糸井 |
通訳の人は、
「国が違う」ということの間を、
一瞬にして、つなぐわけですよね。
快感はあるんですか? |
米原 |
そうですね‥‥。
つまり、ふつう、
「つまらない話」って聞かないですよね。 |
糸井 |
ええ。 |
米原 |
そういう時には、
「単に意味のない音が流れているとして、
その時間を別なことを考えてやり過ごす」
とか、居眠りするとか、しますよね。
でも、通訳はやり過ごすわけにいかない。
どんなにつまらない、
あるいは難解で誰にもわからない言葉でも、
「とにかくここにいる聞き手全員を代表して、
私が聞き取らなくちゃいけない」
と思うと、何かを聞き取れるんですよ。
責任感というか、
自分ひとりを代表してたなら聞き逃すことでも、
ほかの人を代表して聞いていると思うと、
ものすごい集中力が生まれて聞き取るわけです。 |
糸井 |
「自分の言いたいこと」
なんていうものじゃないですよねえ。
「誰かの言いたいこと」ですもんね。 |
米原 |
そうです。
「この人のいいたいことを、
この人を代表して言う」となると、
「私が自分で自分の言いたいことを
しゃべるとき」よりも、
もしかしたら熱心に、より正確に、
間違いなく伝えようとするわけですね。 |
糸井 |
なるほどね。
それは、何に似たような感じですか? |
米原 |
郵便配達。
「人の手紙」じゃないですか。
それでも、それを必ず相手に届けることを
一生懸命にやるでしょう?
まあ、宅配便でもいいですけど。 |
糸井 |
それは、極端に現金書留だったりしたら
よくわかりますね。 |
米原 |
そうなんですよ。そういう義務感。
まあ、それで金を稼いでいるから
そうなるんでしょうけれども。
タダでやるときも時々ありますけど、
それでもその立場に立つと、
ものすごく集中力が生まれるんですね。 |
糸井 |
ふだんは、集中力のあるほうですか? |
米原 |
いや、ないんじゃないかなぁ。 |
糸井 |
ご自分の認識としては、そうなんだ。 |
米原 |
時々ありますけども。
同時通訳も、最初にやったときは
「できる」とは思わなかったんです。 |
糸井 |
ぼくらには、ものすごいことに思えますよね。 |
米原 |
ええ、そうです。
でも、確かにやっている最中、
そうとう集中しているなあと思った
出来事がありまして‥‥。
私、四十過ぎたころ、四十肩になったのね。
あれは、すごく耐えがたいじゃないですか。
寝てても起きてても何しても、
鎮痛剤も何にも効かないし。
本当にいても立ってもいられないんだけれども、
同時通訳中だけは痛みがないの。
つまり、それだけ
集中しているんだなあと思いましたね。 |
糸井 |
よく野球の選手が、デッドボールが当たって、
シューッてスプレーをかけて
平気で一塁に行くじゃないですか。
あのスプレー、ぼくは
かけてもらったことがあるんですけど、
ほんとうは、効かないんです。 |
米原 |
おまじないなんですか。 |
糸井 |
そうでしょうねぇ。
「まったく効かない!」ですから。
その辺にあるサロンパスとか、
ああいうのをかけても同じで、
特に服の上からなんてまったく効かないのに、
みんな、やっていますよね。 |
米原 |
でも、本人たちは
効いた感じになるんですか。 |
糸井 |
もともと、「イテーッ」っていって、
シューッてやるという儀式なんで、その儀式で
「痛くないことにしよう」ということでしょうね。
それはもう痛みにまったく効かないです、素人には。 |
米原 |
でも、プロには効くわけね。 |
糸井 |
プロには効きます。
ラグビーのやかんもそうですよね。
“魔法のやかん”という、気絶しても
そのやかんで水をかけると治るというのが
ベンチにあるんですよ。
それもただの水なんですけど、
魔法のやかんという儀式で、かけると治る。 |
米原 |
じゃあ、ブラインド療法ってあるじゃないですか。 |
糸井 |
ええ、それですよ。 |
米原 |
にせものと本物の薬を飲ませると、
けっこう効いちゃうという‥‥。 |
糸井 |
「飲ませる」という儀式が大事なんでしょうね。
四十肩って、ずうっと痛いという話は
ぼくも結構聞いたことがありますけど。 |
米原 |
なったことない? |
糸井 |
ぼくはないです。
ただ、自分のカラダのことで言うと、
ぼくは昔、ぜんそく持ちだったんですよ。
だけど、テレビのオンエアのときは
せきが出ないんです。
これはやっぱり、気持ちが違うんでしょうね。
「自分の姿が、絶えず写っているぞ」
という状態の時、
緊張しているつもりはないんです。
いつもどこかで、
「これはせきが出たら大変だな」
と思うんだけど、だいたい出なかったですね。
ダメなときは、本当に寝こんじゃうぐらいの時。
それだけすごいことなんだなぁ。
スポーツ選手なんかに近いくらい、
肉体全部が反応しているということですね。 |
米原 |
同時通訳も、
脳味噌を、筋肉として使う感じです。
たとえば、
重量あげの選手がバーベルを持ち上げる一瞬だけ、
脈拍が「140」まではね上がるんですよね。
同時通訳中は、だいたい
10分から20分ぐらいやるんですけど、
わたしはその時、脈拍が「160」ですね‥‥。
だから、ものすごく脳のある部分に、
集中しているんだと思うんです。 |
糸井 |
「すごい走り」と同じですね。 |
米原 |
そうですね。
やっぱり長くは続かないから、
10〜20分ぐらいで交代しています。
必ずブースの中は3人ぐらいで
チームをつくって入るんですけどね。 |
糸井 |
もう純粋に血流が
変わっているということですね。
脳にどんどん血液が行ってて。
「160」って、すごいですね! |
米原 |
だから、通訳は入る前に、
まずでんぷんを摂りますね。
でんぷんをとってコーヒーを飲みます。 |
糸井 |
正しいですねえ。
甘いものじゃだめなんですね。
でんぷんの糖質じゃないと。 |
米原 |
そうそう。 |
(つづきます) |