどの歯?」
「ええ、右かな、左かな」
どっちかわからなくなっちゃって。
それで、うちのカミさんが歯医者に電話した。
糸井 「どっちでしたっけ(笑)」?
横尾 「どこを治療してもらってるんでしょうか」。
糸井 (笑)横尾さんの「どっちでもいい」が、
そこにも出てるんだよ。
横尾 そしたら、その先生、喜んでるの。
「どこを治療したかわからないぐらいだから、
 わたしは名人だと思ってよろしいんでしょうか」
ハハハハ。
(つづきます)
2014-08-23-SAT
(対談収録日/2002年4月)


第1回
兄弟みたいな関係
第2回
方法論は必要ない
第3回
一光さんと、三島さん
第4回
先生はいない
第5回
平凡な普通の人間だよ
第6回
いきなり本番でいいでしょう
第7回
面倒くさい!
第8回
人に知られたくない自分
第9回
今できることって何だろう
第10回
自信を持たせること